第255話 日々の鍛錬があってこそのレベルアップじゃ
「チっ、オルレオンの奴、調子に乗りおって。ちょっと指導をしてくる」
稽古初参加から場を乱そうとするオルレオンを見て、ヤズミが教育的指導しに行こうとするのを、
「ヤズミが行く必要はありませんよ。ここはちゃんこ鍋屋ではないのですから」
ラビスが止める。
「ヨコヅナ様も誰からでもいいと言ってますしね」
スモウの稽古であるこの場はヨコヅナに任せるべきと考えるからだ。
「オルレオン君何で一番が良いのかな?最後でも変わらないよね」
今日はオルレオンを含めても8人なので最初でも最後でもさして変わらない。
「アイツは結構バカだからな。一番に手合わせ出来るのが一番弟子の証とか思ってるのではないか」
オルレオンはちゃんこ鍋屋に来て頭を下げてヨコヅナに弟子入り志願した。普通一番弟子がより多く師匠からの教えを得られるから、オルレオンが一番弟子を目指しても不思議ではない。ここにそんな制度はないが、
「今まではあんたが一番だったようだが、今日からは俺がヨコヅナ殿の一番弟子だ」
視線をメガロに向けて挑戦的に言うオルレオン。
「貴様!、この方がメガロ・バル・ストロング様だと分かって言っているのか?」
「知らんな。その言い方だと貴族様なのか。ここでは家柄が関係あるので?」
「無いだよ。誰からでもいいべから、さっさと順番を決めて欲しいだよ」
「悪いがもう少しだけ待ってくれヨコヅナ」
そう言ったのはメガロ。
「確かにこの場では家柄など関係ない。まぁ私は別に一番弟子になったつもりはないが、新入りにそうまで言われて黙っているわけにはいかないな」
前に出るメガロ、だが相対するのはオルレオンとだ。
「手合わせのルールは知っているか?」
「足の裏以外が地に着いたら負け、開始の合図も無いのだったか」
「ヨコヅナの一番弟子になりたいなら文句はないな?」
「当然だ。ヨコヅナ殿にも納得してもらえるからな」
ヨコヅナと手合わせする順番を決めるために、まずメガロとオルレインが手合わせする事になった。
「長引くようなら二人をほっといて、オラは他の人と手合わせするだよ」
止めはしないが、ヨコヅナも暇ではない。
「安心しろヨコヅナ、10秒で終わらせる」
「安心してくださいヨコヅナ殿、5秒で終わらせます」
構えをとり睨み合うメガロとオルレオン。そして同時に前に出る。
先手はオルレオン、間合の少し外から魔力強化を使って跳躍し、膝をメガロの顔面に叩き込む。
ここのルールで跳び技はないと思っていたメガロは不意をつかれ跳び膝蹴りを頬に喰らう、だが…
「軽いな」
ガシっと、メガロは膝を喰らいながらもまだ空中にあるオルレオンを抱える。
「何っ!?」
「そんな見栄えだけの攻撃、ここでは通じない」
抱えたオルレオンを力一杯地面に叩きつける。
「ぐぁっ」
「確かに10秒もかからなかったな」
「あぁ~、オルレオン君負けちゃったね」
「正直オルレオンが勝つと思ってたからちょっと驚きだ…メガロ足腰が強くなったな、それに打たれ強くもなっている」
「出来る限りスモウ稽古に参加してますからね。上級軍人ですから一応魔力強化も使えますし」
ヨコヅナ基準では弱いが、メガロも普通基準で考えれば強い方なのだ。
「それでも調子に乗ってなければ十分勝機があっただろうに…」
自分の方が強いというオルレオンの確信は間違いとまでは言えない。裏闘ルールならオルレオンに分があるし、スモウルールでも冷静に戦えばメガロと五分五分に戦えるだろう。
「バカに負けたことであのバカも反省するか、良い薬だ」
「ははは、酷い言いかただね」
「ヤズミはそのバカに負けたのでしょう。コフィーリア王女には「メガロさんに5秒で負けたオルレオンさんに、ヤズミは負けた」と報告しておきましょう」
「待て待て待て待て待て、ラビス!基礎鍛錬では最後まで立ってこなしてただろ」
「それは最低ラインです。報告内容に間違いがありますか?」
「間違いはないが……。そこはほら、詳しくメガロの成長なども加えた方が良いのではないか?」
