第260話 飯はこうでなくてはの
「や~~っと終わったの~」
疲れたというより心底面倒くさかったという表情のカルレイン。
場所はナインド町にある酒場。
十日間に及ぶ初依頼『国営農業』での新人研修もどきが終わり、ナインド町に戻って来たのだ。
「もう!何で評価ポイント少ないのよ~」
「クレアがサボっとるからじゃろ」
「そうだぞ。クレアが畑仕事サボるから、パーティーの俺まで標準よりポイント少ないんだからな」
「私のせいにしないでよアル!」
カルレインが話をしている少女と少年は、新人冒険者のクレアとアル。
ヨコヅナ達と同時期に新規冒険者登録をしたので『国営農業』で共同生活をし、また歳も近かく見えるので仲良くなった。初依頼が終わった打ち上げがてら夕食を一緒に食べようと言う話になってテーブルを同じくしているのだ。
「カルだってサボってたじゃないの!何でそんなにポイント高いのよ?」
「ヨコが一人で数人分の働きをしたから、正当な評価ポイントじゃよ」
確かにカルレインは農作業をサボっていたが、ヨコヅナとパーティーなので二人で作業を行ったとして評価され、二人ともに最高ポイントを貰っている。
「管理職の人からスカウトされてたからなヨコヅナ君」
「最後の方は新人作業員の指導までしとったしの」
職員らは、自分達と等しい知識と技能、自分達以上の若さと体力があるヨコヅナを熱心にスカウトしていた。もちろんヨコヅナは断るしかないのだがほんのちょっとだけ迷った。
「アルがもっと頑張りなさいよね!ヨコヅナより年上の男でしょ!」
「無茶言うな。俺ん家は靴屋なんだからよ」
「靴屋の倅が冒険者とは大胆な決断じゃな」
「まぁな~、やっぱこういう世界に来たら冒険者になるだろ」
「こういう世界?」
「あ、いや、気にしないでくれ」
アルが話を誤魔化したいところで、ちょうど…
「料理出来ただよ」
ヨコヅナが料理を運んできた。
「「「おおぉ~!!」」」
テーブルに並ぶ、
鶏肉の照り焼きタルタルソースがけ。
大きい豚バラブロック肉を使用した焼豚。
ソーセージ入り野菜スープ。
各大盛りライス。
肉肉しい料理に感嘆の声が出る。
「カルががっつり肉が食べたいと言…」
「モグモグ!モグモグモグっ」
ヨコヅナの話を聞くもせず、勢いよくがっつくカルレイン。無理もない、十日間野菜ばかりだったから肉に飢えているのだ
「ゴクンっ、わははは!!腕を上げたのヨコ!それに久しぶり肉は格別じゃ、モグモグっ」
「ほうほ、…ゴクンっ凄く美味しいわ!やるわねヨコヅナ!」
「マジ美味い!モグモグっ、ひょお、ゴクンっ料理得意なんだなヨコヅナ君!」
クレアとアルも負けじとがっつく。
あと、カウンターの方からも、「小僧うめぇぜ!こりゃ手が止まんねぇぜ」との声が飛んでくる。
「……喉を詰まらせないよう気をつけるだよ。オラも食べるとするべ」
三人に食い尽くされては困るので、ヨコヅナも食べ始める。
「いただきます」
「……」
しばらくして皆の食事の勢いが収まり、
「ヨコ、お替りじゃ!モグモグっ」
カルレインはまだ収まっていないが、
「今さらだけど、何でヨコヅナ君この店で料理作ってんの?」
アルが本当に今さらな事を聞く。
「ここで働いてるわけじゃないだよ。この町に来た初日ちょっとあって、ここの店主の分も料理作るなら厨房を好きに使って良いことになっただよ」
ちょっとあって、の部分を簡単に説明すると、
____________________________
初日夕食を食べようと酒場と知らずこの店に入ったヨコヅナとカルレイン。
「何じゃここ?全然食い物のメニュー無いの」
「酒の種類が多いだな」
「ここはガキのくるとこじゃねぇぞ!さっさと出て行きなぁ!」
「何じゃこのガラの悪い店員」
「俺はこの酒場の店主だよ!」
「マジだべか!?」
「文句あんのかぁ?」
