第199話 ファンはいるようじゃぞ


「あのゲスト解説者が言う通り、本当に地味な選手ね」


 ヨコヅナのセコンドとして金網の傍にいるオリアも『スピード』を見て、リアと同じ感想を口に出す。


「あれならヨコの勝ちで間違いないよね、デルファ…」 


 声を掛けられてるデルファは実況席を見ていた。


「どうしたのデルファ?」

「あのゲスト解説者は、誰なのかと思ってね」

「詮索はマナー違反なんでしょ?」


 裏闘では仮面などをつけて正体を隠している相手を詮索するのは、マナー違反だ。とは言え、非常識なほど聞き出そうとしたり、実力行使とかでなければ裏闘側からの罰則はない。


「……オリアは気にならないのかい?」

「ニュウとかいう実況の知り合いじゃないの。あれも多分貴族のお嬢様でしょ。より位の高い貴族で格闘マニア仲間とか」

「そうだね。その可能性が高い…」


 オリアの推測が可能性として一番高いとデルファも思っている。だが、ひっかかるのが【四股を踏む】という言葉を一番に使ったことだ。まるでヨコヅナの知り合いかのように…


「今はヨコの試合の方が大事でしょ、もう始まるよデルファ」

「……そうだね」


 今考えても答えは出ないので、金網の中に目を向けるデルファ。


「地味に見える選手だからって、弱いとは限らないよ」


 ちゃんとオリアの質問は聞いてたデルファ。


「そっか……油断しないでねヨコ!」


 オリアは大きな声で、金網の中にいるヨコヅナに自分なりにアドバイスを飛ばす。


「分かってるだよ」




『さぁて、試合準備完了の合図が出ました。皆様準備は宜しいですか?』

『前回は本当に瞬く間に終わってしまったからな』

『せっかく観に来たのだから、瞬殺は止めて欲しいわね』


 ヨコヅナのAランク二戦目、

 

『第一試合『不倒』VS『スピード』スタート!!』


 試合開始の合図である銅鑼の音が、


 グオァ~ン!!


 と鳴らされた。



 今回ヨコヅナは手合の構えではない。『スピード』が負けない試合をする選手であれば、間合いの外で距離を保ったまま攻めてこない可能性があるからだ。

 だが、ヨコヅナの予想は半分だけ外れる。

 『スピード』の構えは左前の半身で立ち、拳を握って左手は胸の高さで少し前にだし、右手は顔前にまで上げ、小刻みにステップを踏んでいる。

 そして一歩前に踏み込んで、左の拳を突き出す、『スピード』は

 明らかに届かない距離からの拳…しかし、ヨコヅナは顔面に、パンっ!と殴られた衝撃を喰らう。


「⁉…」

 

 さらに『スピード』は間合の外から、三発連続で拳を突き出す。

 今度はヨコヅナも両腕で顔をかばう。その腕には、殴られた衝撃が三発来る。


「え?…何、どうしたの?」

「『スピード』がボーヤの顔を殴ったんだよ」

「え、殴ったって…」


 オリアには『スピード』の動きが見えていなかった。それほどまでに『スピード』の拳を突き出す動きは早いのだ。


「でも、あんな距離で届くはずが…」


 ヨコヅナと『スピード』の間には、腕が常人の5倍は長くないと届かないほどの距離がある。

 だが、オリアにも攻撃が当たる音は聞こえていた。


「打撃技のような魔法を使ってるってこと?」

「逆だよ、あれは魔法のような打撃技を使ってるのさ」




『試合開始早々、『スピード』選手仕掛けた!!』

『…あれは、拳弾ね』


 【拳弾】それが『スピード』の放った攻撃の名前、文字通り拳で衝撃を弾のように打つ出す技だ。


『そうです!『スピード』選手は武器無しでありながら、裏闘においてもっとも遠い間合からの攻撃手段をもつ選手なのです!!』

『15戦は伊達ではないと言う事ね。突き一つだけで体術のレベルの高いさが見て取れるわ』


 【拳弾】は魔力強化できる事が前提の打撃技、ただし、魔力強化が出来れば使えるという簡単な技でもない。裏闘で【拳弾】を使える選手が他にいないわけでもないが、『スピード』ほど遠い間合から攻撃出来る者はいない。


『だが、拳弾は威力が低い。あの頑丈な『不倒』の動きは止めれない』


 ヘンゼンの言う通り、ヨコヅナは予想外な距離からの攻撃に驚きはしたものの、数発喰らって、当たってもダメージがないと悟り、腕は顔前まで上げて守りつつ間合を一気に詰める。 

 【拳弾】を喰らいながらも、攻撃が届く間合まで近づけたヨコヅナは張り手を繰り出す。

 金網の中で連続した打撃音が響く。

 『スピード』は素早く回り込むように移動して、ヨコヅナから距離を取る。


『なんだあの突きの速さは!?』

『速い速い!その名に偽りなし『スピード』選手!!『不倒』の掌底打ちへのカウンターで5発もの拳を叩き込みました!!』


 『スピード』は張り手の腕に拳をあてて軌道を変え、さらに4発、目に止まらぬ連撃をヨコヅナに叩き込んだ。


『この国では珍しわね、拳闘士は…』

『さすがリア様!早くも見抜きましたか?『スピード』選手は拳闘術の使い手です!』


 ワンタジア王国では拳闘は流行っていない。

 理由は二つある。

 拳しか使わない拳闘に比べて、突き、蹴り、投げ、何でもあるケンシン流の方が強そうというイメージが定着している事が一つ。

 それと、セェプトゥ帝国という拳闘が盛んな国が隣にあり、拳闘では強くなってもワンタジア王国では稼げないから、強い拳闘士はセェプトゥ帝国へ行ってしまうのが、もう一つの理由だ。

 

『拳闘士…拳だけで戦うだけに突きの技術は他の格闘技の上を行くと聞くが……』


 ヘンゼンは速さだけでなく、『スピード』の格闘技術に舌を巻く。


『…ニュウ、選手紹介のとき『スピード』の格闘技術は、武九王クラスと言っていたわね』

『武九王クラスと言う人もいるって意味ですよ。私も否定はしませんけどね!』

『では『スピード』は武九王の誰かと戦った事はあるのかしら?』

『ありますよ。正確には『スピード』選手と戦った当時は違いましたが、現在は武九王になってる選手が3人』

『その戦績は?』

『2敗1分けです』


 『スピード』のAランク戦績は5勝2敗8分け、その内、現武九王との戦績は2敗1分け。

 見た目が地味で、ワンタジア王国ではマイナーな拳闘士であり、引き分け狙いのような戦い方で人気の少ない『スピード』は、


『つまり、あの選手は現武九王にしか負けていないわけね』


 Aランクで上位の強さを有する選手だ。

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