第257話 ながいの~
場所はセレンディバイト社事務所。
「それじゃセレンディバイト社幹部会議を始めるだよ」
社長のヨコヅナが皆の前で宣言する。
「進行は私、ラビスが務めさせていただきます」
「わはは、初の正式な会議じゃな」
今までも少人数での会議はしているが、改めて幹部会議と銘打って行うのはこれが初めてとなる。
「では各部門の報告を、デルファさんからお願いします」
「はいよ」
デルファは収支書類を持って報告を行う。
「まず『運搬』は数字見ても分かるように以前と変わらずだね」
社名が変わっても、内容が変わっていない仕事は多い。
「事件の影響はないのですね」
「嬉しい事にね」
ロード会が麻薬密売を行っていたことは公になっていないが、急な営業休止と合併による社名変更。常連客の信頼を失ってもおかしくない。
だが『運搬』に関しては常連だった客から今も変わらす依頼を貰えている。
「ジーク達が今まで真面目に頑張っていた証拠だべな」
「ほんとそうだね。一見だけだと怖がられるけど、慣れるとジークは信頼されやすいんだよ、力仕事だと特にね。ジークからは何かあるかい?」
『運搬』はデルファか管理しているが、現場意見も必要なのでジークも会議に参加させている。
「…ヨコヅナハ来ナイノカ?ト聞カレタ。社長ニナッタカラ来レナイト伝エタ」
「以前社長が手伝った時の客だね。あのとき作業時間が予定の半分ぐらいで終わったから、それを期待されてたのかもね」
「今後も同様に返答してください」
「ワカッタ」
「次は『清掃』だけど売上は上がってる、利益は低いし皆嫌がってるけどね」
『清掃』用水路の掃除の仕事は探せばいつでもどこかで募集してるので、やればやるだけ売上は上がる。
ただ、個人の日当としては割高だが、会社として利益が高いとは言えない。ロード会の時も必要な時しか仕事を請けてはいなかった。だが、セレンディバイト社では頻繁に仕事を請けている。
その理由は、
「皆が嫌がる3K作業だからこそ、イメージ改善の意味があるのですよ」
「姫さんからも言われてることだべからな」
セレンディバイト社は混血差別を無くすことを目的の一つとしている。
混血差別はコフィーリアが王女として何を言おうと、ヨコヅナが裏格闘試合で活躍しようとなくならない。王国民の混血に対するイメージが良くならないことには意味がない、混血による地道な努力が必要不可欠なのだ。
「それは分かってるけどね…」
「もし、イティさんがまたサボったら報告してください」
ラビスの目が鋭くなる。
イティは事務仕事は出来ないし、料理も作れないし、丁寧な接客も出来ないから、『清掃』が主な仕事となっている。
「大丈夫だよ。ラビスはイティに厳しいねェ。次に新規開店したエステ店ついてだけど」
セレンディバイト社では遊館を廃止し、新事業としてエステ店を始めた。
遊館を廃止した理由は麻薬の直接な売り場として使っていた事が一つ、それと後ろ盾であるコフィーリアのイメージダウンに繋がる可能性もあるからだ。
「上々の出だしだよ。王宮エステシャン直々指導の賜物かね。泡石鹸での洗体も好評だし、料金高めのコースを選ぶ客も多い」
泡石鹸とはヨコヅナとカルレインが開発したよく泡立つ石鹸の事で、以前ロード会に試供品を渡した時アイリィが、石鹸でお客を洗うサービスが好評、と言っていたのが新事業の切っ掛けだったりする。
「多く元手をかけたのを考慮すると、上々とは言えません普通ですよ」
「厳しいね、庶民にエステは浸透してないから仕方ないよ」
エステは富裕層の嗜みだ、それを庶民向けに値段を安くしての新事業。
「遊女繋がりで噂が広まり売上は増える見込みさ。実際予約客は増えてるからね」
「では今後に期待させてもらいましょう」
「デルファの負担は大きくないだか?」
『運搬』と『清掃』だけでなく、新事業のエステ店の管理も任されているデルファ。だがこの程度は、
