第202話 無理ないの


 『スピード』の鋭い一撃により、ヨコヅナの頭から血が飛び散るのを見て、


『見くびり過ぎです』


 と、実況するニュウ。それを聞いてリアは、


『そのようね……でもそれはによ』

 

 頭から血を流しながらもヨコヅナは掴んだ腕を放してはいない。


 ヨコヅナは『スピード』を変形の一本背負いで投げる。

 Bランクの試合で『ドラゴンヘッド』ことエルリナを一本背負いで投げた時は、相手が女性である為怪我しないように空中で操作してお尻から落とした。

 今回はその逆、

 空中で操作して、『スピード』を勢いよく頭から叩き落とした。

 広い会場なのにゴキッ!と嫌な音が観戦している全員の耳に届き、騒いでいた観客達も静まり返る。



『……』

『ふふ、ニュウ。実況しなくていいの?』

『はっ!、な、なんと!?『不倒』選手、流血しながらも『スピード』選手を投げ、頭から床に叩きつけました!!』

『…解説する点が多くて困るがそれは後回しにして……勝利者宣言した方が良くないか?』

『裏闘ではどうやったら勝利になるのだったかしら?』

『相手が立ち上がれなくなれば勝利です』

『なら、私も勝利者宣言して良いと思うわ。あれではもう立ち上がれないでしょ』


 金網の中で倒れている『スピード』は首が不自然な角度に曲がっており、立ち上がる気配は全くない。というか早く治療室に連れて行くべき状態だ。


『分かってますよ!第一試合は、またもや圧倒的強さを見せつけたビックルーキー『不倒』選手の勝利です!!!』


 ニュウの勝利者宣言で静まり返っていた会場に、ワアァァァと歓声が上がった。




 勝利者宣言がなされ、金網から出てきたヨコヅナは、


「……油断しただ」


 顔から血を滴らせていた。


「ヨコ!?大丈夫?」


 試合に勝利したものの、流血しているヨコヅナを見て慌てて駆け寄るオリア。


「大丈夫だべ。出血は多いだが…」

「出血が多かったら、大丈夫じゃないでしょ!」

「とりあえずこれで傷口おさえなボーヤ」


 汗拭き用に持って来ていたタオルを渡すデルファ。

 ヨコヅナは顔、正確には傷口がある顳顬こめかみから瞼の辺りをタオルで押さえた。


「どうして突然?、……また反則の武器か何か?」


 今まで何度『スピード』の拳を喰らおうとヨコヅナは平気だったから、オリアが武器と考えるのも無理はない。


「オラも見えてはなかっただが……多分違うと思うだよ」


 感触的に刃物とかではなかったと思うが、攻撃を喰らったヨコヅナも何をされて出血したのか分っていなかった。


「…見えてない攻撃で流血して、よくその後すぐ投げれたねェ」


 デルファの言葉も当然である。


「獣が相手の場合、ちょっと血が出た程度で投げを止めてたら食われるだよ」


 ヨコヅナがニーコ村にいた時に狩っていた熊や狼は鋭い爪や牙があるわけで、流血など数えきれない程経験している。その経験上、流血程度で投げるのを止めるのは逆に危険になると体に染みついているから、ヨコヅナは止まることなく『スピード』を投げれたのだ。


