第182話 我にもお礼するのじゃぞ


 ヨコヅナは試合前なので、体を動かそうと褌一丁で軽く四股を踏む。

 控室には休息するスペースと鍛錬するスペースがあるので、普通は問題ないのだが、


「控室が豪華過ぎて、稽古がしづらいだな…」


 相撲の稽古には適してはいない。

 四股を踏むと軽くでも部屋に置いてある、高価な酒がグルグラと揺れるので気が気でない。

 

「また、体中痣だらけね…」


 オリアがヨコヅナの体を見てそう言う、少し前にハイネと手合わせしたでヨコヅナの体はまた痣だらけになっていた。 


「稽古で出来た痣だべから仕方ないだよ」

「……厳しい稽古をしてるから、ヨコが試合に勝てるってのも分かるけど…」


 強くなるために厳しい稽古が必要な事はオリアも分かるが、あまり見たい姿ではない。


「……そういえば、黒い褌なんて初めて見るね」


 体を見て別の事にも気づくオリア。

 ヨコヅナはいつも白い褌なのだが、今日絞めているのは黒い褌だった。


「これはラビスから貰っただよ」

「あら!…恋人からのプレゼント」

「え!ボーヤ、女いたのかい?」


 酒瓶の片手に意外な恋人発言に驚くデルファ。


「ラビスはオラの補佐で恋人じゃないだよ」

「フフ……それでも、ちゃんとモノのお礼はモノで返さないと駄目よ」

「……そうだべな、お礼は何が良いだべかな…」

「女へのお礼は大事だけど、今は試合の事だよ」


 今はお返しのプレゼントを考えてる場合などではない。


「ボーヤ、Aランクの試合では遊ぶような真似はやめておくれよ」

「……スモウは遊びじゃないだよ」

「倒れた相手に攻撃しないなんてのは、裏闘では遊びも同じ…」

「それがスモウだべ」


 ヨコヅナの言葉には明らかな不機嫌さは滲み出ていた。


「デルファそんな良い方したら駄目よ、ヨコにとってスモウは親の形見みたいなものなんだから」

「…でも、命が危ない場合は別なんだろ、今日の相手は…」

「それはオラが決めることだべ……一度も負けてないんだから、戦い方に口出ししないでほしいだ」


 更に不機嫌さを増し口調を強くするヨコヅナ。


「……そうだね、悪かったよ……頑張っておくれ」


 これ以上無理強いを言ってもヨコヅナの戦意を削ぐことになると考え、謝ってまた酒を煽るデルファ。

 

「……デルファ…」


 どう考えても、いつもと様子が違うデルファにオリアが声をかけようとした時、


コンコン!


「失礼します、『不倒』選手、まもなく試合です、闘技台へお越し下さい」

 

 係の者が呼びに控室に入って来た。


「分かっただ」


 ヨコヅナ達は控室を出て、会場へと向かう。




「…何よ、あの化物!?…」


 オリアは先に金網の中で立っていたエムドを見て思わずそう言ってしまう。

 無理はない。魔素狂い化によって異常と言えるほど発達した筋肉、さらに人族とは思えない黒い肌に血走った赤い目。

 理由も知らずそんな相手を見たら当然、


「あんなの絶対マ人じゃないでしょ!なんで試合に出れるのよ!?」


 と言ってしまう。


「マ人だよあれは、…簡単に言えばドーピングで肉体を鍛えたのさ」

「…ドーピングは有りなの?」

「当り前のように使われてるよ…魔力強化出来ない選手はそうでもしないと勝てないからね」


 元がマ人である以上、エムドは今の裏闘のルールでなら試合に出れる。


「……でも、1勝3敗なのよね。見掛け倒しってことも…」

「3敗の時は普通の体だったよ、ただ、変貌後の1勝はケンシン流最強と言われていた『拳神』を相手に圧勝」

「弱い相手じゃないの!?」

「私は弱いなんて一言も言ってないだろ」


 デルファはたしかに、「戦績は1勝3敗さ」「相手はウチの選手をエチギルドだと思ってる」とは言っていたが、相手の選手が弱いとは言っていない。

 オリアは勘違いして弱い相手だと思っていたから、わりと気楽にいられたのだ。


「……あれ、魔素狂いだべな」

「やっぱりボーヤには分かるかい…」

「闘技大会の時に戦った相手と似てるだよ」


 エムドの外見と雰囲気がチャバラと似ていることから同じ魔素狂い化と察するヨコヅナ。


「そうだよ、ボーヤが闘技大会で勝った、『狂腕のヂャバラ』と同じ魔素狂い化してるって噂だ、実際ザンザ組は二代目狂腕って公言してるしね」

「……でも、ヨコが前に勝ってるんなら、大丈夫だよね…」

「オラが戦った相手より一回り大きいだな…」


 体格、筋力ともにエムドはチャバラより上、それに…


「エムドはデカくて怪力なだけじゃないよ、格闘の技術を持ち、戦術も使ってくる。……私が言いたかったこと分かったかい、前回負けた『拳神』は再起不能にされてた。だから…」