「豆に干し肉にチーズ。酒場と言ってももうちょっとマシなもんあるじゃろ普通」
「へっ!飯が食いたきゃ自分で作りやがれバーロー!」
「え、自分で作って良いんだべか?」
「あぁん?」
嫌味に対して本当に厨房を借りて店主の分も含めた三人分の料理を作ったヨコヅナ。
「やるじゃねぇか小僧!俺の分も作るなら今後も好きに厨房使っていいぜ」
____________________________
と、いう経緯があり、今日も食材を買って厨房で料理したのだ。
因みに今カウンターで「うまそうだな、俺にもくれよ」と言う客に「やるわけねぇだろボケ!テメェはこれでも食ってろ!」と硬い干し肉を投げつける店主の姿が見える。
「あんな店主もいるんだべな」
「あれはこの町限定だと思うぞ」
冒険者は酒好きが多く、この店は酒の種類が豊富で冒険者割引きも効くのでそこそこ人気がある。店主のガラの悪さもこの町では愛嬌で済まされるらしい。
「まぁ、あの店主のお陰でヨコヅナの美味しい料理食べれてるんだから、ラッキーと言えるわね」
「オラも今さらなんだべが……」
「何よ!私の顔に何かついてる?」
「…右頬に米粒、左頬にタレがついてるだよ」
「え、うそ!?早く言ってよ」
「いや、言いたかったのはそれじゃなくて、クレアは純血のエルフだべよな?」
「そうよ。ほんと今さらね」
そう、クレアは純血のエルフなのだ。
クレアの容姿は、整ってはいるが冷たいイメージを感じる顔立ち。発光しているかと思えるほど明るい金髪。スレンダーで女性にしては起伏が少ない体。そして人族より遥かに長く尖った耳。
初めて会った時も、ヨコヅナがクレアを凝視してしまい「何よ!私の顔に何かついてる?」と突っかかられたのが切っ掛けだ。
「純血のエルフは肉を食べないって聞いたことあるんだべがクレアは食べれるんだべな」
ヨコヅナは昔ニーコ村で、「純血のエルフだったオリアの曽祖父は肉を一切食べれなかった」、「それは純血のエルフ皆同じだ」と聞いた事があるのだ。
「あぁ~。今でも肉食べないエルフの方が多いわよ」
「クレアが特別食べれるって事だべか?」
「違うわ。エルフは「肉は体に悪い」って固定概念があるだけで食べようと思えば食べれるの」
オリアの曽祖父も「食べれなかった」ではなく、「食べなかった」が正しい。
「大昔の事だから私も詳しくは知らないけど、エルフの里で食糧難があったの。それでエルフ族にも地位や階級があるんだけど、下の階級の人は嫌々でも肉を食べるしかない時期があっただって」
人族でも普通にあり得る事だろう、食糧難になったとして優先的に食べれるのは地位の高い者。
「で、実際食べてみたら「あら、美味しいじゃない!」と思うエルフもいたのよ。しかもその後に病気になることもなかった。「だったら食べて良いんじゃない」てなって。今では人族で言うところの平民かな、では肉食べるエルフは少なからずいるわよ」
クレアの言い方では軽く聞こえるが、当時のエルフとしては革新的な事だった。
「エルフ族って閉鎖的な上に、「上がこうしてるから下もこうしないといけない」とか「皆がこうしてるから自分もこうしないといけない」とか窮屈な考え方するの。私はそんなの嫌だからは里を出て冒険者になろうって決めたのよ」
「お~、凄いだなクレア」
「まだ何も凄くないわよ。冒険者としてドンドン活躍してこれから凄くなるの!」
「ははは、それじゃ農作業サボってちゃ駄目だべ」
「つまんないんだから仕方ないじゃない!鍬を地面に振り下ろして何が楽しいのよ」
ヨコヅナはクレアの話を聞いて楽しそうに笑う。似たように退屈な生活から脱して冒険者で活躍すると兄貴分のウゴも言っていたのを思い出したからだ。
「ヨコヅナとカルはどうなのよ?」
「何がだべ?」
「冒険者になった理由よ」
二人に「私も話したんだからそっちも話すのが当然でしょ」という視線を向けるクレア。
「わへははほしそうははらひゃ」