「…はは、さすがニーコ村の怪物だね」

「そんなことより、控え室に戻って早く治療しないと」

「心配しなくてもこれぐらい大丈夫だべ」

「そうそう、心配ないよ。腹に立派なタンクがあるんだから……それに今回の怪我は遊んでたボーヤの自業自得だよ」


 コーナーに追い詰めてわざわざ速度勝負の打ち合いをしていたヨコヅナを遊んでたと表現するデルファ。


「大金をかけてるんだから真面目に戦って欲しいもんだね」


 エムド戦よりはずっと少ない金額だが、それでも組織同士の勝負だけに大金が賭けられている。デルファがそう言うのも無理はない。


「例え負けても文句は言わない約束だべ」

「それは真面目に戦った場合だよ。何であんなことしてたんだい?」


 倒れた相手に攻撃しないとか、女性は殴らないとかの拘りとは今回のは違うと思ったデルファ。


「デルファも知ってるはずだべ、オラにはオラの思惑があるって。それに勝ったんだから文句を言われる筋合いはないだ」

「……そうだね。ご苦労さんよく勝ってくれたよ」

「だから、そんなこと後でも話せるでしょ!…というかタオルめっちゃ赤く染まって来てるじゃない!?」

「あ、本当だべな、はははっ」

「はははっ、じゃないわよ!」


 オリアに引っ張られるような形でヨコヅナは控え室へと戻っていった。




『リア様は『不倒』選手を流血させた『スピード』選手の攻撃は見えてましたか?』


 勝利者宣言した後、そうリアに質問するニュウ。


『…はっきりは見えてないから半分推測にはなるけど、肘打ちね』

『正解です!』


 ヨコヅナの顔を斬って流血させた攻撃は『スピード』の肘打ちだ。


『掴まれてヤケクソで放った肘打ちではないわね『スピード』の奥の手ってとこかしら?』


 『スピード』の肘打ちは途中まで拳で殴るとのほぼ同じ軌道で且つ高速の一撃。ヨコヅナが何を喰らったのか分からないほどの肘打ちは、リアの言う通り『スピード』の奥の手だ。


『その通りです』

『あんな鋭い肘打ちあれば、もっと勝ち星を上げれそうだが…』


 ヨコヅナの選任解説で、自身も戦った経験があるヘンゼンには、要塞のような防御力を有するヨコヅナに傷を負わした『スピード』の肘打ちの凄さは十二分に分かっていた。


『肘打ちは掴まれた時などにしか使わないんですよ『スピード』選手、拳闘士としての拘りってやつですかね。使った場合はほぼ勝ってますね』


 拳闘の公式ルールの試合では肘打ちは反則となる、拳闘士として誇りを持つ『スピード』掴まれた時にしか使わない。


『今回は使って負けてるけどね。ニュウは「見くびり過ぎです」とかドヤってたけど』

『あれは…、『不倒』選手が異常なんですよ!流血してるのに僅かも動きを止めず、あんな強力な投げが出来るなんて、想像出来るわけないじゃないですか!』

『地方で暮らしていた頃の『不倒』は巨大な熊をスモウの技で狩っていたらしいから、あれぐらい普通よ』


 ヨコヅナがニーコ村にいた頃はスモウを使って獣を狩っていたことを知るリアはそう言うが、 


『…その話の何が普通なのですか?』


 そもそも獣を素手で狩っている時点で異常だ。


『獣を相手にしてたら流血なんて大したことではないって意味よ。でも、その後の投げで頭から落として殺傷性を上げたのを見るに、血を流すと『不倒』は容赦がなくなるようね』

『あの投げの技術一つとっても『不倒』は普通ではないがな』


 『スピード』は速さが持ち味の選手ではあるが、身長は180と小柄とは決して言えない。それに『スピード』は裏闘で戦う為に対投げ技の練習もしていた。

 その『スピード』をただ投げるだけでなく空中で操作して適格に、一撃で仕留めれる勢いで頭から落とすなど普通は出来ない。


『そうね、『不倒』の投げの技術は高いわ。でも技術だけでは出来ない、あれを可能にしているは他に類を見ない程、強靭に鍛え上げた足腰があってこそ』

『確かに、私も他に覚えがないぐらい『不倒』選手の下半身は大きく見えますね』


 裏格闘試合に限らず、ワンタジア王国の全ての格闘家と比べたとしても、ヨコヅナ程足腰を鍛え上げている者はいない。


『スモウのルールでは足の裏以外が地についた時点で即負け、そんな格闘技は他に無いわ。決して倒れない事を信条に毎日鍛錬を積んでいる、それが『不倒』が不倒たる理由よ』


 そんなリアの解説を聞いて、


『さすがはリア様!ゲスト解説者として来て頂いたかいがあります!』


 ニュウは賞賛し、


「……俺、居る必要がない気がするな」


 ヘンゼンは拡声器を通さず、ボソッと呟くのだった。

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