第294話 うぬぬぬぅ~
「どうしてここに居るだラビス?会社で何か問題でもあっただか?」
「いえ、会社は概ね順調です。だからこそ私自身が様子を見にこちらに訪れたのです」
ラビスはそう言ってヨコヅナに近づき、手を伸ばして首に触れる。
「……大分回復なされたようですね」
「それで分かるだか?」
「ええ、力強い血と魔力の流れを感じます。今すぐ飲みたいぐらいです」
「ここじゃ駄目だべ。でも、心配かけて悪かっただな」
ヨコヅナは心配だからラビスがここまで来たのだと思ったのだが、それは少し違う。
「ヨコヅナ様が謝る必要はありませんよ。では王都へ帰りましょうか」
ラビスはヨコヅナの回復を確認し、連れ戻す為に来たのだ。
「ちょっと待つのじゃラビス。まだ一か月経っておらぬぞ」
「ヨコヅナ様が回復されたなら休暇は終わり、そういう話だったはずですが」
「だからと言って、会社に問題無いなら急いで帰る必要もあるまい」
「無くもないのですよ」
「やっぱり何かあっただか?」
「ヨコヅナ様が体調不良ではなく、ただ仕事をサボって冒険しているという噂が一般従業員の間で囁かれています」
「それは……帰った方が良さそうだべな」
「そんな噂なぞヨコは気にせんでよい。幹部全員が体調不良と認め、王女に冒険者活動の許可まで取っておるのじゃから。寧ろそれは補佐であるラビスと幹部でどうにかする問題じゃぞ」
「ええ、私もそう思います。手紙に改竄さえなければ」
ラビスの言葉を聞いて、カルレインはあからさまにギクっとなり、ヨコヅナは改竄?と首を傾げる。
「ヨコヅナ様、バジリスクを討伐したというのは本当なのですか?」
「本当だべ。あれは初めてフリー討伐に行った時だったべな、色々あったから凄く前の事の様に思えるだ」
「何故バジリスクの事を手紙に書かなかったのですか?」
「え?オラ手紙に書いただよ」
「いえ、手紙にはバジリスクについては何も書かれておりませんでした」
「確かに書いたんだべが…」
「…やはり」
ラビスはヨコヅナの言葉を聞いて自分の想像通りだと確信する。
「ヨコヅナ様が書いた手紙をカル様に確認とかしてもらいましたか?」
「ああ、カルが誤字とかないか確認してく……、カル、まさか…」
ヨコヅナもラビスが何を言いたいのか分かった。
「誤字修正じゃなく、手紙の内容を勝手に変えたんだべか?」
「あ、いや…ちょっとだけの。バジリスクのところだけじゃぞ」
「バジリスクを討伐した事が知られれば、帰って来るように言われるかもしれませんからね。それはカル様からすれば面白くない。だから改竄したのですよね」
「…カル、それは駄目だべ」
「それは、あれじゃ…、ヨコの事を考えてやったことでもあって」
「カル」
「うっ……」
以前会議の時はヨコヅナの圧力など、どこ吹く風のカルレインだったが、今回の違った。
「我が悪かった。すまぬ」
素直に謝るカルレイン。自身でも悪い事をしたと思っているからだ。
言ってしまえば、ヨコヅナを騙して手紙を預かり、自分の欲望の為に勝手に改竄してそのまま相手に送ったのだ。
信頼関係が崩れてもおかしくない行為、
「次同じ事したら、もうカルに飯は作らないだ」
ヨコヅナが怒るのも無理はない。
「そんなに怒るでないヨコ、謝っとるじゃろ。今後改竄する時はちゃんと相談する。だから飯を作らぬとか言わんでくれ、の」
いつになく必死なカルレイン、それだけヨコヅナの作る料理を食べれなくなるのは嫌なのだろう。
「改竄自体をしないで頂きたいのですがね、せめて私には」
「分かっておる。見抜かれそうな相手にはやらん」
見抜けない相手にはすると取れる言い方をするカルレイン。でもラビスとしては自分にされないならそれでいい。
「では、帰るということで宜しいですね?」
「う~…しかしの~、ゴゴ洞窟に入る為に、情報やアイテム、装備などの準備を整えたのが、無駄になってしまうしの~」
「ゴゴ洞窟?下級冒険者はゴゴ洞窟に入る依頼は請けれませんよ」
「あ、オラが中級になったから請けれるだよ」
ラビスに黄枠の冒険者証明書を見せるヨコヅナ。
「……上級冒険者パーティーとお知り合いになられたのですね」
「よく分かっただな」
