第291話 ヨコが言わねば我が条件を言うつもりじゃったのでの
ヨコヅナは訓練場で褌一丁+籠手といういつもと少し違う姿で立っていた。
そして対面に立つのは、
「明日は一緒に組んでゴゴ洞窟探索に行こうじゃないかヨコヅナ」
全身鎧は着ていないが籠手だけ着けたヤクト。もちろん服は着ている。
「あんたほんとにしつこいだな」
「臨時パーティーなら何も問題ないだろう」
昨日酒場でカルが情報収集した際に、ヨコヅナ達がゴゴ洞窟に入ることを知ったヤクトは自分達『蒼天の四星』と臨時パーティを組んで一緒に行くことを提案した。
組むことは断ったのだが、カルがヤクトの実力を知りたいと言ったのと、ヨコヅナも新調した籠手の使い勝手を試しておきたかったので、「では、僕の実力を見せる為、明日訓練場で手合わせをするのはどうだ?」
という申し出を受けたのだ。
「この手合わせで僕が勝ったら一緒に組む。それでどうだ?」
正式パーティーにはなれないのにヤクトが何故一緒に組もうと言ってくるのかヨコヅナは分からない。
だが、悪意は感じられないので、
「……分かっただ。オラに膝を着かせることが出来たら一緒に組んでやるだよ」
負けた場合は一緒に組むことを承諾する。負けるつもりは毛ほどもないが、
「ヨコヅナなら逃げないと思ったよ。正式なパーティーになれないのが残念だ」
「……」
ヨコヅナは当然聞かれるだろう質問を待つがヤクトは訊いてこない。
(やっぱり気に入らないだな)
自分が負けた場合の条件を聞いてこないヤクトに苛立ちを覚えるヨコヅナ。
「オラが勝ったら『蒼天の四星』はオラからの依頼を10回無償で請ける。それが条件だべ」
ヨコヅナ的にはかなり無茶な条件を提案したつもりだったが、
「…良いだろう」
ヤクトは少しだけ考えて、仲間に相談する事もなく了承する。
「ちょっとヤクト~、勝手に決めんなしー」
「タダ働き、したくない」
「オレ等への指名依頼料、いくらか分かっているのか?」
訓練所には『蒼天の四星』のメンバー三人も来ている。
『蒼天の四星』はナインドでトップと言われるパーティー。その指名依頼料はかなり高い、それも10回となれば相当な値段になるだろう。
「勝てばいい。そうだろ」
「昨日その自信満々顔で負けたの誰だしー」
「アームレスリングとは違う。任せてくれ」
ヤクトのその言葉に、他の三人は文句を言うのを止める。何だかんだ言いつつもリーダーであるヤクトを信頼しており、手合わせなら勝てると思っているのだろう。
「バカのトップさんよ。カッコつけてるとこ悪いけど、素手の新人相手に模擬剣を使って正々堂々とか言う気か?」
お互い籠手を着けているのは同じだが、素手のヨコヅナに対してヤクトは模擬剣を持ってることにエルリナが文句を言う。
訓練所にはカルレインはもちろん、『龍炎の騎士』の三人、アルとクレアも来ている。
「新人とかは関係ない、僕はヨコヅナを対等な相手と思っている。とは言え先にヨコヅナの許可は取るべきだったな」
「構わないだよ」
ヨコヅナはあっさりと了承する。
「大将がいいならいいけどよ」
そう言いながらもエルリナは不安に思う。バカ扱いしていても同じ剣士としてヤクトが段違いに強い事を知っているからだ。
「それよりこの訓練所に書く物はあるだか?」
「我が持って来ておるぞ、こんなこともあるかと思っての。内容も今交わした条件を記載しておいてやったぞ」
「さすがだべ」
「ヨコも経営者として多少は成長したではないか」
カルレインはヤクトに紙を渡す。
「内容に誤りが無ければここにサインするのじゃ」
「これは?」
「契約書じゃ」
その紙にはヤクトがヨコヅナに負けた場合の条件が記載されていた。
「こんなものが無くても僕は約束を守る。ヨコヅナは僕が信用できないのか?」
「信用出来ないだよ。出来るわけないだよ」
何を言ってんだこいつはという目でヤクトを見るヨコヅナ。
「嫌なら手合わせは無しじゃ」
「……良いだろう。勝てば唯の紙なのだからな」
カルレインはヤクトがサインした契約書を受けとり、他の三人にも、
