第185話 わはは、王女が怖いからの

 

「チっ、利の無い賭けをしてしまった。まぁいい…」


 分け前でもそれなりの金額になるのだが、ケイオルクからすれば小遣い程度、それに事前に約束をしてなかったから、こうなる事も予想していた。それでも、


「もういいならどっか行きなさいよ…」

「まだ用件は済んでいない」


 ケイオルクは他に用件があるからヨコヅナに会いに来たのだ。


「あんたの用件なんて聞く気ないわよ……前に「ロード会が五倍になったら相手してやる」とか言って去っていったくせに、早々に現れてカッコ悪~」

「ロード会を相手にする価値はない、……だが『不倒』のになら相手する価値がある」


 ヨコヅナの本業、ケイオルクが清髪剤に高い価値を見出している。

 

「『不倒』の本業になら…」

「無理だべ」


 ケイオルクの言葉を途中で拒否するヨコヅナ。


「話を聞くぐらい良くないか……」

「聞いても意味がないだよ。オラの本業はここでは関係ないだ」


 ヨコヅナは断固として、話を聞こうとすらしない。


「……ふぅ、交渉の余地なしか」


 ヨコヅナの態度が駆け引きなどではなく、本気で無理と言っているのだと見て取り諦めるケイオルク。

 

「当たり前でしょうが!陰険眼鏡なんかと交渉なんてするわけないでしょ!」

「だから、眼鏡は掛けていないだろう」

「誰が相手でも無理だべがな…」


 交渉の余地がない事に相手は関係ない、本業の雇い主に理由があるのだから…


「さっさと席を立って、あんたはAランクの係の人から客への礼儀でも学んでたらいいのよ」

「裏闘での仕事はもう辞めたから学ぶ必要はないな。ロード会の会長から相席を許可されてるんだ。俺もここで一緒に食事をさせて貰おう」

「何でそうなるのよ!」


 ケイオルクはオリアの言葉を無視して、近くにいた係の者に食事を注文する。


「『不倒』がそう言うなら関係ない話は止めよう。これでも『不倒』のAランク勝利を祝う気持ちは本当にあるんだ。一緒に食事ぐらい良いだろう」

「オラは良いだが…オリア姉?」


 本当に嫌ってるのを分かってるのでヨコヅナはオリアに視線を送る。


「はぁ~、ヨコが良いなら構わないよ。祝いたいって相手を無碍には出来ないしね」

「…でしたら、私も『不倒』様を祝いたいので席についても良いですか?」


 また、今まで居なかった別の女性の声が、相席を申し込んできた。

 

「今度は誰よ?」


 その女性はプラチナブロンド髪に褐色の肌、顔立ちは整いつつも、明朗さが感じ取れる美人だった。


「…ヨコ知り合い?」

「いいや、知らないだよ」

「また、商売女…客とりなら他をあたって、もう隙間もないぐらい居るから…」


 その褐色の女性も裏闘で客をとっている遊女だと思ったオリア、しかし、その女性は、


「そうですね、このままだと落ち着いて話もできませんね」


 ヨコヅナを囲んでいる女性達に近づき、


「『不倒』選手とお話がしたいの、外してもらえるかしら」


 それは強い口調でもなければ、実は殺気が込められている、などという事もない。いたって普通に頼み事をする口調。

 だと言うのに、


「は、はい!」

「分かりました!」

「もう行きます!」

「ど、どうぞ」

「ま、またね、『不倒』様」


 ヨコヅナに纏わりついていた女性達がそそくさと去っていった。


「…どういうこと?」


 どれだけ言っても聞かなかった女性達が、一言で退散した状況に困惑するオリア。


「……あんた何者なの?」

「私のことは ニュウ、と呼んでください」

 

 ニュウと名乗る女性、それだけでは何者かオリアやヨコヅナは分からない。

 だが、


「あぁ、確かAランクの実況やってる女だね」


 デルファは酔っていて気づくのが遅くなったが、前回Aランク観戦に来た時実況をやっていた女性だと思い出す。


「彼女は裏闘で№1人気の実況者だ」


 デルファの言葉にケイオルクが付け足しをする。


「実況者……だから、彼女達は離れていったの?」

「いえ、あれは私の祖父が裏格闘試合の重役に就いていると、知っているからですよ」

「彼女に逆らえば、会場に入る事すら出来なくなるからな」

「…そういう事」


 裏闘でお客をとっている遊女は、運営から許可を貰って仕事をしている。

 その為、裏闘側の人間に目を付けられ出禁になると仕事が出来なくなるので、逆らう事は基本出来ないのだ。

 出禁を言い渡された場合、例え「孫娘が嫌っているから」というような不当な理由であっても覆る事はない。

 だから、ニュウの一言で皆退いたのだ。


「それで、オラに何か用だべか?」

「さっき言った通り、『不倒』選手を勝利祝いに来たのです。Aランク初勝利おめでとうございます!」

「ありがとうだべ……」


 祝いの言葉に対して、お礼を言うヨコヅナだが疑問に思っていることが顔に有りありと出ている。


「初対面なのにどうして?って顔してますね。でも私はずっと前から『不倒』選手を知っているんですよ」

「…Cランク試合を観てたってことだべか?」

「ううん、その前からです」


 裏闘のCランクで試合する前からという言葉に、


「…オラの店に食べに来たことはあるって事だべか?」


 ちゃんこ鍋屋に客として来てた事があるのだろうかと考えたヨコヅナ。常連客のエルリナの事例があるから思いついたのだが…

 

「いいえ、違います。もっと前からです」


 が、ニュウはそれも否定する。


「もっと前?……ひょとして大会の時だべか?」

「ふふ、そうです。私こう見えて格闘好きなんです、大きい格闘大会なんかは全部観戦に行くんです」


 裏格闘試合で実況者の職に就くぐらいだから、格闘好きと聞いても意外でもないし、闘技大会を見ていたならヨコヅナを知っているのも不思議ではないが…


「王都闘技大会の予選決勝。序盤一方的に攻撃を受けた後からの、一撃逆転勝利、今でも覚えてます!」


 知り合いでもないのに、ヨコヅナの王都での初戦までも覚えている者など他にはいないだろう。


 ニュウの格闘好きは格闘マニアの域にある。

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