第187話 余計な事、言われたくないからの


 ニュウの言葉を聞いて、目を見開くヨコヅナ。


「何を言われたの、ヨコ?」


 耳元で囁いたのでオリア達には何を言ったのかは聞こえていない。

 ヨコヅナはオリアの質問には答えず、


「…知り合いなんだべか?」


 ニュウに問い返す。


「うん、友達だよ!…だから」


 また、耳元へ囁くように、


「ハイネちゃんのお父さんを助けた事も知ってる」

「……そういうことだべか」


 嘘とは思えなかった。ニュウの話の中に違和感を感じていたからだ。


・闘技大会の試合を観戦していたからヨコヅナを知っている。

・Cランクで褌一丁で試合する選手の噂を聞いたから、試合を観戦に行った。 

 この二つは、繋がりそうで実は繋がらない。

 ヨコヅナは闘技大会の時、裸だったのは上半身だけ。一度として闘技大会では褌一丁で試合していないのだ。

 また、Cランクではスモウという言葉も出ていないので、褌一丁で試合する選手の噂とヨコヅナは繋がらないのである。

 それともう一つ、

 ニュウは大笑いした後、「聞いてた通りだね」と言った。

 状況的にこれはヨコヅナの性格を指す言葉だ。

 今回の祝い金制度のように、ヨコヅナは大金を得られる契約を、自分の考えに合わないからという理由だけで、大きく儲けようとしなかった事例が一つある。

 それはコクマ病の治療薬の値段の件である。

 ヨコヅナがハイネの父、ヒョードルが掛かったコクマ病の治療に関わっていた事を知る者は少なからづいるが、

 値段を決めるときに、どういう意見を言ったのかを知っているのは、カルレインを除けば、ハイネ、コフィーリアの二人のみだ。

 ニュウが二人と知り合いなのは間違いないだろう。


「裏闘の事を他で話すのは、規則違反だと聞いただよ」

「…私はお友達に、最近ファンになった格闘選手の話をするだけだよ~」


 本人達に向かってハイネちゃん、コフィー様と呼んでいるのだとしたら、世間話のようにヨコヅナの事を話せるだろうし、『不倒』という偽名を使ったとしても試合の話をするだけで、ヨコヅナだとハイネもコフィーリアも気づくだろう。


「……あんたは何がしたいんだべ?」

「言ってるじゃないですか、『不倒』選手のファンだから、試合の実況をしたいって」


 ヨコヅナは感情を消した表情で、ニュウを睨みつける。


「…やだ、そんなに見つめられると、照れちゃう」

「……はぁ~…仕方ないだな」


 ヨコヅナは再度突き出された選任実況者書類を受け取りサインしていく。

 

「本当に良いのヨコ?…明らかに脅されてるでしょ」

 