「お主らの分じゃ」
「オレ達もか?」
「念の為じゃ。四人揃わなくともパーティー名は名乗れるからの」
「…しっかりしているな」
「ええ~、ワタシそんな契約書にサインしたくないしー」
「同上」
「お主らのリーダーが負けると思っておるなら、サインすべきではないじゃろうな」
カルレインの言葉に悩む三人。
「せめて条件変更するしー。不公平過ぎるしー」
ヤクトが勝っても『蒼天の四星』は一緒に組んでゴゴ洞窟探索に行くだけなのだから、不公平どころか損しかないと言える。
「それはヤクトがサインする前に言うべきじゃったの。既にあの二人の間では契約が成立しておる」
「ぬぬぅ~……ヤクト、負けたらほんとに百個貸しだからね!」
「オレもだぞ、ヤクト」
「同上」
「心配するな、俺を信じろ!」
三人は契約書にサインする。
カルレインは三人からも契約書を受け取り、エルリナ達の居るところへと戻る。
「わはは、いい手土産が出来たのじゃ」
「…カルは大将が勝つと信じて疑ってないんだな」
「相手はナインドトップパーティーのリーダーですよ」
「剣士としてもトップクラスなのー」
「確かに剣を持っての立ち姿は昨日のバカとは思えないわね」
「アームレスリングの時とは違ってガチ勝負だもんな」
心配そうな五人の言葉に、
「まぁ、見ておれば分かる」
とだけ、カルレインは返した。
「さて、始めようか」
模擬剣を両手で持ち、脇構えをとるヤクトに対して、
「いつでもかかってきていいだよ」
ヨコヅナは手合の構えではなく立った状態で構える。
「あれ?ヨコヅナ君構えが違う」
「籠手の使い勝手を試す手合わせでもあるからの……じゃが、いつもより若干手の位置が高いの」
いつもは胸前の手を、今は頭を守る様に顔前まで上げて構えているヨコヅナ。
「行くぞ」
ヤクトは素早く一足飛びで間合に入り、ヨコヅナの胴に向けて模擬剣を横一線。
「うおっ、速ぇ!てか、ヨコヅナ君の腹が切れた!?」
「下がってかわしてるわよ」
アルには見えない程の斬撃をヨコヅナは見切って半歩だけ下がってかわす。
ヤクトは続けて、ヨコヅナの胸に向けて刺突を繰り出す。ヨコヅナは突きを籠手で受け流し、ヤクトに顔面に向けて張り手。
ヤクトは張り手をしゃがんでかわし、ヨコヅナの足を薙ぎにいく。それに対してヨコヅナは一歩前に踏み出し、鍔の部分を足で受ける。そして、しゃがんだヤクトを掴みに行くが、素早く下がってヤクトはヨコヅナから距離をとる。
「ふぅ……凄いなヨコヅナ。予想よりずっと強い」
「あんたの強さは大体予想通りだべ」
「…今のが僕の本気と思わないことだ」
「それも含めて言ってるだよ」
次はヨコヅナから前に出る。
ヤクトは剣の間合に入るなりヨコヅナの脇腹を狙って全力で模擬剣を振う。ヨコヅナは籠手で防ぐが重たい斬撃に一瞬動きが止まる、だが一瞬だけだ。直ぐにヤクトに向けて素早い張り手を連続で繰り出す。
連続張り手をヤクトは全て紙一重でかわし、ヨコヅナに下段蹴りを喰らわせる。下段蹴りを喰らってもヨコヅナは動きを止めずヤクトを掴みに行く。
ヤクトはヨコヅナの手が届かないギリギリまで下がりながら、頭頂部を狙って剣を振り下ろす。その一撃をヨコヅナは腕を振り上げて籠手で弾くように防ぐ。
その後も、息のつく間もない攻防が繰り広げられる。
「やっべ~、レベル高過ぎだろ。全然見えねぇ…」
アルには何がどうなってるか、分からない程二人の手合わせはレベルが高い。
「だったら黙ってなさい、気が散るから」
「…はい」
手合わせを観るのに集中したいクレアの叱咤に、落ち込みながら返事をするアル。
「大将、私が思ってたよりずっと強ぇな…」
「あの体格であれほどのスピードが有しているのですね」
「速いだけじゃないのー。技術も高いのー」
ヨコヅナの実力に驚いているのは、
「ヴィーヴルやガルムとの戦いは力押しに見えたから、ヤクトなら勝てると思ったのだが…」
「ヨコっち思ってたよりずっと強いしー」
「デカく、速く、上手い」
『蒼天の四星』の三人も同じだ。
