第205話 なるほどの


「…はぃ?」


 ヨコヅナの意味の分からない言葉に、いつになく間抜けな声が漏れるラビス。


「オラを殺せば一時的に大量の血を飲めるかもしれないだが、以降は二度と飲めなくなるだ、死体の血はすぐ腐るべからな。でも、オラを殺さず補佐として傍にいれば、少量ずつでも一生新鮮な血を飲めるだ」


 人の血でだと物騒な話に聞こえるが、例で言えば、「雌鶏を、絞めて肉を食べてしまうか、飼って卵を継続的に得るか」という話。


「どう考えても後の方が利益が高いだ。だから、ラビスはオラを殺すなんて損することはしないだよ」

「それは……」

 

 いつもとは逆の光景だった。

 ヨコヅナが感情論を口にして、それにラビスが対する計算論を説いてヨコヅナが口ごもるというのがいつもの光景だ。

 そんないつもと逆のやり取りで、


「……クククっ、バカですねヨコヅナ様は」

「あれ、間違ってただか?」

「間違ってはいませんよ」


 一周回って冷静になったラビス。

 雌鶏に例えても、当然利があるのは継続的に卵を得る事、ヨコヅナが言っていることは間違っていない。


「ですが、昨晩のように衝動的に襲ってしまう可能性は零ではありませんよ」

「そもそもオラはラビスに殺されるほど弱くないだよ」

「……それも間違っていませんね」


 ラビスが衝動的に襲い掛かってヨコヅナを倒せる可能性は低い。

 ショッキングな事実が連続して判明し気が動転していたが、冷静になり改めて考えればラビスがヨコヅナの命を奪う可能性は零とは言えずともかなり低いと推測できる。

 だが、冷静になったからこそ違う疑問も出てくる。


「……ヨコヅナ様がそうまで引き留めるのは、私が混血だからですか?」

「ん?どういう意味だべ?」

「オリアさんの事もあって、ヨコヅナ様は混血を贔屓しているように思えますので」

「贔屓してるつもりはないだよ」


 ヨコヅナは混血の人を差別はしないし、差別する人族至上主義などが気に入らないとは思うが、だからと言って混血の人を贔屓しようとも思わない。


「ラビスを引き留めるのは、有能な補佐だからだべ。いつも自分でそう言ってるでないだか」

「確かに私は有能です。ですが私が最良とは思っていません」

「……でも、清髪剤もちゃんこ鍋屋も最良といえる結果が出ていると姫さんが言ってただよ」

「それは当然です、コフィーリア王女にとって最良となる行動は取ってきましたから、私が言っているのはヨコヅナ様にとってです」


 出資者にとって最良と、現場責任者や従業員にとっての最良は違う。


「私に対する苦情をヨコヅナ様に言う従業員は少なくないですよね」

「…そう、だべな」

「それこそ、私を辞めさせるよう進言する者もいたのではないですが?」

「…まぁ、無くもないだ」


 ラビスはほとんどの従業員から煙たがられている、もっと言えば忌嫌われてる。

 ラビスは現場を視察する事はあっても、現場で働く事はない。指摘が正しくとも、現場を知らない者に偉そうに言われれば従業員は嫌悪感を抱く。

 その上、利が少ないと判断した相手は容赦なくクビにする。その時の目がまるでゴミを見るような目だと言われている…事実ラビスはそう思って見ているが。

 『人の心を持たない混じりの暗黒メイド』、ラビスを本気で嫌っている者はそう陰口をたたく。

 逆に現場で働く事があり、温和ながらも客の迷惑・暴力行為から守ってくれるヨコヅナは従業員に慕ている、嫌っている者はほとんどいない。だから、ヨコヅナにラビスの苦情を伝える者は多い。

 だが、ヨコヅナがそれらの苦情をラビスに伝える事は滅多にない。あっても「気配を消しての視察は、驚く客もいるから止めた方が良いと思うだよ」のようなお客にも迷惑になる可能性がある事だけだ。


「ヨコヅナ様が私を庇ってくれているのですよね」

「オラは経営面は全然だべから、ラビスが補佐してくれないとやっていけないと本当の事を説明するだけだべ」

「代わりの補佐ぐらいすぐ用意してもらえますよ。以前ハイネ様もそんな事言っていましたし」

「最近は言われたことないだよ」

「他にもバカロ様との決闘の時や、開店祝いパーティーの時も、ヨコヅナ様は私を気遣ってくれていました。さらに今私がヨコヅナ様に危害を加えると分かっても引き留めてくれています。これが贔屓ではないと?」


 基本ヨコヅナは女性に優しいからそもそも贔屓があると言える。しかし、補佐であるラビスは、ヨコヅナが女性の従業員でも容赦せずクビにした場面を見た事がある。

 今の状況でラビスを特別贔屓していると言われても否定出来ない。


「う~ん、混血なのは本当に関係ないだよ。ラビスを贔屓しているとしたら別の理由だべな……無意識だべが」

「無意識、ですか……その理由とは何ですか?」


 ヨコヅナの言い方に違和感を覚えながら理由を聞くラビス。


「実はオラも、捨て子なんだべ」

「…へ!?」

 

 またも、間抜けな声が漏れるラビス。

 いや、今のヨコヅナの言葉は意味が分かる。幼い頃に親に捨てられた、ラビスと同じ境遇だからと言いたいのだろう。

 しかし、それでは聞いていた話と違う。


「……実はヨコヅナ様の母親は亡くなられたのではなく、家族を捨てて出て行ったという意味でしょうか?」

「違うだよ、本当の両親にだべ」

「ですが、それだと父親とも…」

「そうだべ、オラは親父とは血が繋がっていないだ」


 聞いていた話と違い、ラビスが納得いかないのがその点だ。

 ヨコヅナが父親の話をする時、尊敬する気持ちがありありと伝わってくる。それだけなら尊敬できる養父だったという可能性もあるが、

 清髪剤の材料採取の関係でラビスはニーコ村へ行った事がある。


「しかし、ニーコ村の人達は皆、ヨコヅナ様は父親にそっくりだと仰られて」


 村の人にヨコヅナの父親がどんな人だったのかを聞けば、皆口をそろえるようにヨコヅナとよく似ていると答えていた。


「スモウの稽古を毎日かかさず、美味しい鍋料理を作れて、体型も……!」


 そこまで言ってラビスは気づく、全て努力による後天的なものであると、

 それだけではない。稀有な訛りの方言や温和な雰囲気までも、



「俺は親父に似ていると言われたいから、真似ているだけだ」



 目の前に居たのに、

 会話をしていたのに、

 特別と思える相手なのに、

 ラビスは一変したヨコヅナに、


「……あなたは、誰ですか?」


 そう問わずにはいられなかった。

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