第186話 我も五月蠅いと思うのじゃ


「そんな頃からだべか…」

「Cランクでで試合し5連勝した新人選手、という噂を聞いて、Bランクの試合を観戦に行ったら予想通り!Bランク5連勝も痺れるような試合ばかりでした。すっかり『不倒』選手のファンになってしまったんです!」


 他の目的でヨコヅナに近寄ってきて遊女の誉め言葉とは違い、ニュウの言葉には熱か籠っている。本心からの言葉だという事はヨコヅナ達にも分かった。


「Aランクに昇格したから、今日『不倒』選手の試合を実況できると楽しみにしてたんですけど…」


 そこで一気にテンションが下がるニュウ。


「…あの騒音製造機がヨコの選任実況者をしてるから、出来なかったってわけね」

「そうなんです!」


 オリアの言葉に不満そうに声をあげるニュウ。


「何であんな、五月蠅いだけで、試合も見えていない人を選任にしたんですか?」

「あはは、全くその通りだねェ」


 ビックマウスの声は五月蠅いだけで聞き易くもなく、実況で自ら「俺は良く見えなかった」と言っていたのだ。実況を職にしているニュウや他の実況者達からすれば、選任なのを疑問に思うのも当然と言える。


「選任になりたいって言われたからだべ、実況は誰でも良いと思ったべからな」

「だったら私でも良いですよね!」


 そう言ってニュウは選任実況者の書類をヨコヅナに渡す。


「……もう選任はいるだべから、この紙渡されても…」

「その女が言いたいのは、騒音製造機をクビにして自分を選任に、って事だよ」


 一度決めた選任実況者を替えることは当然可能、だが、


「適当に決めたとは言え、クビにするのはあれだべな……ヘンゼンはしっかり解説してるだべしな…」

「あの黒い解説の人はそのままで良いですよ、スモウに詳しいみたいですし」


 エムド戦で詳しくスモウの技を解説したいヘンゼンは、選任に相応しいとニュウも認めているようだ。


「私が実況であの黒い人が解説、それならもっと試合が盛り上がって、『不倒』選手は大人気になれます!」

「……別に大人気になんて、ならなくていいだよ」

「え!?でも、人気高ければ、それだけ祝い金が増えますよ」

「ん、祝い金?……人気で賞金額が変わるだか?」

「え、いえ、裏闘からの賞金は一定です。…知らないんですか祝い金制度…」


 ヨコヅナが祝い金制度を知らないことに少なからず驚くニュウ。


「あぁ~、その辺の説明してなかったねェ、忘れてたよボーヤ」


 資産総賭けの大勝負の事で頭が一杯で、デルファは祝い金制度の説明を忘れていた。


「祝い金というのは、観客が任意で選手へ贈る祝いの金さ」

「……チップや投げ金のこと?」

「そうだけど、観客が上級階級の者、それに試合で気分が上がるんだろうね、一つ一つの額が桁違いさ」

「フッ……忘れてたとか言って、祝い金分をピンハネする気だったのではないのか」


 ケイオルクの意地の悪い指摘、だがこれは言われも仕方がない。


「人気のある選手は、賞金よりも祝い金の方が断然多いですよ」


 人気の選手の試合程観客も多く集まり、祝い金をくれる客も増える。トップ選手の祝い金は膨大。

 だからヨコヅナが制度知らないことを良い事に、デルファが祝い金をピンハネしようとしたと疑われても仕方ない。


「違うよ、本当に忘れてたのさ」

「本当かしら……」


 今日の試合で前科が出来てしまっただけにオリアも疑いの目を向けるが、これに関しては本当にデルファは忘れていただけだ。


「そういう制度があるんだべか……」


 ヨコヅナは祝い金制度を聞いて、


「もちろん試合で勝てないと人気の選手にはなれませんが、『不倒』選手ならAランクでも通用する事は、今日の試合で会場にいるみんなが分かりました。私が選任になれば絶対大人気の選手に…」

