第295話 我は食いしん坊キャラではなく、天才美少女キャラじゃ
「遅いですねヨコヅナ様…」
「そうじゃの…」
手紙で伝えた以降の話をしながら、カルレインとラビスはヨコヅナを待つが中々戻って来ない。
二人が組合所のロビーの端にあるテーブルに座っていると、
「あれ、カルじゃねぇか…、今日は洞窟探索行くんじゃなかったのか?(メイド…だよな黒いけど)」
「おはようございますカル。ヨコヅナ殿は一緒ではないのですか?(黒いメイド?見た事あるような…)」
「カルちゃんおはようなのー(黒いメイドさんがいるのー)」
「おはようカル(誰かしらあの黒い女)」
『龍炎の騎士』の三人+クレアがやって来た。
「おはようなのじゃ。予定が変わっての、ゴゴ洞窟の探索は延期になった」
「延期?…大将が腹でも壊したのか?」
「いや、ヨコは応接室で職員と話をしておる……お、戻って来たの」
話をしているところでヨコヅナが応接室が出て来た。
「待たせただな。あ、エルリナ達来てただか、丁度良かっただ」
「何が丁度良かったの?」
「急だべがオラ達王都に帰る事にしただよ」
「「「「え!?」」」」
ヨコヅナの言葉を聞いて驚く四人。
「ほんと急なのー」
「王都で問題でも起きたのですか?」
「問題は起きてないだよ、休暇は終わりってだけだべ。だから帰る前に一言挨拶しとこうと思っただよ。……アルは一緒じゃないんだべか?」
「宿でまだ寝てる。昨日あの後もおっさん連中に付き合って帰ったのは明け方らしいわ」
酒場で料理を食べ終えた後、ヨコヅナ達は帰ったが、ザンゲフ達はその後も酒を飲んでいた。アルも女性陣が帰った時点で帰りたかったのだが、強引に付き合わされたのだ。
「後で来るとかじゃないんだべか……、それで今からは四人で依頼請けるんだべか?」
「いや、まだ何も決めてない。クレアとは来る途中偶然会ったんだ」
「そうだべか。良かったらこれ食べるだか?」
ヨコヅナは鞄から箱型の容器を出す。
「洞窟探索行くのに弁当作ったんだべが、帰る事にしたから…」
「これヨコ!帰るからと弁当をあげる必要はないじゃろ。我が食べるのじゃから」
「カルはいっぱい買った携帯食を食べたらいいだよ」
「あれも食べるが弁当も食べるのじゃ」
「大将の弁当か、中は…」
エルリナが弁当の蓋を開けると、
「お、握り飯。それも味付きだな」
「ちゃんこ握り飯だべ」
ちゃんこ握り飯とは、余ったちゃんこで炊き込みご飯を作って握ったおにぎりだ。
「その握り飯はヨコが直に握っておるから、そういうの気にするなら食べん方がよいぞ」
「何度も大将の作った飯喰ってんのに今さらそんなの気にしねぇよ。どれどれ一つ、モグっ…ゴクンっ。お、美味ぇ!」
「あ、エルリナだけズルい!私も食べる」
「ウィピも食べるのー」
「私も頂きます」
「我も食べるのじゃ」
「今食べる為に出した訳じゃないんだべが…」
ヨコヅナはそう言うが、どう考えてもちゃんこ握り飯を食べる勢いはなくなるまで止まりそうもない。
「まぁ、お別れの餞別ってことで良いだべかな」
「ヨコヅナ様こちらにどうぞ」
ラビスは席を立ちヨコヅナは椅子に譲る。
「ありがとうだべラビス」
「応接室で何を話されていたのですか?」
他がちゃんこ握り飯に気を取られている間にヨコヅナと二人で話をするラビス。
「オラが討伐した魔獣の素材報酬額が決まったって話だべ。ヴィーヴルって知ってるだか?」
「ヴィーヴル……まさか、宝石竜のヴィーヴルのことですか?」
「そうだべ。それをオークションに出品することにしたから報酬額が決まってなかっただよ」
「あっさり肯定されるても困るのですがね…、カル様が大物を獲ったと言っていましたが、まさかヴィーヴルとは…」
「で、昨日オークションが開催されて買い取り額が決まったらしいだ。それがこれだべ」
ヨコヅナは、ヴィーヴルの買取金額とそこから算出された報酬金額が記載された書類をラビスに渡す。
「……クククっ。休暇中にこんな金額を稼いでしまうとは、驚きを超えて笑ってしまいます。ちゃん鍋屋と清髪剤の予想年間利益の合計に匹敵しますよ」
「オラも「0を一個多く書き間違えてないだべか?」と聞いただが、間違ってないと言われただよ」
「そうですね、ヴィーヴルの値段としては妥当です。私が一緒でしたらもっと高額で売る事も出来ましたが……これは意味のない仮定ですね」
もしラビスもナインド町に来ていたならカルレイン達と温泉ではなくヨコヅナと一緒に釣りに行っていたのは間違いない。そうなると安全エリアを出ることはなく、ヴィーヴルと遭遇することもなかっただろう。
「この額を一度に受け取ることは出来ないべから、組合所貯金の手続きもして王都でも引き出せるようにしてもらっただ。…王都に帰ると言ったら随分と引き留められたべがな」
