第181話 我も酒はあまり飲まぬのじゃ


 ヨコヅナはロード会の応接室でオリアと一緒にデルファから Aランク初試合の対戦相手についての話を聞いていた。


「ボーヤのAランク初戦の相手はザンザ組の代表選手『エムド』」

「名前聞いてもオラには分からないだべが…」

「ボーヤが一緒に見に行かなかったからだろ」

「本業があるんだから仕方ないだよ」

「ザンザ組と試合……ね」

「オリア姉は相手知ってるんだべか?」

「選手は知らないけど、ザンザ組はロード会の商売敵よ」

「率直に敵と言っても問題ないけどね」

「敵…?」

「ガラの悪い組織で、ぼったくりな商売してるし、雇ってるチンピラに他の店を脅させたりするのよ」

「あぁ~、ちゃんこ鍋屋でもそういう事あっただ」

「ボーヤはそういうのどう対処するんだい?」

「店から強めに放り出すだよ」

「期待通りの答えだね……ウチも似たような対処をするんだけど、混血だからって因縁つけられてね……ボーヤと初めて会った時、イティに絡らんでたのものザンザ組のチンピラさ」

「…だから、ザンザ組と試合する事にしたわけだべか?」

「そうだよ、…勝てばザンザ組を黙らせることが出来るってわけさ」

「相手の選手は強いの?」

「…エムドのAランク戦績は1勝3敗さ。相手はウチの選手をエチギルドだと思ってるみたいだったね」

「こっちを舐めて勝負を受けたってわけね、戦績からしてもそんなに強そうじゃないし。Aランク初戦には丁度いいじゃない、ヨコはどう?」

「オラも良いと思うだよ。勝てば初めの約束通りロード会の自衛の役目も果たせるみたいだべからな」

「そうかい、良かったよ。大見得を切って勝負すると言ってしまってたんだよね」

「…次からは事前に相談してくれだべ」

「はは、分かってるよ」


_________________________________


 そして、

 ヨコヅナの裏格闘試合Aランクでの初試合当日。

 会場へと向う馬車で、

 

「ヨコが着てるそのタキシードって特注よね」

「これはちゃんこ鍋屋の開店祝いでヒョードル様から貰った服だべ」


 緊張感のない会話をしているヨコヅナとオリア。

 Aランクではドレスコードがあるので、ヨコヅナはタキシードを着ていた。


「……最高クラスに上質なモノだね…」


 ヨコヅナのタキシードを見てそう言うデルファ。


「そんな良い服着て来ていいの?」

「好きに使って良いと言われただよ、この前もこれ着て高級料理店に食べに言っただ」

「そうなんだ……ヨコっぽくはないけど、カッコイイよ」

「オリア姉もドレス似合ってるだ」

「ふふ、今日の為にデルファが買ってくれたの」

「…デルファはスーツなんだべな」


 デルファはドレスではなく女性用のスーツを着ている。


「……私はドレス嫌いでね」

「恥ずかしいんだって」

「……正装と認識されるものであれば問題ないよ」


 問題ないと言うデルファだが、

 

「…デルファどうかしたの?」


 言葉に違和感を感じるオリア、いつもなら「恥ずかしくなんてないよ」ぐらい言いそうなのだが…


「…ひょっとして緊張感してる?」

「え、あ、まぁ少しね」

「…しっかりしてよね、「不安や恐怖は他人にうつる」って言ったのはデルファのでしょ。戦うのはヨコなのよ」

「…そうだったね、ごめんよ」

「そう言えば、具体的にいくら賭けたか聞いてないだな」

「…具体的な金額を言うとプレッシャーだろ、大き目の勝負とだけ思っといてくれたらいいよ……着いたようだね」


 デルファの言葉通り馬車が止まる。


「こんなところで試合するだか?」

「狭過ぎない…?」


 馬車を降りた、ヨコヅナとオリアは目の前にある洋館を見てそう感想をこぼす。

 今までと比べて建物自体が小さく、とても会場とは思えない。


「ここは入口に過ぎないよ」


 オリアはそう言って、洋館の入り口の前に立つスーツ服の男に登録証を見せる。


「ロード会の方々ですね、お待ちしておりました。中へとどうぞ、ご案内いたします」


 スーツの男は裏闘の案内係らしく、洋館の中に入ると、部屋の真ん中に…


「地下への階段?」

「Aランクの会場は地下にあるのさ」


 案内係の後に続いて、階段を下り地下通路を進む。


「……結構歩くんだべな」

「入口となる場所は複数あってね、それぞれが地下通路でAランク会場へと続いてる」

「手の込んだことしてるのね」

「上流階級の者が何人も、同じ建物に入っていったらに注目されるだろ。分散させてるのさ」



 地下通路が終わり広い場所にでると…


「眩しい……ほんとに貴族のパーティーみたいね」


 デルファから話を聞いていたから、驚きはしないオリア。


「実際ヘルシング家のパーティーもこんな感じだっただよ、金網とかはないだべが…」

「……真ん中の金網と銅鑼と砂時計は変わらないのね」

「あれらは昔からの伝統的なモノらしいからね……それじゃ受付に行こうか」

「いえ、その必要はございません、私は受付係も兼ねています。このまま控室まで案内いたします」


 そう言う案内係の後に続くヨコヅナ達。


「こちらが『不倒』選手の控室となります」

「個室なんだべか…」

「はい、Aランクではその日試合される選手一人一人に個別の控室が用意されております」

「控室と言うより高級ホテルの部屋みたいに思えるね…」

 

