第203話 どこが完璧な言い訳じゃ!?


「この怪我の言い訳どうするべかな…」


 ヨコヅナはハイネの屋敷への帰路を歩きながら、頭を悩ましていた。


『スピード』戦で負傷して出血も多かった事もあり、二試合目以降を観ることもせず帰る事にしたヨコヅナ。まぁ、ヨコヅナが帰りたかったのではなくオリアが帰るように強要したのだが…

 ロード会の仕事が終わった後は、屋敷の近くまで馬車に乗って帰ることが多いのだが、今日は時間もあるので歩いて帰っているヨコヅナ。

 理由は冒頭で呟いているように怪我の言い訳を考える為だ。今まで裏闘の試合でほとんど怪我する事の無かったヨコヅナだが、今回は負傷しそれも傷口の箇所は顔だ。隠しようがなく事情を聞かれないはずがない。

 ハイネにはまだ、裏闘で戦っていることは内緒にしているので、疑われない言い訳を帰るまでに考えなければいけないのだ。


「カルのお菓子を勝手に食べたら、魔法で攻撃されたことするだべかな」


 ハイネは、カルレインが魔法を使えることも食いしん坊っぷりも知ってるので、信じてもらえる可能性は高い。

 

 (完璧な言い訳に思えるだな)とかヨコヅナが考えていると、


「!……」


 希薄な気配を感じ取る。

 既に日は完全に落ちており、光源は月明りのみ。

 今ヨコヅナが歩いてる道は屋敷への帰路でも特に暗く、人通りがない場所だ。

 ヨコヅナが気配のする方を振り向くと、そのには白い顔が浮いていた。

 他の者であれば驚き声を上げたかもしれないが、ヨコヅナは既に慣れている。


「ラビス…」 


 気配の正体はヨコヅナの補佐であるラビス。

 ラビスは黒いドレスを着ている、一般客としてヨコヅナの試合を観戦しにAランク会場に居たからだ。

 ヨコヅナもそれは知っている。しかし、

 

「どうしただ?」


 終わった後に合流する予定はなかった。それだけでなくラビスの様子に違和感を感じるヨコヅナ。


「……ヨコヅナ様、怪我の具合は如何ですか?」


 ラビスのその質問に、ヨコヅナはいつもの笑顔になる。ラビスはただ怪我の心配をして来てくれたのだと思ったからだ。


「心配ないだよ。傷は深くはないし、血はもう止まっているだ」


 怪我を負った直後は戦って脈拍が早かった為、出血は多かったが落ち着けば直ぐに血は止まった。ヨコヅナが言っていた通り何も問題はなく、今傷口にはガーゼが貼ってあるだけだ。


「魔法治療は受けなかったのですね」

「受けてないだよ。お金かかるべからな、高いし」


 魔法治療を受ければこの程度の切り傷は完治するが、治療費はなかなかに高額だ。


「この程度は舐めたら治るだよ、顔だから舐めるのは無理だべが」


 ははは。と笑うヨコヅナ。そんなつまらない冗談を聞いて、


「……ヨコヅナ様」


 感情を抑えてるような声色でヨコヅナの名を呼び、鋭い目つきで傷口を見つめるラビス。


「あぁ……ひょっとして怒ってるだが?」


 『スピード』戦はデルファも文句を言ってたように、自分の強さに驕り慢心し、本気で戦わなかった為、派手に流血したようにも見える。

 ラビスには事前にAランクの試合では気を付けて戦うように忠告を受けていたので、怪我を心配して来たのではなく、怪我した事を叱責する為に来た可能性は十分考えれる。

 

「傷口を診せて頂けますか?」

「診る、だべか…」


 ラビスの知識は幅広く、外傷の治療処置についても精通していることはヨコヅナも聞いたことがある。

 ご立腹ながらもやっぱり心配もしてくれてるのだろうか、と思いヨコヅナは素直にガーゼを外して見えやすいように少し屈む。

 ラビスは傷口に手を伸ばし、そして…指で傷口を開いた。


「痛っ…ラビス?」


 傷口から血の雫が漏れる。


「やっぱり怒ってるだか?」

「大丈夫ですよ……舐めれば治るのですよね」


 ヨコヅナの質問の答えになっていない返答をした後、


 ラビスはヨコヅナの傷口に舌を這わす。血の雫を舐めとるように…


「ラビス!?…」 


 さすがに変だと思いヨコヅナは一歩下がってラビスから離れる。


「本当にどうしただ?」


 この短時間で6度目にもなるヨコヅナの質問に対して、ラビスの口から出たのは、


「あははっ!」

 

 笑い声、それも

 

「あははっ、あはははは、あはははははははは!!!」

 

 普段のラビスからは想像できない、大きな歓喜の笑い声。

 

「だ、大丈夫だが?」


 ヨコヅナが逆にラビスを心配する言葉をかける。


「あははっ!ええ、大丈夫ですよヨコヅナ様、寧ろ最高にハイ!ってやつです!」


 全然大丈夫に思えないヨコヅナ。

 確かにラビスは表情は笑顔だ、それも純粋に歓喜に満ちた笑顔。だがその笑顔の理由は、どう考えてもヨコヅナの血を舐めたから。

 そして何より、


「ラビス、その目…?」

「目?……」


 ヨコヅナに指摘され、自分の目を確認する為に、ドレスの下に隠し持っていたナイフを取り出すラビス。

 ナイフの刃に自分の顔を映す。そこには、黒いはずの目が真っ赤に染まっているラビスの顔が映っていた。

 

「こんな風になるのですね、ヨコヅナ様…!」


 名を呼びながら視線を戻したラビスが見たのは、

 警戒心を強めて身構えているヨコヅナの姿だった。 

 それを見たラビス表情をまた一変する、歓喜から絶望へと…

 

「ヨコヅナ様これは…」


 ラビスは訳を話そうとして……言葉を止める。

 そのまま続きを口にすることなくヨコヅナに背を向けるラビス。

 そして、



「さようなら、ヨコヅナ様」


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