第259話 なんで我、こんなとこにいるのじゃ?
見渡す限りと言えるほどの広い畑。
ザッ、ザッ、ザッ、ヨコヅナは鍬を振るい畑を耕せる。
ここはニーコ村の畑ではない、『国営農業』が管理する畑だ。
「いや~、久々の畑仕事は楽しいだな」
近頃より二割増しの笑顔でドンドン畑を耕せていくヨコヅナ。
「やる気せんの……」
カルレインも鍬を持っているが、振りもせず不貞腐れている。
「なんで我、こんなとこにいるのじゃ?」
「それはオラ達が冒険者になったからだべ」
いつもとやり取りが逆であるが、間違ってはいない。
「こんなもん、冒険者のやることではないじゃろ!」
話はヨコヅナの長期休暇が認められた翌日までさかのぼる。
カルレインが提案したヨコヅナの気分転換の冒険とは、つまり冒険者として活動する事だ。カルレインがやってみたかったのが本音でもあるが。
冒険者として活動するなら冒険者組合に加入するのが常識となっている。
組合所は王都にもあるが、王都で冒険者になっても大した活動は出来ない。
王都から比較的近い場所で、多くの依頼が集まり冒険者らしい活動が出来るのが、『冒険者の町』とまで言われるナインド町。
冒険者になる為ヨコヅナとカルレインはナインド町へとやって来た。
「社長なのに、長期休暇で遠出なんて良いんだべかな……」
「皆が笑顔で見送ってくれたじゃろ」
「ラビスは不満そうだったべ」
「王女が許可したのじゃから、文句があっても言えんよ」
「でも、姫さんには腹パンされただよオラ」
「あれはもはや王女の趣味じゃから気にするな」
「いやな趣味だべな」
「ここまで来てグチグチ言うでない。さっさと冒険者登録するぞ」
二人は町の中でも一際大きい建物、ナインド冒険者組合所の扉を開く。
広いロビーは多くの冒険者と思わしき者達で賑やかだった。
「冒険者登録ってどうすれば良いんだべかな?」
「まずは受付に向かうべきじゃろ」
受付に向かうと、受付係らしき年配の男が、
「ん、そこの二人新規登録希望か?」
「そうだべ」
「見ただけでよく分かったの」
「この道長いんでな。まぁ俺じゃなくても分かるだろうが…」
ヨコヅナとカルレインは冒険者達の中で浮いている、新入りなのは一目瞭然だった。
「まずは登録用紙に必要事項記入しな」
二人は登録用紙を渡され、記入していく。
「……このパーティー登録というのは仲間の事だべな」
「ああ、お前等が今後一緒に活動するんなら、相手の名前を書いておけ」
「パーティー登録してない相手とは活動してはいかんのか?」
「いや、パーティー登録は評価を均等に振り分けるだけのものだ。パーティー以外との活動を制限するものじゃない。のちの変更も出来るし、一回の依頼だけの臨時パーティーも申請すれば可能だ」
「そうだべか。パーティー登録で良いだべなカル?」
「もちろんじゃ」
二人はお互いの名前をパーティー登録欄に書く。一通り書き終え受付係に渡す。係はざっと用紙を読み、
「【戦闘スタイル】スモウ、ってのは何だ?」
「オラの使う格闘技の名前だべ」
「聞かない格闘技だな…」
係はスモウの後ろに(格闘技)と付け足す。
「嬢ちゃんの方は魔法か、まぁ納得だな」
「納得なんだべか?」
「嬢ちゃんみたいなのが冒険者になるなら、魔法などの特殊な才能を持ってることが多いからな」
はじめ「この道長い」と言ってただけの事あり、見た目幼い少女のカルレインに聞くまでも無く登録用紙を渡したのも、そういう経験からだ。
登録用紙の確認も済み、
「あとは、登録料を払えば二人は冒険者になれるわけだが、先に説明しておく規約がある」
その規約内容とは、
・冒険者組合は依頼人と冒険者の仲介役をしており、依頼書に提示された報酬は仲介料を差し引いた額である。
・冒険者は階級制度があり、階級によって受けれる依頼が制限される。
・階級は評価ポイントを貯め、既定のポイントを超えると昇級審査を受けれる。
・依頼は必ず受付で受諾申請を行うこと、終わったら完了申請を行うこと。
・組合を通さず冒険者活動を行いトラブルになった場合組合は関与しない、内容によっては登録取消などの処分もありえる。
「他にも規約は色々あるが、まず知っておくべきはこれらだ」
「…ふむ、なるほどの」
「?…なんでそれらが先なんだべ?」
「ようはこれらは組合に登録する事でのデメリットじゃな」
「その通りだ」
組合に登録などせずとも冒険者活動は出来る。仲介料を取られることもないし、依頼内容を制限される事もないし、一々申請の為に組合所に通う必要もない。
「だが登録するメリットの方が大きい。そもそも依頼を自分達で見つける事が難しい、依頼人とトラブルも起きやすいしな。登録して組合を通した依頼でのトラブルなら組合員が仲裁に入る」
他にも冒険者組合と提携している店では、一部の武器・防具、食料などが冒険者割引きで購入できる。などなど、メリットの方がずっと大きいのだ。
