第292話 靴屋の倅は転生者? 12



 俺達はいつもの酒場でヨコヅナ君のちゃんこ鍋が出来るのを待っていた。


「ちゃんこ鍋とかいう料理まだかしら」

「ヨコヅナ君が言ってたより早く来たからもう少しかかるだろ」


 ヨコヅナ君には日没後ぐらいに集まって欲しいと言われたのが、待ちきれず夕方に来てしまった。

 それはみんなも同じのようで、


「腹減ったの~」


 カルレインは当然として、


「今朝の大将はマジで凄かったよな」

「本当ですね。『蒼剣』のヤクトの斬撃をつまんで止めるのですから」

「投げも凄かったのー。片手で高々持ち上げて叩きつけてたのー」


 『龍炎の騎士』の三人に、


「バカ!ヤクトのバカバカバカバカ!」

「阿保」

「誘いって丸分かりだったじゃん!何で正面から突っ込むしー!」

「愚の骨頂」

「すまなかった、反省している。もう百回ぐらい聞いたら許してくれ」

「十回もタダ働きするハメになったんだから許すわけないじゃん!」

「許さない、絶対」


 『蒼天の四星』の四人も既に店に来てる。


 ヤクトさんは左腕を包帯で巻いて首から吊り下げた状態だ。

 見たまんま怪我人なのだが、リニャさんにポカポカ殴られたりミニーチさんに頬を引っ張られたりしている。

 さすがにちょっとかわいそうだな…。


「ヤクトさんその腕、医者に診てもらったんですよね。どうだったんですか?」


 興味本位ではなく、怪我の話をすれば二人も責めないかなと思って質問してみる。


「投げられた際無理に頭を庇ったから脱臼して筋も痛めたようだ。医者には全治一か月と言われた」


 普通に重症だ。でも、思ったほどじゃないか…、


「でも、ポーション飲めば3日で治るしー」

「え、そうなんですか?何で飲まないんですか?」

「戒めと言うか、より反省する為と言うか…」

「唯の自己満足」

「そうだしー、治るまで働けないしー。さっさと治して貸し百個返せしー」


 女性二人の責め句が止まらない。う~ん…、この話題はヨコヅナ君が悪者みたいになりそうだけど…、


「…でも、ヨコヅナ君のあの投げ、下手したら相手死にますよね」


 あれは正直やり過ぎだと思ったんだよな、俺だったら絶対死んでると思うもん。


「常人ならの。じゃが、あの程度で死ぬヤツならトップなど言われんじゃろ」


 答えたのはカル。ヤクトさんは常人じゃないから使っても問題ないと…、


「いやいや、手合わせで常人が死ぬ技使ったら駄目じゃね?」

「ヨコヅナがそれだけ僕を強敵と見なしてた証拠だ。それに僕も最後の斬撃、常人なら額が割れるぐらいの力を込めたしな」


 ……そっか~、常人じゃない者同士の手合わせだから、常人が死ぬ技使っても良いのか~。勉強にな…ならねぇよ!

 あ、でもついでに聞いとこ、


「トップクラスの剣士の斬撃をつまんで止めるとか、ヨコヅナ君実は魔法とか、もっと凄い特別な力とか使えたりするのかな?」

「アルまたそんな事言ってんの?前に私が違うって言ったでしょ」

「それはクレアの見立てだろ」

 

 だってあれは漫画やアニメ的にもチート持ちの所業だぜ。他の人、特にカルの意見を聞きたい。そう思って視線を向けると、


「ヨコは魔法使えんぞ。あれはただの受け技じゃ」

「ああ。やられた僕が言うのもなんだが、あれは見事な受け技だった」


 …本当にあれ、ただの見事な受け技なんだ。チートじゃないのが逆にチートに思えてきた。


「ヨコっちが凄いのはワタシも認めるけどー、誘いに乗らなきゃ良いだけだしー」

「頭部攻撃、前提技」

「しかも一瞬の隙を作れるだけで、失敗のリスクが高い博打技じゃ」


 …そういう系の技か、それじゃチートとは言わないか。


「だから結論、誘いと分かってて頭に斬りかかった、ヤクトが大バカってことだしー!」

「バカの極」

「分かっている、僕がバカだった。許してくれ」

 

 また、ヤクトさんが責められる状態に戻ってしまった。

 本当ならこの辺でゼットさんがリニャさんとミニーチさんを止めるのだろうけど今はいない。

 ゼットさんも店内にはいるんだけど、


「ヨコヅナ君、こっちの野菜は切り終わったぞ」


 厨房でヨコヅナ君を手伝ってる。ゼットさんの料理の腕前は料理好き素人レベルらしい。

 そして厨房にはもう一人、


「僕の方も終わりました」

「ありがとうだべ。ゼット、ユユク。それじゃ次はだべな…」


 ヨコヅナ君が快くOKしてくれたので俺が誘ったユユク君も、厨房で手伝っている。

 ユユク君は依頼が無い日は基本自炊で、腕前は簡単な家庭料理が作れるレベルらしい。ほんと何で犬耳美少女じゃないんだよ!