「やっぱサインしなきゃよかったしー」
「激しく同意」
「いや、勝てるかは分からないが、負けはないだろう」
ゼットの言う通り、ヨコヅナの攻撃は全て的確に回避されている。
「トップクラスの冒険者だけあって、回避能力が高いの」
当り前だが冒険者として長く多く活動するなら怪我をしないことが重要だ。
トップクラスと言われているのはそれだけ危険な依頼を無事に達成しているからであり、ヤクトの回避能力はとても高い。
「ヨコが今まで戦った相手の中で、三番目と言ったところかの」
しばらく両者一歩も引かない攻防が続き、また距離が空く。
「すぅ…はぁ…まさかここまでとは。ヨコヅナに模擬剣で膝を着かせるのは、ドラゴンを討伐するより困難に思えるよ」
「降参だべか?」
「そんなつもりはない。持久力には自信があるのでな」
長時間行動し続ける持久力も冒険者にとって絶対欠かせない要素だ。勝負が長引けばヤクトに勝機もあるだろう。
だが、
「オラ、ちゃんこ作らないといけないから時間ないだよ」
今日は時間をかけて晩飯のちゃんこ鍋を作る予定なので、ヨコヅナはこの手合わせをさっさと終わらしたいと思っている。
ヨコヅナは構えを解いて棒立ちになる。
「「「「「…」」」」」
それを見てエルリナ達はヨコヅナが狙いを察する。だがそれは無謀のように思えた。
「…(上段への誘いか)」
当然ヤクトもそれが頭部への攻撃を誘っているのだと気づくからだ。
普通なら刺突や下段攻撃で牽制し、相手の思惑を外すところだが、
「…(その誘い、あえて乗ろうヨコヅナ)」
ヤクトは模擬剣を正面中段に構える。
考えている事はアルと同じだ。ヨコヅナの予想を超える速度で頭部に打ち込み、真剣だったら死んでいたと負けを認めさせる考えだ。
ジリジリと間合を詰め、
「…(イケる!)。ハァッ!」
ナインドで、冒険者としても剣士としても、トップクラスであるヤクトの最速の一撃を、
ピタっ!
ヨコヅナはつまむように止める。
「なっ!?」
驚きで出来た隙をついてヨコヅナは渾身の張り手を繰り出す。
「ぐぁぅっ!…」
ヤクトは腕で防御するも後ろに吹き飛ぶ。
それでも膝を着かなかったのはさすがではあるが、それがヨコヅナに追撃をさせる理由になった。
ヨコヅナは手に残った模擬剣を捨て、体勢が崩れているヤクトに素早く組み付き、
「一撃で顔面潰さないとだべ、なっ!」
到頭本音が口から出しまったヨコヅナはベルトを掴み片腕でヤクトを高々と持ち上げる。
そしてヤクトの体を傾け頭を逆の手で掴み、高い位置から顔面を全力で地面に落とす。
ズドゥンっ!!!
殺傷力アップ型【下手投げ】とでも言うべき強力な投げをうけたヤクトは、
「上手く顔を守っただな」
叩きつけられる寸前地面と顔の間に腕を挟み頭部へのダメージを軽減していた。軽減できたのは少しだけだが、
「ぐぅ…うぅ…」
「まだ続けるだか?」
ヤクトは倒れていて地に膝を着いているわけだが、ヤクトの負けの条件を決めてなかったのでそう聞くヨコヅナ。
「……いや、僕の…負けだ」
軽減はしたが衝撃は脳に伝わっており、張り手を喰らいさらに頭を守る為に無理に挟んだ左腕は激痛で動かせない。しかも模擬剣は遠くに落ちている。ヤクトに勝ち目は0だ。
「そうだべか……」
顔面を潰せないのが少し残念そうなヨコヅナ。
「これを期に、「自分は正しく、絶対自分の思い通りになる」とでも言うような、その調子に乗った態度を改めるだよ」
「そんなつもりは……」
初めて会った時と同じ様な事を言われ、ヤクトは今回も否定しようと思ったが、
今日のこの訓練場での短い時間だけでも、
ヨコヅナとの手合わせに絶対負けないと考えていた。
仲間に相談もぜず不平等な契約書にサインした。
誘いと分かっているのに頭部を狙った。
これだけ思いあがった行動を取っているのだから否定のしようがない。
「そうだな。ヨコヅナの言う通り自分を改めるよ」
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