第277話 歩いてるだけなら危険と思わぬのかの?
早朝。大地を強靭な足腰で踏むことによる轟音がゴゴの森に響いていた。
「やっぱり自然の中でする稽古は、訓練場でするのと違う気がするだな」
ヨコヅナはナインド町でも早朝のスモウ稽古を欠かしていない。
だが、轟音を立てるヨコヅナのスモウ稽古は町では出来ない。訓練場があることは知ったがあの狭さでは近所迷惑になる。
だから、ゴゴの森で稽古をしている。
大樹が真ん中にあり周りが少し開けているという、ニーコ村で稽古していた時と似た場所を見つけたので、そこで稽古をしているのだ。ちゃんとスリ足に使う大岩も見つけてある。
「思ってたより魔獣なんかが襲って来なくて助かるだ」
始めは稽古にならない程魔獣・魔モノが襲ってくるかと思ったがそれ程ではなかった。
魔獣・魔モノは魔素狂いした獣とは違い、狂って人を襲うわけでない。
稽古しているヨコヅナを見て、「アレ、危険じゃね」「なんか怖ぇな」「止めとくか」「そうだな。もっと弱いにしよう」となって去る方が多いのだ。
だが、その日は少し違った。
ヨコヅナが四股踏みを続けていると。
(…何かいるだな……)
気配を感じ稽古を止めて周りを見渡す。
場所を探ろうとするヨコヅナに何かが飛んできた、とっさにかわすヨコヅナ。
「矢?でも…」
飛んできたのは鏃が外された矢。
「手加減したとはいえ、かわされるとは思わなかったわ」
矢が飛んできた方向からヨコヅナも知る声が聞こた。
「クレア……」
「おはよう、ヨコヅナ」
「おはようだべ。でも稽古の邪魔はしてほしくないだな」
「私は狩りをしていただけよ。こんなところで裸で稽古している人族がいるとは思わなくて、大きなお尻に向けて矢を射ちゃったわ」
「よく言うだよ。鏃が無いってことは、オラと分かってたはずだべ。あと裸でもないだ」
ヨコヅナはいつも通り褌を締めている。
「冗談よ、どっちも分かってた。……でも、人族と思えなかったのは本当なのよね」
後半はヨコヅナに聞こえない程度の声量で呟くクレア。
「ヨコヅナって人族以外の種族の血も混じってたりする?」
「…以前血液検査を受けたことあるだが、オラは純血の人族と結果が出ただよ」
「そう……。もう邪魔はしないから、稽古見てていい?」
「邪魔しないならいいだよ。見てて面白いものでもないと思うだが。(これを言うの何度目だべかな?)」
基礎鍛錬は同じことの繰り返しなのでヨコヅナが、面白いものでもない、と言うのは当然。
だが、それは見る相手による。
カルレインやハイネ、コフィーリアなどと同じように、クレアにも見て取れるのだ。
ヨコヅナの鍛錬から努力の積み重ねを。
「こんな人族もいるのね。やっぱり里を出て正解だったわ」
一通りの鍛錬が終わったところで、
「鍛錬は終わり?」
「ああ、終わりだべ」
「それならもう邪魔にはならないわね」
クレアがヨコヅナに近づいてきて腹パンを喰らわせる。
「…だから、オラの腹を殴るのを趣味にしないでほしいだよ」
「本当は終わってから手合わせしようかと思ってたんだけど…これだけにしておいてあげるわ」
「手合わせだったら簡単には殴らせないだよ」
「殴る必要もないわ。私が弓矢を使えば、ヨコヅナは私に近づくことも出来ないもの。もちろんその時は鏃付きよ」
「手合わせでそれは狡いべ」
「私、『手合わせでも絶対負けたくない主義』なの。……それに狡いとも思わないし」
クレアは弓矢を使用したとてヨコヅナに確実に勝てると思っていない。大型の獣を狩る時のように大量の矢を使って間合の外からのヨコヅナが倒れるまでヒットアンドアウェイという戦術をとる他ない。
一撃でも攻撃を受ければ負けが確定する事も分かる。
遮蔽物のない場所での正面戦闘だとクレアは弓矢を使ってもヨコヅナに勝てるかは五分五分だと考えている。
「オラも似たような主義だから、クレアとは手合わせしないことにするだよ」
ヨコヅナも『手合わせでも絶対倒れなくない主義』だ。
「それじゃオラは帰るだよ」
「私はもう少し狩りを続けるわ」
「そう言えば、なんで一人で狩りをしてるんだべ?」
「私も鍛錬よ。一人で森に居ることで感覚を研ぎ澄ますって感じかしら」
「あ~、それオラも分かるだ」
「紹介してもらったユユク、凄いわね。私もそれなりに索敵出来るつもりだったけど、レベルが一段違うわ」
「ああ~、それオラも凄く分かるだ」
「私にとっても索敵は生命線だからその鍛錬も兼ねて一人で狩りしてるってわけ」
「アルは誘わなかっただか?」
「前に一度誘ったけど断られたからそれからは誘ってないわ。温いのよアルは。疲れている時は自己鍛錬を休んでいいと思ってるんだもの」
「…そうだべな」
「じゃあねヨコヅナ。もうすぐ私も下級になるからその時は一緒に組みましょ」
「分かっただ。まただべクレア」
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