「まぁ、上級冒険者になって信頼関係が出来た金払いの良い依頼主と直接交渉するパターンもあるが、それも登録して評価を上げてからの話だからな」
登録する以前から冒険者活動をしていた者達が稀に上記の規約が嫌で断ることもあるが、ヨコヅナ達が登録を断る理由はほぼないと言える。
「最後の、「内容によっては登録取消処分」の内容ってどんなことだべ?」
「それは、罪を犯した、または犯罪者に加担した場合だ」
直接罪を犯した場合は当然として、犯罪の認知は問わず加担したと判断されれば処分される。
「最後のは極端な実例がつい最近あったから説明したんだ。王都での麻薬密売組織一斉逮捕の事件知ってるか?」
「…知ってるだよ」
「事件時その組織に、
「…そうだべか。登録した方が良いってことは分かったから、登録料を払うだよ」
ヨコヅナは二人分の登録料を払う。
「おう、確かに。ちょっと待ってな」
その後受付係から冒険者組合登録証明書と規約書を受け取る。
「うむ、これで我らも冒険者じゃな。ドラゴン退治の依頼とかないかの~♪」
「冒険者…ウゴ兄この町にいないだべかな…」
カルレインは早くもどんな依頼を受けようか考え、ヨコヅナは冒険者になると言って村を出たウゴのことを考えていると、
「ちょっと待った。お前等が冒険者になった事は間違いないがまだ依頼は請けれない」
「どういうことじゃ?」
「正確にはお前等、初級で評価ポイント0の冒険者が今請けれる依頼は、この1つしかない」
受付係が出したその依頼書に提示されていたのは、
時は冒頭に戻り、
「まさか冒険者の新人研修として、農作業をしなければならぬとはの…」
冒険者組合は仲介をする以上、登録した冒険者の仕事遂行能力を見極める義務と権利がある。
登録したての新人であろうと、「指示された通り簡単な作業を行う」という最低限の仕事遂行能力が無くては、どんな簡単な依頼であろうと任せることが出来ない。
因みにこの新人研修もどきは『国営土木業』からの依頼の土木作業もある。今回は登録のタイミング的にヨコヅナ達は農作業だった。
依頼なので報酬は発生するが、農業にしろ土木業にしろ、新人冒険者の9割以上が嫌がる。大半はこういう地道な仕事が嫌だから冒険者になったのだから。
とは言え、
「この時期だと何を植えるんべかな~……人参だべかな?小松菜も温かい時期だからあり得るだな」
残りの一割以下に含まれるヨコヅナは、楽しそうにこの畑で何を育てるのかを考え、鍬を振り下ろしながら良い汗を流した。
日を追うごとにヨコヅナの調子は上がっていく。
一年ほどブランクがあるが、ヨコヅナは生まれながらの農民。それも他の子供達が嫌がっていた畑仕事を好んで精を出していた。そして体力はご存じの通り。
やる気、技術、体力、全て格が違うヨコヅナの畑仕事の作業量は他のやる気ない新人冒険者の作業量の数倍。
それを見てカルレインは「報酬は数倍にはならんがの」と呟いていた。
もちろん『国営農業』で畑仕事をしているのは新人冒険者だけではない、一番多いのは雇われた農作業員。
その中には元農民もいるが畑仕事が嫌で大きな街に働きに出たが、上手くいかず仕方なくここで働いてるのような人達だ。
それに畑仕事では荷物運びなど力仕事もある。作業員でヨコヅナに膂力でタメを張れる者など一人としているわけもない。
ヨコヅナは農作業員と比べてすら作業量は倍以上。
それを見てカルレインは「それでも報酬は倍にはならんがの」と呟いていた。
さらに『国営農業』では農作業員を取りまとめる、管理職の者が十数人いる。
これらはヨコヅナと同様の考えを持つ、畑仕事に真剣に取り組む生粋の元農民で能力を認められて職員になった者達。
その職員たちとヨコヅナは畑仕事の話で盛り上がったりもしていた。王都ではそんな話が出来る相手がいないからかとても楽しそうなヨコヅナ。
それを見てカルレインは「何が楽しいのか全く分からんの」と呟いていた。
『国営農業』の依頼は利点もある、寮・食事付なこと。
寮と言っても冒険者は大部屋雑魚寝。食事はほぼ食べ放題なのだが、肉は少ない。野菜・豆・芋などの料理それと米。つまりここの畑で採れた食材は沢山食べるという事だ。
カルレインは「もっと肉が食べたいの」と呟き、それはここに居るほぼ全員の感想だった。
とは言えそのほぼに含まれず、ヨコヅナはモリモリ食べている。今までの食欲減退が嘘のように。
畑仕事をし、その畑で採れた作物を食べるというこの状況が、ヨコヅナにとっては美味しい調味料となるようだ。
そんな冒険者として受けた初依頼『国営農業』での生活にヨコヅナは、
「ははは。乗り気じゃなかっただが、冒険者ってのも良いもんだべな」
と満足そうに笑う。
「だからこれは冒険者ではないと言っとろうが!」
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