第256話 すり足では使わなくなったからの


「モグモグっ…ゴクンっ。わはは、さすが王女から貰ったデザートはどれも美味いの!」

「貴族でも頻繁には食べれないレアな品だからな」


 場所はハイネの屋敷のダイニング。ハイネとカルレインは食後のデザートを食べていた。


「コフィーが業績向上の褒美だと、ヨコヅナにくれたモノなのだがな……当のヨコヅナは今日も夜鍛錬か…?」


 ダイニングにヨコヅナはいない。


「うむ。ヨコは一つで十分と言うのじゃから仕方あるまい。日持ちせんし腐らせる方が王女に失礼じゃろ」

「…そうだな、腐らせたらコフィーが激怒してしまうな」


 冗談を言いながらも、ハイネに笑顔はない。


「……ヨコヅナの夜鍛錬、やはり止めさせたほうが良いのではないか?」

「ヨコが体が鈍るからと始めた事じゃろ。運動量が減っていたのは事実じゃしの」

「だが痩せている。清髪剤とちゃんこ鍋屋を開業した時よりも」

「元々がデブなだけで、それがぽっちゃりになっただけじゃ。心配する事はない」

「ヨコヅナは強くなる為にあの体型を維持していた。……本当の事を言ってくれ、カルが一番ヨコの事を分かっているだろ」


 ヨコヅナは忙しいから痩せたのは間違いないが、それだけでないとハイネは思っている。


「…不安なのじゃろ、ヨコは体はデカくとも子供じゃからな。それを紛らわせる為に体を動かしている、それだけの話じゃ」


 仕事の不安、またはストレスを解消するのに運動する者は多くいる。カルレインの言う通りそれだけの話。

 だが、ハイネは納得できない。


「不安なら頼ればいいだろ。私を…」

「ヨコに直接そう言えばよいじゃろ」

「忙しいなら手を貸すと何度も言っている。だがヨコヅナは「みんな頑張ってくれてるから大丈夫ですだ」としか言わない」

「それは事実じゃ。バタバタしておったが皆の頑張りで落ちついてきておる。この王女からの褒美もヨコに「気を張り続けなくて良い」というメッセージじゃろな」


 コフィーリアはヨコヅナにパワハラして楽しんでる部分はあるが、潰す気は毛頭ない。ヨコヅナが痩せているのを気にかけてもいるのだ。


「なら、もう不安に思う事はないだろ」

「…そうじゃな。時間が経てば元に戻るじゃろ」


 カルレインは時間が解決すると結論を出した、だがハイネは、


「本当にそう思うか?」

「(…面倒いの~)我はそう思うぞ」


 カルレインはせっかくの超高級デザートなので集中して楽しみたいのだが、


「やはり…私の言った事をヨコヅナは今も気にしているのではないか?」


 ハイネはまだ面倒くさい話を振って来る。


「自分の発言がヨコを傷つけたと思っているなら、謝ればよいのではないか?」

「いや、しかし、私が言ったことが間違っていたわけではないし……謝るのは違うと言うか…」

「なら静観しておれは良いじゃろ」

「だが、しかし、それではずっとこのまま……壁が出来たままと言う可能性も…」


 口論になった晩以降ハイネはヨコヅナとの間に壁を感じていた。ヨコヅナは怒っている訳ではないしハイネと会話もする。しかし傍から見ても分かるぐらい確かな壁があった。

 

「元からある壁じゃがの」


 そもそもヨコヅナとハイネの間に壁は合っての当然なのだ。表面化した切っ掛けは麻薬密売の事だが、根本は二人の考え方の違いだ。


「(ほんと面倒いの~)モグモグっ、ほうひはほのかの……」


 デザートを頬張りながらカルレインは考える。

 早期解決はまず無理、だが時間を掛け過ぎるとハイネが言う通りこのままになる可能性もあるだろう。


(ヨコは一旦ハイネの屋敷を出るべきかの)


 なまじ近くに居るから意識し過ぎる。まずはヨコヅナに意識を他へ向けさせる必要があると思える。


(しかし反対するじゃろな)


 ラビスが度々ヨコヅナに家を購入し引っ越す提案をしているが、実行される気配はない。


「(そうなると長期休暇をとらせて旅でも……お!)ゴクンっ、良い事を思いついたのじゃ」

「どうしたカル?」

「ヨコの事は我に任せろ。一番分かっていると言うたのじゃから、ハイネも賛成してくれるじゃろ?」

「ん、ああ…え?、いや、何をするのだ?」

「冒険じゃ」




 ハイネの屋敷の中庭。

 ブオォンっ!と空気がうねる、


「はぁ…。ふんっ!」


 ヨコヅナが振り下ろす大鉄棍によって。

 夜の鍛錬はスモウではない、庭では四股すら踏めないからだ。


「ふぅ…。ふんっ!」


 だがヨコヅナの素振りに使っている大鉄棍は常人では持つ事すら出来ない重さ。

 鍛錬の質が桁違いなのは朝と変わらない。


「何度見ても凄まじいですな」

「爺やさん」

「ヨコヅナ様は到頭軍に入隊する気になったのですか?」

「はは、皆そう言うだな」


 同じ言葉を屋敷にいる使用人全員から言われているヨコヅナ。


「軍に入る気なんてないだよ」

「ではその大鉄棍、誰に振り下ろすつもりなのですかな?裏の試合でも使用出来ないはずですが」


 ヨコヅナが裏闘で戦っている事は使用人達も知っている。当然だがあまりいい顔はされない。


「……相手なんていないだよ、ただの運動不足の解消だべ」

「オーバーワークに思えますが」

「オラの限界を勝手決めないで欲しいだな」

「…失礼しました。ですが、今日はもう終わりにするのが良ろしいかと」

「ハイネ様の指示だべか?」

「いえ、ただの老婆心でございます」

「………分かっただ」

「湯浴みの準備は出来ております」

「ありがとうございますだ」


 ヨコヅナは大鉄棍を定位置に置き屋敷に入る。

 

「運動不足の解消、ですか……」


 爺やはついて行かず、置かれた大鉄棍に視線を向ける。


「魔力強化無しにこの大鉄棍を振り回せる者は、今の軍に何人いるでしょうか…」


 ヘルシング家の執事として数多の軍人を見てる爺やでも、数える程しか思い浮かばない。その者達は皆、将軍または将軍級の実力と認めたれ二つ名を持つ者達。


「戦場は個人の武だけでは、活躍することも生き残ることも出来ない場所ですが」


 冗談半分に爺やは呟く、もしもヨコヅナが軍に入隊した未来を想像して。


「将軍『不倒のヨコヅナ』……見たい気もしますが、ヒョードル様の意向に従事するなら、ヨコヅナ様の軍への入隊も阻止した方が良いのでしょうかね……」

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