「それ以外にあり得ませんから」
ラビスは冒険者組合の規約を把握している。冒険者になって一か月経たないヨコヅナが中級になるには上級三名の推薦が必要、そこから上級冒険者で構成されたパーティーと親しくなったという推測は容易に出来る。
「その辺の話も後で詳しく聞かせてください。ゴゴ洞窟に入るのは次の機会にすれば宜しいではありませんか、それなら準備も無駄にはなりません」
「次の機会があるんだべか?」
「さすがに今回のような長期は無理ですが、短期でしたら冒険をしにナインド町に来る事は可能です」
「む~…仕方ないの。楽しみは次回に取っておくかの」
手紙を改竄した負い目もあるので、しぶしぶ今回はゴゴ洞窟探索を諦めるカルレイン。
「ええ。その時は私もご一緒に冒険させて頂きます。宜しいですよね」
「もちろんだべ」
「ラビスなら問題あるまい」
ラビスと正式パーティーを組むことに一切の躊躇なく応じるヨコヅナとカルレイン。
「ラビスは何級なんだべ?」
初対面時にサラッと会話に出ていたのだが、ラビスは過去に冒険者として活動していた時期がある。
「私は上級ですよ」
ラビスの手には赤枠の証明書。
「上級だべか、さすがラビスだべな」
「一か月かからず中級になられたヨコヅナ様の方こそ、さすがと言う他ないですよ。折角ですからパーティー申請だけでもしておきましょう」
「そうだべな」
ヨコヅナ達は受付に行き、いつもの受付係にパーティー申請の手続きがしたいと伝える。
「臨時ではなく、正式パーティの申請か?」
「そうだべ」
「そうか………」
受付係はラビスに視線を向ける。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
そう言う受付係だが本音は、ヨコヅナが『蒼天の四星』の誘いを断った話を聞いていたので、カルレイン以外と正式パーティーを組むことを意外に思ったのだ。しかもラビスはメイド服なのだから多少戸惑いを覚えても仕方がないだろう。
「では証明書を出してくれ」
とは言え、自分が口出しする事ではないので手続きを進めることにする。
三人は証明書を出す。この時またラビスが上級であることに内心驚く受付係なのだが、表情には出さずに次に行く。
「こちらのパーティー申請用紙に必要事項を記入して、パーティーメンバーを記載する欄は本人が名前を書いてくれ」
申請用紙も書き終え受付に渡す。
「…よし、問題ない。これでパーティー申請は完了だ。このまま続けて依頼申請もできるがどうする?」
「いや、依頼の申請はしないだ」
「そうなのか…てっきり今からゴゴ洞窟探索に行くのだと思っていたのだが」
「そのつもりじゃったが、予定変更になっての。洞窟探索は先送りじゃ」
「そうか。まぁ急ぐ必要はないからな」
本当は必要があったが期限切れになったというのが事実だ。
「そう言えば、残りの報酬はどうなってるだ?」
「その件についてこちらも話をしようと思っていた。時間があるなら一人で応接室に来てくれるか?」
「…結構時間かかるだか?」
「いや、大してかからんよ」
「そうだべか。ちょっと行って来くるから待っててくれだべ」
「うむ」
「…分かりました」
ヨコヅナが応接室に入っていくのを見送ってから、
「ヨコヅナ様とカル様は常に一緒に依頼を請けていたわけではないのですか?」
ヨコヅナ一人が呼ばれたという事は一人で依頼を請けたのだと考えたラビス。
「一度別行動した時にヨコは一人で釣りの依頼を請けたのじゃ」
「釣りの依頼ですか……バジリスクの次は、湖でヒュドラでも釣り上げたのですか?」
「惜しいの」
「…冗談だったので、惜しいと言われるとは思いませんでした」
「ヒュドラではないが、釣りに行って予想外の大物を獲って来たという意味ではあっておる。まぁ、それはヨコの功績じゃから本人から聞いた方がよいじゃろな」
「そうですね。では待っている間カル様の話をお聞かせ頂けますか」
「うむ、では座れるところに移動するかの」
カルレインとラビスはロビー端のテーブル席でヨコヅナを待つことにする。
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