 オリア達に重要な部分は聞こえてないが、傍から見てても脅されている事は分かる。


「別に実況は誰でも良いだべからな…」


 脅されているのも間違いないが、要求されているのはヨコヅナとしては何の損もない選任実況者の任命だ。


「はい、書いただよ」

「やった!ありがとうございます!」


 書類を受け取り、飛び跳ねるように喜ぶニュウ。


「他に用件はないだか?」

「……もっとお話ししたいんだけど、私は次の試合で実況しないといけないの」

「だったら、早く行った方が良いだよ」

「私の実況聞いててくださいね、そしたら絶対私だけを選任にしたくなります!」

「そうだべか…」

「終わったら、ゆっくりお話ししましょうね。…では一旦失礼しますね」


 オリア達にもそう言って、ニュウは去っていった。


「…ヨコに纏わりついてた女達より可愛い顔してるけど、腹の中は可愛くなさそうね」

「こんなところで働いてるんだから当然のことだね。でも彼女の実況は詳しくて聞き易いのは確かだよ」

「あの女は相当の格闘マニアだと言われているからな」

「闘技大会でのヨコの戦い方を知ってるみたいだったしね……それで、さっき耳元で何を言われてたの?」

「…オリア姉には関係ない事だべ」

「む…何よ心配してあげてるのに。ヨコの癖に生意気!」


 オリアが頬っぺたを抓るが、ヨコヅナに話す気はない。


「それより、……え~と、ケイオルクで良かっただか?」

「ああ、『不倒』のことは認めていると言っただろ、呼び捨てで構わない」


 ヨコヅナは呼び捨ての許可を求めたのではなく、名前が合ってるかという意味だったのだが、結果的には問題ない。


「こんな奴、陰険眼鏡の受付係で十分よ」


 相席することを許したが、変わらずケイオルクにキツいオリア。


「呼び方が長くなってるだよ」

「それに、もう眼鏡でも受付係でもない。……それで何だ『不倒』」

「後ろにいる人は、あんたのところの代表選手だべか?」


 ケイオルクに後ろには、以前もいた蛇柄のスーツを着てスキンヘッドでサングラスを付けた長身の男がいた。


「そうだ。登録名は『蛇牙』、裏格闘試合で武九王ぶくおうと呼ばれる選手の一人だ」

「……武九王って何?」


 オリアは知らない言葉が出たのでデルファにコソッと聞く。


「Aランクの九人のトップ選手を総称する言葉だよ……さすがブータロン商会、代表選手もトップの一人みいたいだねェ」

「じゃあ、ブータロン商会と試合する場合は、この男がヨコの相手ってわけね」

「ブータロン商会の代表選手は一人ではないが……『不倒』に確実に勝つなら、うちで最強の『蛇牙』だろうな」

「………ほんと嫌なやつね、あんた」


 ケイオルクの言葉は逆に言えば、『蛇牙』であれば、ヨコヅナを確実に倒せると言いたいのだ。

 

「証明する為に、試合を組んでも良いぞ」


 ケイオルクの明らかな挑発の言葉に対し、


「必要ないだよ」


 『蛇牙』どちらが強いかなど、全く興味がないヨコヅナ。


「こんな安い挑発には乗ってこないか…」

「何か見られてるから気になっただけだべ……さてと、やっと落ち着いて食べれるだな」


 この話は終わりとばかりに食事を再開するヨコヅナ。

 

「………やはり、油断ならない相手だな」




「ごちそうさま、……それじゃ帰るだべかな」 


 食事が終わり席を立つヨコヅナ。


「え?…これから4試合目が始まるところだよ、ボーヤ」


 注目されている本日最後の4試合が始まるのに帰ろうとするヨコヅナをデルファが引き留める。


「……あの選手達は、武九王とかだべか?」

「いや違う、実力はAランク中堅の域は出ない。4試合目なのは二人とも引き分けなど考えず、派手に戦うタイプだから観客にうけると判断されたのだろう」

「それなら見る必要ないだな」

「勝率を少しでも上げる為にも、ちゃんと観戦して欲しいところなんだけどね」

「勝率を上げるも何も、オラは一度も負けてないだよ」

「意味が違うんだけどね……まぁ良いよ、好きにしな」


 全勝しているのは事実だから、ヨコヅナの好きにさせることにしたデルファ。


「オラは帰るだが、オリア姉はどうするだ?」

「ヨコが帰るなら私も帰りたいけど、……酔っぱらってるデルファが心配なのよね」

「心配されるほど酔ってないよ……寧ろボーヤを一人にする方が心配だからオリアも一緒に帰ってやりな」


 今も遠巻きにヨコヅナの事を見ている女性達がいる。一人にさせたらすぐに捕まるだろう。


「わかった。……でも、勝手に試合組んだら駄目だからね」

「はいはい、分かってるよ」

「…それじゃ、帰ろっかヨコ」


 席を離れるヨコヅナに、


「またな『不倒』」


 とケイオルクの言葉、


「まただべ」

「私はもう会いたくないけどね」 


 ケイオルクにもちゃんと別れの言葉を返すしてヨコヅナ達がAランク会場を後にした。




 帰路を歩きながら、


「あのニュウって、仕事終わってから、話がしたいってに言ってたけど良かったの?」

「オラは待ってるなんて言ってないだよ」

「ふうん…ヨコが女性を嫌うなんて、初めて見たかも」

「別に嫌ってるわけじゃないだよ。話をしたくないだけだべ」

「……まぁ、要求はともかく脅されてたしね」

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