「ロード会設立時に比べたら大したことはないよ。それに元遊館で働いていた
エステ店で働いてるのは主に混血の元遊女達、つまりアイリィの元部下。接客はもちろん事務仕事も出来て、エステの技術習得にも努力を惜しまなかった。
「なるほど、エステ店の現場意見も聞きたいので、次の会議には一人連れて来てください」
「……社長を口説こうとするけど構わないかい?」
「では駄目です。現場意見をまとめて書類で提出するよう指示してください」
「ふふっ分かったよ。私は以上で終わりだ」
「次オリアさん、お願いします」
「はーい」
次はオリアが報告を始める。管理しているのは変わらず『ハイ&ロード』。
遊館は廃止したが、ギャンブル業でのコフィーリアのイメージダウンはないと判断された。公式ではないにしろ王女が主催する闘技大会で賭けが行われており、ギャンブルに寛容というイメージがコフィーリアには元からあるのだ。
「増設・改装工事が終わって客数は右肩上がりよ。ギャンブルだけの売上は微増だけど、カフェでの飲食の売上が大きく上がってる」
ロード会ではギャンブル店を二店営業していたが、一つを閉店し『ハイ&ロード』の規模を大きくした。売店の前に少しの飲食スペースがあるだけだったのを、本格的なカフェスペースへ改装、サンドイッチの種類も増やし店に入らずともテイクアウトできる仕様にもなっている。
「人気のサンドイッチが売り切れになる事もしばしばあるから、さっそく仕入れ量の見直しが必要かな」
「やはりテイクアウト出来る利点は高いですね」
「イベントショーの評判も良いんだけど演目を増やしたいわね、お客からもそういう意見が多いし」
イベントショーの舞台も広くなっているのだが、人前でショーが出来る人材は少ないのでまだいまいち活用出来ていない。
「イベントショーに関しては、その手の事業を専門にしている団体と提携するのも一つの案ですかね」
「…私的には他のと提携はあまりしたくないかな」
オリアは元々その手の団体に所属して、混血差別を受けていた。
「この手の分野でも混血ってだけで、活躍の場を奪われた有能な人は多いと思うの。そう言う人達を探してみようかと思うんだけど?」
「悪くはありませんが……。ヨコヅナ様はどう思いますか?」
「本当に有能なら雇うべきだと思うだ。ただし混血差別を無くすためでも混血贔屓をする気はないべ」
「む~、言ってくれるわね。…私も社長の意見は正しいとは思うますけど~」
弟分であるヨコヅナに、社長として正しいことを言われたことについ悔しさを感じるオリア。でも、ちゃんと慣れないといけない事は分かっている。
「ではオリアさんはそちらの線で探してください。私は問題なく提携出来る相手がいるか、探すだけはしておきます」
「ええ、わかった。私からは以上よ」
「……もし、またイティさんがつまみ食いしたら報告してください」
また、目つきを鋭くするラビス。
「はは、ラビスちゃんほんとイティに厳しいね」
「皆さんが甘すぎるだけです。では次、エネカさんお願いします」
「私の番かい」
会議にはエネカも参加していた。今までも清髪剤の販売を任されていたので、
セレンディバイト社設立を期にエネカの店も合併という形で組み込まれたのだ。
因みに旦那さんは店番している。
「少し前から清髪剤の注文予約が一気に増えたよ。以前にも同じことがあって何故か分からなかったんだけど、……ヨコが裏闘で活躍した影響だったんだね」
「ええ、理由はそれで間違いないと思います」
「…そのことを黙ってた件は説教したからもう何も言わないけどね」
「エネカ姉の説教は姫さんばりに怖いだよ」
危険な裏格闘試合に参加している事はエネカにも秘密にしていたので、こっぴどく説教されたヨコヅナ。
「ほんと、エネカちゃん怒るとすっごく怖いよね」
こっぴどく説教されたのはオリアもだ、
「説教されて当然だよ。許してあげただけでもありがたく思いな」