「要らないだ」


 ニュウの言葉を遮り、ヨコヅナは選任の書類を押し返すと同時にそう言った。


「え…?」

「あんた、裏闘の運営の人に話を通せるなら、こう言ってくれだべ。オラに祝い金…チップは要らないと」

「ど、どうして!?」


 ニュウが驚くのも無理はない、祝い金は選手にリスクはないし、観客からも任意であり強制は一切してない。

「凄かった」「興奮できた」、と思える試合に対するお礼であり、文字通り勝者への祝い。

 断る理由などないし、断った者など今まで一人もいない

 だが、ヨコヅナは断った。


「オラの店ではチップとか、禁止しているべからな」


 ちゃんこ鍋屋では接客の従業員が、客からチップを貰う事を禁止している。

 理由は、複数あるが大きい理由は、トラブルの回避と、お客に公平な接客をさせる為。

 ちゃんこ鍋屋の事は裏闘で関係ないと言ったが、これはヨコヅナの個人の主義にかかわる事だ。


「でも、本当に、人気のあるトップ選手の祝い金の額は凄い…」

「金額は関係ないだよ。祝い金を断る事は出来るだか?」

「それは、出来なくは、ないですけど…」


 ニュウには理解できない。裏闘の賞金は少なくはないが、命を落としかけない勝負をする事を考えれば、とても見合っているとは言えない。

 

「フフッ、さすが『不倒』。バイト契約の代表選手だものな」

「え、バ、バイト!?」


 ケイオルクの言葉に驚くニュウ。


「ああ、『不倒』はロード会にバイトとして雇われているらしいぞ、日当額はバイト平均のそれだ」

「……冗談、ですよね…」


 組織の代表選手が、バイトの平均日給で戦っているなど、とても信じられないニュウ。


「Aランクになったから、デルファは日当額上げてくれただよ」

「そうそう、二割ほど日当額アップしたから、平均額より多いさ。あははは!」

「たったの二割増し!?」

「それは、もうピンハネと同義だろ」


 ヨコヅナは今日の勝利で、ロード会の総資産額以上を稼いだが、ロード会がヨコヅナに支払う日当額は、バイト日当額の平均より二割多りだけの金額なのだ。

 ピンハネと言われても否定できない。

 ただ、


「ボーヤがそれで良いって言うんだから良いじゃないか」


 ヨコヅナがそれで納得しているので、他人が口出しできることではない。


「だからボーヤが祝い金を断るという考えを、ロード会としても反対しないよ」

「……でも、さすがに勿体ないような…」


 オリアは祝い金は断るのは勿体ないと考えていた。

 元踊り子のオリアにおいては、投げ金は正当な報酬という認識だ。

 今も『ハイ&ロード』のイベントショーで踊った日は、投げ金をくれる客はいるし、ありがたく貰っている。

 投げ金と同じ意味である祝い金も正当な報酬なのだから、断るのは勿体ないと考えるのも無理はない。


「それなら、ボーヤへの祝い金をオリアがピンハネするかい?」

「そんなこと出来るわけないじゃない!」 

 

 勿体ないからといって、ヨコヅナへのお金を何もしてないオリアが貰おうなんて思えない。


「…ヨコが祝い金を断りたいって言うならそれでいいよ」

「と、いうことだべから、あんたに実況してもらう理由もないだ」


 祝い金が要らないなら、人気など関係ない。ニュウを選任実況者にする必要もないと言う事だ。


「……そうなんだ」


 ニュウは今まで、選任になってほしいと言われることは多々あるが、自分からなりたいと言った事は少ない。そして断られたのはこれが初めてだ。

 しかも人気も祝い金は要らないという、信じられない理由で、

 普通なら落ち込むところだろう。

 だが、ニュウは…


「あははは!…話に聞いてた通りだね!」


 楽しそうに笑うニュウ。


「何を笑ってるだ?」

「……祝い金を受け取らない件は承りました、裏闘の運営に伝えます。それにあの五月蠅い実況者もクビにしなくて構いません。でも、私も選任実況者にしてください。一試合交代で実況します、それなら良いですよね」

「…選任が二人いても良いんだべか?」

「原則、選任は実況と解説で一人づつです。ですが私がおじい様に言えば、その程度許可されます」

「……それは、狡いだよ」


 ヨコヅナの言う通り、試合に直接関係しないし、不正とまでは言われないかもしれないが、身内の権力を使った狡い行為だ。

 それを理解した上で、ニュウを選任実況者にしたいとはヨコヅナは思えない。


「そうですね……でも」


 ニュウはヨコヅナの耳に顔を近づけ、他には聞き取れない声量で、



「サインしてくれないなら、に言いつけちゃうよ」

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