 ヨコヅナ君にゼットさんにユユク君、三人とも男なんだよな。

 文句を言う気はないけど、女性の手料理が食べたいと思うお年頃なんだよ俺……。


「…考えてみたら今までも、これだけ女性いるのに誰も料理手伝ったことないよな」

「「「「「「「…」」」」」」」


 それまで騒いでいたリニャとミニーチも含め女性陣の会話がピタッと止まった。

 やっべ、地雷踏んだっぽい。


「アル、それは「女なんだから料理ぐらい手伝えよ」と言いてえのか。あぁん?」


 そんなドスの効いた声出さないでくださいエルリナさん。 


「男尊女卑も甚だしいですね」


 冷たい視線が痛いですシアンさん。


「弱い男ほどそういうこと言うのー」


 まだ新人なんで大目に見てくださいよウィピさん。


「そのくせ自分の功績を盛って自慢したりするのよね」


 盛ってるのバレてた!?


「うっわー。モテない男性冒険者の典型だわー」


 ヤめてー!モテないとか普通に傷つくから言わないでー!


「一生童貞」


 俺一生童貞なの!!?


 酷い!!思った以上にボロクソ言われた!!


「ヨコは料理には厳しからの、下手だと男女関係なく厨房からつまみ出されるのじゃ」


 …それ、もう少し早く聞きたかった。知ってたらあんな事言わなかったのに。

 何とか話題を変えないと…。


「おう、アル来てやったぜ」


 ザンゲフさんが店に入って来た。パーティーメンバーの三人も一緒に。

 ナイスタイミングですザンゲフさん!集合時間少し前に到着とか、顔に似合わずほんと真面目な人だ。


「飯はまだ出来てねぇみたいだな…ん」

 

 ザンゲフさんは席に座る前に、


「聞いたぜ~、『蒼剣』のヤクトさんよ」


 ヤクトさんに絡むように声をかけた。


「新人のヨコヅナにボコられて惨めに降参したんだってな。それも素手の相手に模擬剣使ってよ」

「…その通りだ」

「へっ。そんなんじゃもうナインドトップなんて誰も言わねぇな」

「構わない。トップなどと言われ僕は思いあがっていたのだろう」


 …ずっと思ってたけどヤクトさん、今朝ヨコヅナ君に負ける前までとは別人のように覇気のない。


「おいおい、そんなショボくれてちゃ、冒険者としてすら終わりじゃねぇのか?」

「いや、冒険者は辞めないさ。自分を改め、一から鍛え直そうと思っている」


 ヨコヅナ君に負けて心折られちゃったのかと思ったけど違うみたいだ。

 

「…そうかい、精々頑張んな」


 拍子抜け過ぎて、絡む気が失せたザンゲフさんは仲間と一緒に空いてるテーブルに向かう。

  

 ザンゲフさんのお陰で一先ず話題はそれた。でも女性陣の好感度はマイナスっぽいから挽回しないと…、


「おいアル、お前もこっちこいよ」


 ザンゲフさんが自分達のテーブルに来るよう誘って来た。


「え、あ、俺は…」


 これはまずい!別にザンゲフさん達と食べるのが嫌な訳じゃないけど、このままだと俺に『モテない男性冒険者の典型』というイメージが固定されてしまう!何より女性陣と鍋パ出来ない…、

 角を立てない納得してもらえる理由で断ならいと……、


「こっちにパーティーのクレアもいるんで…」

「全然構わないわよ。そっちに連れてっちゃって」

「だとよ。ほらこっち来い」


 ザンゲフさんが首根っこ掴んで、俺を自分達のテーブルへと引きずる。

 ああ~…、このまま料理が来ると席が確定して挽回が出来な…、

 

「料理出来ただよ」


 だと思ったよヨコヅナ君。 

 いや、今から鍋パは始まるんだ。席替えのチャンスはあるはずだ。

 まだあわてるような時間じゃない。


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