第215話 とある執事の下働き 22


「と言う感じで裏闘には~、お偉いさんもお客としてたくさんいるし、裏では王国が管理してるらしいから~、ヨコさんが罪を問われる事はまずないわ~」


 まず、裏格闘試合で戦ってるヨコヅナが犯罪者として捕まる可能性は少ないと説明したビャクラン。


「国が禁止してるから違法っつうのに、国が管理してんのかよ」

「必要悪というやつなのだろう」

「裏の裏は表ってことですかね」

「え~とつまり、ヨコさんは悪い事はしてないってことで良いんだよね?」

「賞金のでる格闘大会に出場してるのと同じと考えればいいわ~」

「そっか~よかった」


 ワコは安心しているが、「悪い事はしていない」と断定するのは少し違う。だがそれを言うと、ワコがまた不安になるだろうからやめておこう。

 

「ビャクランは裏格闘試合に詳しいのだな」


 なので私は別の気になった事をビャクランに聞く。


「私も一時裏闘で仕事してたことあるの~、でもあそこ沢山良いお酒置いてあって無料で飲めるから我慢できなくなっちゃうのよね~」


 …ぶれないアル中っぷりだな。


「それで当時同僚だった友達と最近会ってね。裏格闘試合で戦うヨコさんの話を聞いたの~」


 これでヨコヅナに繋がるわけか……


「ヨコヅナ様は顔を隠して戦ってはいないのか?『不倒』…だったか、偽名は使ってるようだが」

「隠してないわ~。褌一丁で戦ってるらしいわよ~」


 バカかあいつは…いや、バカだとは知っていたが…


「前回にヨコさんが厨房に立ってた日ぐらいから~、ちょっと毛色の違うお客さんが増えたと思わない?」

「あ、それ僕も思ってた、初来店っぽいのにヨコさんのこと聞いてくるお客さんもいるよね」

「それはヨコさんが裏格闘で戦って宣伝してるってことか?」

「宣伝はしてないのに宣伝になってるの~、そこがヨコさんの凄いところなのよ~」


 宣伝はしていない、つまり他の誰かが勝手に情報を流しているということか…


「裏闘で戦っても弱かったら誰も注目しないし宣伝にならないの。と言うか弱かったらすぐ大怪我して戦えなくなるわ~」

「裏格闘って危険なの?」

「危険よ~、「血が舞い骨が砕ける」が謳い文句だもの~」

「ええ!?ヨコさん大丈夫なの?」

「ヨコさん怪我してないよね、さっきも言ったけど。隠してるのかな?」

「いや、師匠の動きからしてそれはない。私は格闘技の事は何も分からないが、料理人が怪我で動きがおかしい場合は直ぐに分かる」


 私から見てもヨコヅナの動きに不自然なところはなかった。怪我を隠して働いていたという事はありえない、つまり、


「そうよ。ヨコさんは危険な裏格闘試合で全戦全勝、怪我どころか膝をついたこともないんですって~。凄いわよね~」


 あの男は裏格闘試合でも、膝をついたことがないのか…


「だから『不倒』と名乗ってるのか?」

「登録名は最初に決めるから、戦う前から倒れない自信があったじゃないかしら~」

「はは、ヨコさんって戦いの場だと大胆不敵なんだ」

「さすが師匠」

「確かにヨコさんヤベぇ強いもんな」

「毎朝稽古頑張ってるからねヨコさん」


 いまいち凄さが伝わって無さそうだな。まぁこれぐらいの方がここでは都合が良いか…


「そんなに強いから、ヨコさんは裏闘で注目のビックルーキーらしくて~、宣伝しなくても調べて情報を広めてくれる人がいるのよ~」


 正しくは情報を「広めてる」のではなく、「売っている」だろうがな。


「でもヨコさんが宣伝してないってことは、ちゃんこ鍋屋にお客を呼ぶ為に戦ってるわけじゃないんだよね。何でヨコさんは戦ってるんだろ?」

 

 エイトの言う通り、ヨコヅナが裏格闘試合で戦ってる理由が分からない。


「そりゃ金の為だろ」

「そうかな?ヨコさんお金に執着してないと思うんだけど…」

「ちゃんこ鍋屋と清髪剤で十分な収入はあるはずだからな。格闘に自信があるとは言え、危険は冒す理由は……」


 いや待てよ…オルレオンが弟子入りを申し込みにきたのと来たと同じ日に店に来た…


「あの混血の姉の為か…」

「ふふ、ヤズッチ察しがいいわね~。ヨコさんの試合では混血のお姉さんがセコンドにいるらしいわよ~」

「ヨコさんがオリア姉って呼んでた女の人だよね」


 タイミング的に間違いないだろう。ヨコヅナは普段温和な男だが、知り合いを助ける為なら暴力を振るう。

 例えば「姉に借金があり急いで大金が必要」などの理由があれば裏格闘試合で戦っている辻褄が合う。


「お姉さんの手助けをする為にヨコさんは頑張ってるんだと思うわよ~」


 緩い言い方をしているが、ビャクランも同じ考えのようだな。


「師匠の家庭の事情ということか?」

「血は繋がってないらしいが同郷の姉貴分だから、そういう理解で良いと思う」

「ではこの話はこれで終わりだな。皆も他言するな」


 命令する口調でヨルダックは言う。


「そうだね。ヨコさんは悪い事してないんだしね」

「ちゃんこ鍋屋の客が増えてんなら、文句言えねぇもんな」

「ラビスさんも知ってるなら、損する事はさせないだろうからね」

「そうよ~。だから今の話は他の人に言わないでね~」


 ビャクランの言葉に皆が頷く。


 頷きはするも私は姫様に伝えるがな。口で言いはしないぞ、書面で伝えるだけだ。 


「でもヨコさん、『ちゃんこ鍋屋の幽霊店主』の次は『裏格闘試合のビックルーキー』かよ」

「いや、幽霊は面白半分の冗談噂だから」

「誰が幽霊なんて噂言い出したんだろうね。ヨコさんちゃんと足あるのに」


 あんな足腰の強い幽霊が居てたまるか、それならまだ闘技大会で言われていた…


「ヨコヅナ様は『ニーコ村の怪物』と言われてた事もあるぞ」

「本当に凄いわね~ヨコさん」

「さすが師匠」


 凄いのは確かだが、料理の師匠としては、さすがでも何でもないと思うがな。



__________________________________


 と、回想が長くなってしまったが、

 そんなこんなでオルレオンは真面目にちゃんこ鍋屋で働いてて、ヨコヅナが裏格闘試合で戦ってることも知られている。

 しかし、それ以外では売上以外に変化はない。


「生誕パーティーの前には報告したのだがな…」


 姫様はヨコヅナが裏格闘試合で戦ってると知っても罰するつもりはないようだ。いや、色々な事情からヨコヅナを表向きに罰する事ないと予想はしていた。だが、パーティーの時姫様は寧ろ喜んでいたように見えた、あれはどういう事だ?

 ……姫様、裏格闘試合にヨコヅナの試合を観に行ったりしてない、よな…。

 まさか、姫様でもさすがにそれは………自分で大会を主催するほど、格闘好きの姫様なら普通にあり得るな…

 

「店員さ~ん」


 常連客が私に視線を向けつつ指を上げる。


「ちゃんこお替りですね。畏まりました」


 今は接客の仕事に集中すべきだな、後輩が出来た以上無様な姿を見せるわけにはいかない。………なんかこの考えは、このままずっとちゃんこ鍋屋で働く事になりそうで嫌だな。

 ラビスのやつ、まさかこれも狙いの内か!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る