裏闘の事だけでなくロード会のことも麻薬密売のことも、エネカに全部話している。エネカが言う通りこうして席を同じくしているだけでもありがたく思える事だ、普通絶交されてもおかしくない。
「エネカさんに参入して頂けた事、私もありがたく思います」
「こんな危なっかしい妹弟、心配で放っておけないからね」
「エネカ姉…」
「エネカちゃん…」
姉貴分としての頼もしさが半端ないエネカ。
「報告に戻るけど、泡石鹸の方の売上も上々だよ。王女様やハイネ様も使用しているという宣伝効果は高いからね。それらを目的で来店した客が美容関連の商品を増やして欲しいという意見が多いから、今はその辺を充実させていってるよ」
「以前まで傘下に入ってた商会からの圧力などはありませんか?仕入れを邪魔されたりなど」
エネカの店は他の商会の傘下にあったが、そこを抜けてセレンディバイト社の傘下に入った形になる。下の商店が一方的にそれも急遽、組する組織を乗り換えれば、上の商会が気を悪くし圧力を掛けることもある。
普通は、の話だが。
「今は無いよ、寧ろ協力的。以前は清髪剤を独占販売してたことで五月蠅かったんだけどね……あれは、そうそう。ヨコが王女様の生誕パーティーに招待されたと聞いたあとからだね」
「生誕パーティー……ヨコが王女様とダンスを踊ったってやつよね」
「王女様とダンス!?本当かいヨコ?」
「本当だべ。周りが滅茶苦茶驚いてただ」
「誰だって驚くよ。……王女様とそんなに仲が良いって知れば、そりゃ手の平返すわけだよ」
邪魔するどころか、商会側の「困った事があれば何でも言ってくれ」や「是非セレンディバイト社の社長と面会の機会を作って欲しい」という言葉に納得がいったエネカ。
「もしかして……」
田舎出身の少年と一国の王女との身分の垣根を超えた恋愛、そんなロマンス小説みたいなことを考えてしまうエネカ。
「まさかね」
「どうしただ?」
「何でもないよ。え~と、てなわけでうちの店も順調で大きな問題はないよ」
「では次、ちゃんこ鍋屋についてはまず私が」
会議にはヨルダックも参加しているが、経営面のことはラビスが話す。
因みにちゃんこ鍋屋は定休日だ。
「ヨコヅナ様の裏闘での活躍で一時的に予約客が増加しましたが、気温の上昇により売上は全体的に減少傾向にあります。ただこれは想定内であり、寧ろ減少率は想定より緩やかです」
減少率が低いというのはラビスの個人の計算ではなく、用意した他の鍋料理店の売上平均との比較グラフが証明していた。
「……こんな他店の売上データ、どうやって集めたんだい?」
「私が集めたモノではありませんよ。ですがデータの信憑性は保証します」
比較グラフは以前コフィーリアから貰ったデータの中から鍋料理メインの店を抜粋して作ったモノだ。
「一番暑い時期は営業時間を夜のみに短縮する鍋料理店が多いようですが、ちゃんこ鍋屋は時間短縮する予定はありません。今年の客入で来年の計画を立てます」
比較グラフを見せてることもあって、反対するような意見はでない。
「では、ヨルダックさん現場状況で追加報告はありますか?」
ラビスと入れ替わり立ち上がったヨルダックはまず、
「現場では数字以上に一般客の減少が実感できます。申し訳ありません師匠、自分が不甲斐ないばかりに」
ヨコヅナに向けて頭を下げる。
「ヨルダックのせいじゃないだよ。謝る必要はないべ」
「ヨコヅナ様の言う通りです。ヨルダックさんが料理長だからこそ、減少率が低く今年は営業短縮しないという判断が出来るのです」
二人がそう言うもヨルダックは納得しない。
「余裕があるのは白玉団子や師匠の裏闘での活躍があるからです」
「それは単発的な売上上昇ですし、ヨルダックさんが作るちゃんこ鍋が美味しいからこその上昇です」
「ラビスは分かっているはずです。師匠が厨房にいればお客が増えるのは、数字でも現場でも明白だと」