「え、何て?」
「カルは楽しそうだからって理由だべ。そんでオラは別に冒険者になりたいわけではないだよ。カルに誘われただけで」
「え!?そうなの?」
「でもヨコヅナ君『国営農業』の人達が高待遇でスカウトされてもすぐ断ってただろ。畑仕事好きで冒険者になる気ないなら何で断ったんだ?」
「……オラはここに来たい理由が別にあっただ、ウゴ兄…同郷の兄貴分が冒険者やってるんだべが、連絡がつかないだよ。ここに来れば会えるかと思っただ」
ヨコヅナが渋々ながらもカルレインの提案に乗ってこの町に来たのはこの理由が大きい。
「……連絡がつかないってどれぐらい?」
「同郷の話をまとめると二年は誰も連絡がないみたいなんだべ」
「二年も!?…」
「連絡がない!?…」
ヨコヅナの話を聞いて暗い雰囲気で俯いてしまうアルとクレア。
冒険者が二年間連絡不通となれば、最悪…
「二年となるともっと遠く、それこそ他の国に行ってる可能性もあるだが、誰か知ってる人がいるかもしれないからオラはナインド町に来ただよ」
続いた最悪の予想など考えてないヨコヅナの前向きな言葉に、
「そ、そうだな。冒険者なんだから国外に冒険に行くこともあるよな」
「そ、そうね。私だってエルフの里から来てるんだから、全然あり得るわよね」
少しきょどりながら肯定するアルとクレア。
「アルはどうして冒険者になっただ?」
「俺も言ってしまえば楽しそうだからが理由だな。……受付がおっさんでいきなりガッカリしたけどな、受付は美人のお姉さんが常識だろ」
「あんたまだそんな事言ってるの」
アルの言葉に呆れた顔をするクレア。
「それはどこの常識じゃ?あやつらは引退した元冒険者じゃと思うぞ、適任じゃろ」
「いや、それは……ヨコヅナ君もそう思わね?」
「別に思わないだよ。登録の時も丁寧に対応してもらえたべ」
「……で、でもよ、テンションと言うかやる気が変わって来るだろ。冒険者も多く集まりそうだし」
「冒険は時に命がけなんだべから冒険者が多く集まるとしたら、性別や見た目は関係なく、参考になる助言の出来る受付だと思うだよ」
「それはその通りだけど、そこは年頃の男なら同意するところだろ!」
ヨコヅナの常識的正論に思春期男子の正論で返すアル。
それに対して、
「それはアルが女性に飢えてるだけでしょ」
「仮に美女受付がいたとしても、初級を相手にするわけなかろ」
「まずは、冒険者として実績を作ることを一番に考えるべきだと思うだよ」
三人の容赦ない言葉。
「ぐぅ……」
ぐぅの音しか出なくなるアルだった。
その後も食事をしながら色々話をし、
「ふ~~満足なのじゃ~」
「カルって見た目から想像できない程食べるわね。まぁ私も美味しいから苦しいぐらい食べちゃったけど」
「マジ美味かったよ。本当に材料費払うだけでいいのかヨコヅナ君?」
「良いだよ。オラとカルの分作るのと大して手間は変わらないべからな」
みんな満足し店を出た。
「それじゃオラ達の宿はこっちだべから」
「ではの」
「まただべ」
そう言って分かれ道で背を向けるヨコヅナに、
「……ちょっと待ってくれ。ヨコヅナ君」
アルが神妙な顔で声をかける。
「なんだべ?」
「ヨコヅナ君、日本って知ってる?」
「ニホン?……人の名前だべか?料理名だべか?」
「いや国の名前だけど…」
「国の?……いや、知らないだ」
「そうか…だったらいいんだ、呼び止めて悪い」
「いいだよ」
「じゃまたな」
「またね」
アルはカルレインを肩に乗せながら離れていくヨコヅナの背をしばらく見ていた。
「日本を知らない…。嘘ついてるようには見えなかったし、転移者でも転生者でもないってことか……でも名前がヨコヅナでスモウ……」
「何ブツブツ言ってるのよ!私達も宿に帰るわよ」
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