ヤズミは本当に必死だった。そもそもヤズミも油断してあっさりヨコヅナに負けた事が原因でちゃんこ鍋屋で働かせれている。もし、メガロに5秒で負ける相手にヤズミが後れを取ったとコフィーリアが知れば、「何も成長出来ていない」と側近に戻れる日が遠のくのは目に見えているからだ。
「メガロさんの成長ですか…、さして報告価値が高いとは思えませんが、この後のヨコヅナ様との手合わせの内容次第では加えましょう」
「ヨコヅナ様相手にか~…、期待薄すだな。………しかし、来た時から思っていたのだがヨコヅナ様瘦せたな。褌だから余計そう見えるのかもしれないが」
「私も思ってた!ちょっと痩せすぎじゃないかな。ヨコさん病気とかじゃないよね」
心配そうな顔をするワコ、
「病気ではないですよ、力強く稽古してるではないですか」
「あ、そっか…」
「社長になったことで多忙なのと、何よりプレッシャーが原因か?」
病気ではなくとも急激な体重減少は無理をしていることが原因、ヤズミも少し心配そうな声色だ。
「おそらくは…、ですが睡眠・食事とも十分な量をとれています。仕事も私が補佐しているので問題ありません。元々が太ってただけで心配することではないですよ」
ラビスは仕事面では心配していない。仕事面では…
「痩せてる方がヨコヅナ様はカッコイイですしね」
それはラビスにしては珍しくワコとヤズミの心配を和らげる為に口にした言葉だったのだが、
「あぁ~!、やっぱりそうなんだぁ!」
「ふふ、ちゃんと決まったら皆に発表しろよ」
「?…何がですか?」
ラビスの疑問に、ワコとヤズミは含みある笑みを浮かべるだけだった。
「待たせたなヨコヅナ。始めようか」
「休まなくて大丈夫だべか、頬腫れてるだよ」
「それでは一番を決めた意味がないだろ」
メガロの頬は腫れているが瘦せ我慢ではない。
「ヨコヅナの張り手に比べたら、虫に刺されたようなものだ」
「なら気にせず始めるだ……オルレオンもちゃんと見とくだよ」
メガロに負けて落ち込んでるオルレオンに声をかけるヨコヅナ。
「あ、はいヨコヅナ殿」
メガロは構えつつ、ヨコヅナを中心に円軌道をとるように動く。正面から行くのは無謀と痛感しているからか、最近考えながら戦うメガロ。徐々に距離を詰め、慎重に少し遠目の間合から軽い下段蹴りを放つ。
何も考えずに正面から蹴りに行くのは下策だが、これも上策には程遠い。
蹴りの初動を見切り瞬時に間合を詰めるヨコヅナ。
「速っ!?」
ヨコヅナは体格に見合わない瞬発的スピードを有する、それも痩せたから動きのキレが増している。
ヨコヅナはメガロの褌に指をかける。小指だけを、そして…
「「「「「「「「「「なっ!!?」」」」」」」」」」
ヨコヅナは小指一本だけでメガロを高々と持ち上げた。
そのまま投げられ背中から転がされるメガロ。
周りが呆気にとられる中、
「見てただかオルレオン?」
「は、ははい。さすがヨコヅナ殿、凄い力ですね」
「今のは腕力と指の力だけじゃないだよ。下半身の力だべ」
「下半身?」
「さっき岩を持つとき言おうとした事だべが、下半身の力を上手く上半身へそして腕へ伝える。これは重い物を持つ時重要な事なんだべが、それだけでなく打撃でも重要なことだべ」
地を踏む下半身の力を攻撃力に転換する。スモウでは基礎ではあるが、
「オルレオンは下半身からの力を上手く伝えれてないんだと思うだ」
上手く力を伝えれてない理由は、魔力強化に頼ってるからだと考れる。ヨコヅナは昔カルレインが、体内魔力は基礎が出来てからの方が良いと言っていたのを思い出し、
「ここでは体内魔力を使わないのが良いと思うべ。しっかり下半身を鍛えて上手く力を伝えれるようになれば、打撃の威力も増すしさっきオラがやったみたいに出来るようになるだよ」
「そうなのですか!?分かりましたヨコヅナ殿!いえ、師匠!」
ヨコヅナにしてに分かり易く説得力ある説明だった、が…
((((((((小指一本はありえないだろ!?))))))))