「ヨコヅナ様がずっと厨房にいても減少は止まらないと思いますが……ヨルダックさんはそれを報告してどうしたいのですか?」
「事実の共有として報告したまでです」
つまりヨルダックは、ちゃんこ鍋屋が他店の鍋料理と比較して売上が高いのは、元宮廷料理人の自分がいるからではないと伝えたかったのだ。初の幹部会議のこの場で、
((((((((真面目だな~この人))))))))
ヨルダックとの面識が少ない者全員同じ感想をいだく。
「分かりました。他に報告はありますか?」
ラビスはそれでヨルダックが納得するならそれで良いかと、次を促す。
「書類にもあるように、毛色の違う予約客が増え接客員に少し疲弊している者もいましたが、一時的に来店が集中していただけで今は接客員も回復し問題ありません」
「それは良かっただ。何かあったら直ぐに言ってくれだべ」
「分かりました。ですが直接的な迷惑客の対応はヤズッチやオルレオンがいるので大丈夫かと」
「クククっ、頼もしいですね。ずっとちゃんこ鍋屋で働いてもらいたいです」
「二人ともちゃんこ鍋屋で働きたいわけじゃないから無理じゃないだか…」
オルレオンはまだ了承する可能性はあるが、ヤズミは断固拒否するだろう。
「他にありますか?」
「……これは些細な事なのですが。先ほどから何度か名前の挙がっている…」
「イティさんが何かやったんですか?まさか、ちゃんこ鍋屋に行ってまでつまみ食いですか?」
「いや、店で出す料理を食べたのではなく。初めはワコと仲良くなったから遊びに来たのですが、その時一緒に賄いを食べて…その後も」
「…味を占めて賄い目当て店にくると、野良猫ですかあの人は」
「他の方もご存知かと…思っていたのですが…」
頭に手を当てて俯くデルファとオリアを見るに知らないのは一目瞭然。ジークも首を横にふる。
「……いやほんと悪いね。うちのイティが迷惑かけて」
「ごめんなさいね。イティは自分の欲望に忠実と言うか…」
「ヨッポド飯ガ美味カッタンダト思ウ」
イティを庇おうとする三人。
「同じ会社の仲間ですし、美味しそうに食べてくれるので今は料理人達も気前よく作っていますが…」
「続けば迷惑に思いますよ。働てる店員達も良い顔しません…」
今までよりもさらに鋭い目になるラビス。
「ラビスちゃんそんな怒んないで」
「イティには私の方からしっかり言っとくからさ」
「許シテヤッテホシイ」
イティもロード会時に比べたら真面目に働いてるのだ、サボったりつまみ食いしたりも以前に比べてちょっとだけなのだ。
だが、それはデルファ達が甘やかしてただけで、そんな働いてるつもりはラビスとしてはアウトだ。次何かあれば相応の処分をすると通告している。
「……ヨコヅナ様どう思われますか?」
ラビスはヨコヅナに判断を仰ぐ。
「ヨルダックが迷惑になる前に報告してくれたんだべ。イティの事はデルファに任せてラビスは様子観てたら良いだよ」
「承知しました」
「ありがとう社長」
「ありがとうヨコ」
「アリガトウ」
ヨコヅナの処置に礼を言う元ロード会の三人。
「私からは以上です」
「では次は、清髪剤工場の報告です」
その後も清髪剤製造の状況、材料採取の状況、などなど、会議が進み。
「本日の会議の議題は全て終わりましたヨコヅナ様」
「それじゃ仕事の話は終わりにして、昼飯にするだべかな」
「ふぅ~、やっと飯の時間じゃな。腹減ったの」
カルレインは座ってただけで何もしていない。
「料理出来るまでみんな適当にしといてくれだべ」
ヨコヅナが席を立ち、昼食を作りに行こうとする。それを、
「ちょっと待ってヨコ……大丈夫なの?」
オリアが呼び止める、心配そうに。
「何がだべ?オリア姉」
「だってヨコ。さらに痩せてる」
それはもう服を着てようと誰が見ても明らかだった。
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