バジリスク、ヴィーヴル、ガルム11匹etc.、この月のナインドの冒険者で報酬・評価共にトップはヨコヅナだ。紛うこと無き期待の新人、職員が引き留めるのは当然。寧ろ引き留めなかったら職務怠慢と言われるだろう。
「それで時間がかかったのですね」
「…もう一つ、ウゴ兄のことで話をしてただ」
ヨコヅナはナインド冒険者組合所に過去一年以内でウゴという冒険者が依頼を請けたかを調べてもらっていた。しかし、
「ウゴ兄はナインドでは冒険者活動をしてないみたいだべ。だから国中の組合所で調べてもらう事にしただ。結構お金かかるだが、ヴィーヴルの報酬に比べたら大した額じゃないべ」
「ヨコヅナ様…」
ラビスはヨコヅナの肩に手を置く。
「これはヨコヅナ様の事を思って進言します。冒険者は命の危険と隣り合わせ、最悪の場合も想定して…」
「分かってるだよ。オラもそこまで能天気じゃないべ」
ヨコヅナもウゴが冒険で命を落している可能性を考えていないわけではない。二年も音沙汰なしでは可能性として高い事も分かっている。それでも、
「やれることはやっときたいだ」
「……ヨコヅナ様がそれを望むなら私も協力させていただきます」
「ありがとうだべ」
そんな、親し気を超えて親密と分かるヨコヅナとラビスの様子を見て、
「……モグモグ、ゴクンっ。なぁ、そろそろ聞いてもいいか?」
「何だべ?」
「その黒いメイドは誰なんだ?」
ちゃんこ握り飯を食べていたエルリナが質問する。
「私も気になってた」
「私もです」
「ウィピもなのー」
クレアもシアンもウィピも気になってて、聞くタイミングを見計らっていた。
「まだ自己紹介してなかったんだべか?」
「する間もなく皆様がちゃんこ握り飯に夢中になってしまわれたので」
「ちょっと、何よその私達が食い意地張ってるみたいな言い方!」
ラビスのちょっとバカにしたような言葉に反論するクレアだが、
「口の周りに米粒つけた状態で言われましても、「その通りです」としか言えないのですが」
「え!?、あ、ほんとについてる…」
クレアの口に米粒が付いているのを見て、他の三人も慌てて口に手をあてて確かめる。
「それじゃ改めて紹介するだ。彼女はオラの補佐で、新しいパーティーメンバーだべ」
「ラビスと申します」
メイドらしくお辞儀をするラビス。
「パーティーメンバーって、メイドなのに冒険者なのか?」
「はい。冒険に行くときはもちろん着替えますが」
「ヨコヅナ殿が雇っている侍女ではないのですか?」
「その解釈でも間違っておりません」
「眼球が黒い人族なんて初めて見たんだけど?」
「私は混血ですので」
「服とかも全部黒いのは何でなのー?」
「趣味です」
自己紹介してラビスは素直に答えているのに、
「「「「…」」」」
女性陣四人は微妙に納得のいかない顔をしている。
「どうかしただか?」
「あ~、何つうか…大将はカル以外に正式パーティーを組む気がないと思ってたんでな」
「ラビスはカルと同じで冒険者関係なくオラの仲間だべからな」
「カルと同じですか…」
「呼んはかほ?」
ちゃんこ握り飯を頬張るカルレインに視線が集まる。
「「「「同じには見えないな」ですね」わね」のー」
「モグモグ、ゴクンっ…ひょっとして我、バカにされておるかの」
「「「「バカにはしてない。食いしん坊キャラだとは思ってるだけだ」です」よ」なのー」
「…それはそれで気に入らんの」
食いしん坊キャラだからというだけでなく、同じ仲間というくくりでもヨコヅナとカルレインの関係は家族のそれ。だが、ラビスとの関係がそうじゃないことは一目瞭然だ。
「まぁ、そのメイドのことはいいや。でも一か月限定って言ってたのに、パーティーメンバーを増やしたってことは冒険者を続けるってことだよな大将?」
ヨコヅナ達が今後冒険をしないならこのタイミングで仲間を増やすことはあり得ない。
「今回のような長期は無理だべが、休暇とれたらまた冒険しに来るだよ」
「それが良いと思うぜ」
「私も王都とナインドを行ったり来たりしてますが、意外と苦になりませんよ」
「副業で冒険する人って結構いるのー」
『龍炎の騎士』の三人は正式パーティーでなくとも、もうヨコヅナとカルの事を仲間と思っている。帰る前に時々でも冒険者を続けることを提案するつもりだったのだ。
「次がいつになるかは未定だべがな」
「王都に帰るって言ってたけど、今日帰るの?」
そう聞いたのはクレア。
「う~ん…知合いになった人に挨拶したり、お土産買ったりしたいべからな…。帰るのは明日でも大丈夫だべかラビス?」
「問題ありません」
ラビスとて、今日来て今日帰るなどという強行予定は組んでいない。
「それなら私も準備出来るわね」
「どういう意味だべ?」
エルフの里から一人出て来るぐらい自由放任のクレアは、
「私も一緒に王都に行くわ」
真っすぐな瞳でそう言った。
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