「ヨコさんってほんと力持ちだね」
「力持ちとか言うレベルを超えてるがな」
ヤズミは昔ヨコヅナが小指一本でコフィーリアを持ち上げたのを見ているが、コフィーリアとメガロとでは体重が30㎏以上違う。
「オーガの血でも混じってるのではないか?」
「ヨコヅナ様は血液検査で純血の人族と認められていますよ」
「冗談だ、本気で疑ったわけではない」
「オーガの血が半分混じるジークさんとヨコヅナ様はアームレスリングで引き分けたそうですがね」
「……血液検査の信頼度は100%ではないのだったな」
冗談半分本気半分でそんな事言うヤズミだが、重大なことを忘れている。
「コフィーリア王女には「ヨコヅナ様に小指一本で負けるメガロさんに5秒で負けたオルレオンさんに、ヤズミは負けた」と報告しておきますね」
ヨコヅナとの手合わせで報告するようなメガロの活躍は無かったことを、
「ちょと待てちょと待て!、…ラビスさん」
「…他に説明の必要ないと思いますが?」
「ぬぅ~……いや、まだだ!最後に私もヨコヅナ様と手合わせする。そこで私が勝てば全て帳消しになるだろ。せめて引き分けたらそれも一緒に姫様に報告しろ!」
ヤズミの言ってることは間違ってはいないが、ここまでの流れ的にフラグにしか聞こえない。
ただ、そんなフラグなど関係なく、
「構いませんよ。ですが今のヨコヅナ様が相手では、ヤズミに勝利はおろか引き分けすら不可能です」
他の者との手合わせが終わり、最後ヤズミはヨコヅナと手合わせをしたのが、
「がっ!…」
ヨコヅナに投げられ背中から地に落ちたヤズミ。
(何も出来なかった!?)
今までヤズミはハイネを除けば一番ヨコヅナといい勝負が出来ていた。勝つのは難しくとも引き分けなら十分可能だと思っていた。
なのに、今日はまともに一撃も入れることなく、捕まり投げられたのだ。
(痩せて動きのキレが増したから?……いや、そんな些細なことではない、何度手合わせしようと勝てる気がしない)
そうヤズミが感じるほどヨコヅナは強くなっていた。
「大丈夫だべかヤズッチ?」
起き上がらないヤズミに心配そうに手を差し伸べるヨコヅナ。
「ありがとうございます」
「どうかしただか?」
「いえ、ヨコヅナ様が以前より強くなっているので、驚いてしまって……」
「オラが強くなった、だべか…」
「スモウ以外に特別な鍛錬でもされているのですか?」
「……多分、喧嘩に勝ったからだと思うだ」
「喧嘩?……実践経験を積んだということですか?」
「ある意味、実践より重たい喧嘩だべ」
デルファとの人生を賭けた喧嘩に勝利したヨコヅナは、また一つ強さのレベルを上げたのだ。
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