「そうだべな。……本気でスモウをとる必要はありそうだべな」


 ヨコヅナは最後までデルファの言葉を聞かず、金網の中へと入っていった。

 

「頑張ってヨコ!」


 オリアの声援にヨコヅナは手を上げるだけで応えた。




『ヒャッハー!、やって来たぜ裏格闘試合Aランク。初めましてだぜぁ!紳士淑女の皆様、今日の実況はこの俺、裏闘の騒音製造機ビックマウスだぁ!!!』


 Aランクでも五月蠅いビックマウス、上流階級はちょっと嫌そうな顔をしている。


『オイオイ盛り上がりが少ないなAランクのお客様は…』


 客達も盛り上がりたいのだが、慣れない音量に少し耳が痛い。


『お前のせいだろ。解説のヘンゼンだ。俺達は一試合目だけだから五月蠅くも我慢して頂きたい』


 申し訳なさそうな感じでフォローするヘンゼン。


『静かな実況に何の意味があんだよ!!さっそく選手の紹介いくぜ!!』


 五月蠅く思いながらも観客達は金網の中に注目する。


『東方コーナーに立つのは!裏格闘試合で戦うのは今日がなんと三日目!!C、B共に5連勝でAランクに昇格し、一度として膝をついたことのないビックルーキー、ロード会代表選手『不倒』!!!』


 案内係が注目されてると言っていただけあって客達から歓声が上がる。

 その歓声に応えたわけではないが、

 ヨコヅナは股を広げて腰下ろし、そして片足を高々と、足の裏が天に向くほど高々と上げ、強く四股を踏む。


 ドオォォン!


 その動作を観客達はパフォーマンスととったのだろう、さらにワアァァァア!と歓声が上がる。


『さっすが『不倒』サービス精神旺盛だなぁ!!』

『…多分観客など関係なくやってる事だと思うがな』


 ヘンゼンの言う通りヨコヅナは観客など気にしていない。


『対する西方コーナーに立つは!お前本当に人間か?と言いたくなるほどの筋骨隆々の体、次元の違う肉体改造をした男、ザンザ組代表選手『エムド』!!!』


 こちらも前回の試合で注目されており、観客達から歓声が上がる。


『Bランク時のエムドを知ってるけどよ…、ほんと別人に見えるよな、あれ』

『ああ、ドーピングでの肉体改造にしても変わり過ぎだな。だが見掛け倒しではない、前回の試合でケンシン流最強と言われていた『拳神』から勝ち星を上げている』

『ケンシン流最強にかぁ~なるほど、なるほど、つまりは『不倒』初戦の相手として不足なしってことだなぁ!!』

『同感ではあるが……あまり『不倒』ばかりを贔屓した実況はするなよ」


 ヘンゼンとビックマウスはヨコヅナの選任だが、基本中立の立場だ、贔屓が行き過ぎると仕事をクビになる。


『おっと、そうだったそうだった。…その『不倒』、今日は痣だらけだな…あれか、身体硬化鍛錬ってやつか』

『…すまない、以前俺は間違った解説をしていた、あれは手合わせで出来た痣だった』

『そうなのか……じゃ数十人と一度に手合わせをしてるとかか?』

『いや、一人だ。数十人よりも強い一人と、『不倒』は普段から稽古しているということだ』

『数十人より強い一人だってぇ!?……つってもあの『不倒』の稽古相手なら驚くことじゃないか』


 稽古相手の正体を知れば、ビックマウスは驚きのあまりまさに騒音を製造をするだろうが、ヘンゼンはそれ以上は言わなかった。


『さ~て!俺たちのトークに場も温まったところで試合開始OKの合図が出たぜ!ここからは瞬き厳禁だ!紳士淑女の皆様よぉ!!!』

『これは選任としての贔屓でも過剰な評価でもない、真に瞬き厳禁だと俺からも伝えておく』


 

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