第200話 今年最後でキリの良い話数じゃの


「あーもう、ムカつく、何なのよ!」


 イライラして声が荒げるオリア。

 ヨコヅナと『スピード』の試合の展開は序盤の攻防の繰り返しであった。

 『スピード』は離れた距離からチマチマ拳弾を放つ、ヨコヅナは拳弾を喰らいながらも近づき、張り飛ばすなり掴むなりしようと、手を出すのだが連撃で動きを止められ素早く回り込まれて距離を取られる。

 その繰り返しだ。


「あそこまで腕の立つ選手が、勝つ気のない試合をしてくるとは思わなかったね」


 拳弾を使える事もそうだが、

 ヨコヅナは魔素狂いした相手を瞬殺できる突進力と大型選手とは思えない速さを有する。そんなヨコヅナに対して、広いとは言えない金網の中で逃げ回るのは至難の業と言える。

 素早い連撃で動きを止めれると言ってもほんの一瞬、それでヨコヅナに触れさせもしないのは、『スピード』の格闘技術と裏格闘試合での場数があってこそ所業なのだ。

 

「相手の選手もそうだけど、それより観客の声援よ!」


 上流階級の客が多いAランク会場でも、大声で選手に声援を飛ばす客は当然いる。


「頑張れ『不倒』!」

「お前に賭けてるからな!」


 と、ヨコヅナの声援もあるが、


「今日も完封だ『スピード』!」

「たまにはK.O見せてくれよな!」

「『スピード』さん頑張れー!!」

「Aランクの本当の実力を見せてやれ!!」

「『スピード』!そんなガキ、ボコボコしてやれ!」

「お前みたいなデブは『スピード』に触れることも出来ねぇよ!」

「調子に乗った新人なんかやっちまえ!!」

「てめぇの連勝記録も今日で終わりだ!」


 圧倒的に『スピード』の声援の方が多かった。


「人気のない選手かと思ったけど……コアなファンがついてるのかねェ…」

「相手の人気というより、ヨコが嫌われてる感じなんだけど、何でなのよ?」


 声援ではなく、ヨコヅナへの野次もそこそこの数飛んでいる。


「実力で勝ち続けてるとしても、調子に乗ってる新人と見られて野次られるなんて常識みたいなものさ。C、Bでもそうだったじゃないか」

「…客層が上流階級になってもそれは変わらないわけね」

「そういう事だね」


 オリアとデルファは、新人が勝ち続けてるから、調子に乗っていると思われ、ヨコヅナに野次が多いのだと考えいるが、実は他に理由があった。




『逃げ回るような戦い方をしている『スピード』へでなく果敢に攻める『不倒』への野次…『不倒』にはアンチファンが多いのかしら?』


 ヨコヅナに対しての野次を聞いて、オリアと同じ感想を抱くリア。


『前回の試合ではこんなことなかったのだが…』

 

 エムド戦との違いに首を傾げるヘンゼン。


『逃げ回るような戦い方と言いますが、あれは拳闘士としては基本的な戦法の一つです』


 『スピード』を擁護するように実況するニュウ。

 ヒットアンドアウェイで攻撃を受けずに一方的に攻撃する。パワーはあるが動きの遅い相手には有効で、ごく当たり前の戦法だ。

 裏闘とは違い拳闘の試合では、時間切れの場合、判定での優勢勝ちも存在する。

 『スピード』は裏闘で試合するようになる以前から、拳闘の試合の時からこの戦い方なのだ。

  周りから、勝ちに拘らない引き分け狙いの戦い方などと言われているが、『スピード』は唯自分の戦い方を貫いているだけなのである。

 そんな自分を貫く戦い方と玄人目でしか分からない高い技術に、コアなファンがいたりもする。

 

『それと、『不倒』選手は調子に乗っている新人と認識されているんです』

『……全試合K.O勝ちしてるから?』

『単に、勝ち続けてる新人だからだけではありません。大きな原因は『不倒』選手が祝い金を断ったことにあるのです』


 ヨコヅナに野次が多く飛んでいるのは、祝い金を断った調子に乗っている新人だからだ。

 

『祝い金を断った!?どうして?』


 ヘンゼンも知らなかったようで、驚きの声を漏らす。


『よくは分かりませんが、『不倒』選手はだと言ってました』

『…そうね、主義と言えるかしら……なるほど』


 ちゃんこ鍋屋では客からのチップをお断りしているのを知っているリアは、ヨコヅナが祝い金を断ったと聞いても別に驚きはしない。そして、野次の理由にも察しがついた。


『祝い金はお客さんが、興奮できる刺激的な試合が見れたことへのお礼の気持ちみたいなものですから、新人が理由もなく断れば調子に乗っていると思われても仕方ありません』

『よく言うわ、裏闘でそう思われるように誘導したのでしょ。アンチファンでも試合を観戦しに客が集まれば、儲かるものね』

『ええ~、何のことですか~?』


 ニュウはとぼけているがリアの推測はドンピシャだ。

 試合を観に来る理由が、ヨコヅナの勝利を観たいから、であろうと、ヨコヅナのから、であろうと客が集まるのであれば裏闘は儲けることが出来る。

 だから、ヨコヅナが「祝い金を断った調子に乗っている新人」という情報をばら撒いた、ロード会の試合相手の仲介をするという名目で。



「やられちまったねェ…道理で試合の申し込みが多すぎるわけだよ」


 ゲスト解説者のリアの言葉を聞いて、裏闘の真意に気づくデルファ。 


「何やってんのよデルファ、良いように使われてるじゃない」

「まぁ、祝い金を断ったのは事実なんだし……それに、野次なんてボーヤはまるで気にしてないみたいだしね」




 観客からの多くの野次や試合内容からズレた解説などが気にならないほど、

 ヨコヅナは試合に集中していた。


「やっと、練習になる相手との試合だべ」


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