第204話 別れ話みたいじゃの


 早朝、スモウの稽古に向かう為に門を出るヨコヅナに、


「おはようございます、ヨコヅナ様」


 いつものようにかけられた挨拶。


「ラビス!……良かっただ」


 ラビスの姿を見てヨコヅナは安堵する。


 昨晩別れの言葉を告げラビスは走り去った。

 ヨコヅナは理解できず戸惑いながらも、後を追いかけたが暗い事もあって姿を見失い、しばらく辺りを探し回ったがラビスの姿は見つからなかった。


「来ないかと思っただよ」

「そのつもりだったのですが、やはりちゃんと説明してからお別れしようかと思いまして」

 

 お別れというを聞いて、笑顔を消してしまうヨコヅナ。

 どちらがともなく訓練場に向けて歩き出す、いつものスケジュールを話し合う時のように、


「初めて会った日の事覚えていますか?」

「覚えてるだよ、いきなりナイフを投げつけられたべ」

「そんなこともありましたね。……あの時カル様が言われた話題のことは?」

「えぇ~と、カルがラビスに何の種族の混血なのかを聞いてたべな」

「そうです、そして私は分からないというような答えを返しました。しかしあれは嘘です」

 

 ラビスは混血の血を探る為、自分を捨てた両親を見つけ出し、家系を遡って調べた事があった。


「あまりにも古い情報の為推測の域は出ていませんので、嘘とも言えないのですがね。昨日で確証が出来てしまいました」

「……オラの血を舐めた事で、だべか」

「はい、私の体に流れる他種族の血は、ヴァンパイアです」


 ヴァンパイア、それは誰でも知っているぐらい有名で、外見が人族に近い種族の一つだ。


「ヴァンパイアだべか。確かに血を飲む種族と聞いたことあるだが……、ん?でも日光に当たると体が焼けるとかじゃなかっただか?」


 朝日ではあるが、今もラビスは日光を普通に浴びている。


「私は混血だから大丈夫なのだと思いますよ。そもそも純潔のヴァンパイアが本当に日光で焼け死ぬのかは真偽不明だそうですが」

「そうなんだべか」

「この際純潔のヴァンパイアのことはどうでもいいのです。重要なのは私がヨコヅナ様の血を食として欲しているという事です」

「…オラ以外の人の血は?」

「全く口にする気になりません。昔ヴァンパイアの推測に辿り着いた後、興味本位に舐めてみた事はありますが、不味くて直ぐに吐き出しました」


 どういう状況で人の血を舐めたのか気になるところだが、今聞くべき事ではないので止めておくヨコヅナ。


「今まで飲んで無かったわけだべから、人の血を飲まないと生きていけないってわけじゃないんだべな。それも混血だからだべかな」

「そうだと思います。ですが、試合でヨコヅナが負傷し流れる血を見て、飲みたいという欲求が止められなかった。そして昨夜私はあのような行動をしてしまったのです」


 ラビスは昨夜の行動を悔やむように顔を険しくする。


「オラは昨夜のこと、気にしてないだよ」

「……さすがに自分の血を舐めた相手が、発狂したように笑い出したら気にした方が良いですよ。といいますか、ヨコヅナ様も私に危険を感じて身構えていたではないですか?」

「それは、ラビスが刃物を出すからだべ」


 もしラビスが自分の顔を確認するのに取り出したのが、ナイフでなく手鏡などであったならヨコヅナは別に警戒して身構えたりしていない。


「つまり、オラの近くにいると血を飲みたくなるから、補佐を辞めるってことだべか?」

「そうです」

「今も我慢できないほどオラの血が飲みたいだか?」

「いえ、今は満腹に似たような感覚があります…」

「あんな一舐めで満足するんだべか……だったら補佐を続けたら良いべ、ちょっと血を舐めるぐらい、補佐の対価として払うだよ」


 ヨコヅナの言葉に目を見開きつつも、少し表情を柔らかくするラビス。


「……ヨコヅナ様でしたらそう言ってくれるかとも思っていました」


 昨晩は警戒するように身構える姿を見てショックを受けたが、ヨコヅナが言う通りあの状況でナイフを取り出されて警戒しない方がどうかしている。

 ヨコヅナの提案はラビスも嬉しく思う。しかし、


「それでも補佐を続けることは出来きません」

「どうしてだべ?」

「今は少量の血で満足できています、ですが今後もそうとは限らないからです。いずれもっと大量の血を欲するようになる可能性が否定できません。いえ、高確率でそうなると思えます」


 初めは少しで満足していたモノが、慣れることでさらに大量に欲しくなるのは人の性だ。


「それこそ、ヨコヅナ様の命を落とすほど大量の血を…」


 ヨコヅナを殺してしまう、その可能性を否定できないほど、ラビスにとってヨコヅナの血は至高の美味だったのだ。

 だから補佐を辞める決断をし、その後は二度と会わないつもりだ。

 

「ラビスはそんなことしないだよ」

 

 ラビスの気持ちなど全く分かっていないかのようはヨコヅナの言葉。

 それに対してラビスは、


「何故ヨコヅナ様にそんな事が言えるのですか!」


 沸き上がる苛立ちのまま怒鳴ってしまう。

 ラビスは昨日から自分の感情をコントロール出来ないでいた。今までこんなことはなかった。自分を捨てた両親を見つけた時でさえ感情を表に出すことはなかったのに。

 ラビスはヨコヅナに特別な感情を抱き始めている自分に気がついていた、もしかしたらこれが、恋や愛などという感情なのか、と自分にもそんな人らしい感情があることに、驚きつつも少し嬉しくもあった。

 だが、それは違った。

 自分がヨコヅナに抱いていたのは、恋愛対象への感情などでなく、捕食対象への感情だった。

 昨晩身構えるヨコヅナを見てそれに気づいたラビスは、絶望し言い訳も出来なかったのだ。

 

 そんないつになく感情的なラビスに対してヨコヅナは、


「だって利益が少ないだよ」


 逆に平坦な声で当然の事のようにそう言った。

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