 控室をここまで豪華にする必要があるのかと呆れるオリア。


「備え付け飲み物は全て無料となっております」

「……いいお酒ばっかりだべな」

「あれヨコ、お酒飲まないのに分かるの?」

「店でお酒もだしてるべからな」

「あ、そっか、貴族の客も来店するから高価なお酒も置いてるんだったね」


 ヨコヅナは年齢的にもお酒を飲めないが、店主として名前と種類と値段ぐらいは把握しておくべきだとラビスに言われて勉強したのだ。


「テーブルに置かれてるのが本日の試合スケジュールとなります」


 部屋の真ん中に置かれているテーブルには二つ折りの高価そうな紙が置かれていた。

 デルファが紙を手に取り開くと、


 ・第一試合 『不倒』VS『エムド』

 ・第二試合 『ナックル』VS『スピード』

 ・第三試合 『鬼人』VS『クラッシャー』

 ・第四試合 『サイヤ』VS『ナメック』


「……一試合目だね」

「またオラ一試合目だべか…」

「…いいじゃない!それで負け無しなんだから。ヨコにとっては良いジンクスなのよ」

「そうだべな……4試合しかないんだべか?」

「Aランクの一日での試合数は平均4試合です。稀に一試合多かったり少なかったりしますが」

「順番はどうやって決めてるの?」

「試合の順番は裏闘の重役の方が決めておりますので私も詳しくは存じませんが、注目の試合は最初か最後になる事が多いです」


 ヨコヅナとオリアの質問に丁寧に答えてくれる案内係。


「じゃ一試合目だから注目されてるのかしら…」

「はい、もちろん『不倒』選手は注目されております、Bランク5連勝での昇格は久々のことですから、まさにビックルーキーだと私の耳にも入ってきております」

「……まぁ情報屋が売ってるくらいだしね」


 第一試合 『不倒』VS『エムド』が注目の試合なのはヨコヅナだけが原因ではない。


「他に何かご質問はございますでしょうか?」

「あ、試合の事なんだべが…」

「何でございましょう」

「Aランクでも褌一丁で戦って良いんだべか?」


 上流階級の客が多く、ドレスコードまである場所で、褌一丁で戦うのは禁止されるかと思ったヨコヅナだったが、


「もちろん構いません。褌一丁で戦うのが『不倒』選手のトレードマークの様になっておりますので、服を着たら寧ろガッカリされますよ」

「……そうだべか、なら良かっただ」


 何故ガッカリされるのかは分からないが、ヨコヅナにとって動きやすい褌一丁が許可されるのは助かる。


「他に何かございますでしょうか?」

「デルファ何か……デルファ!?」


 途中から会話に混じって無かったデファは、置いてある高価な酒を開け、瓶のまま口を付けて飲んでいた。


「何でいきなり飲んでるのよ!?」

「え、ああ…、せっかく無料で高い酒を飲める機会だからね…」

「……だからって、そんな来て早々焦って飲むことないでしょ」

「ははは、そうだね……で、何だっけ?」

「係の人に聞きたいことある?」

「……今は思いつかないね」

「では、試合開始前にお呼びにきますので。それまでに御用がございましたら、巡回している係の者がおりますので、ご遠慮なくお声がけください」


 そう言って案内係は控室から出て行った。


「……さすが、Aランクの係はお客への礼儀がなってるわね、あの陰険眼鏡とは大違い」


 すでにもうその陰険眼鏡は係を止めたのだが、オリアには関係ない。

 そんなことより気になる事があった…


「……ほんと大丈夫?デルファ」


 デルファの様子がやはりおかしいと思うオリア。


「何言ってんだいオリア、大丈夫に決まってるじゃないかい」


 そう言いながらも、酒を瓶のままラッパ飲みするデルファ。


「それ強いお酒だから、そんなに勢いよく飲んだら体に悪いだよ」


 ヨコヅナに言われるまでもなく、デルファは今飲んているのが度数の高い酒なのは知っている、だからこそ飲んでいるのだ。

 デルファと言えど、試合目前になって素面しらふでいられなくなったから…、

 ヨコヅナとオリアがまだ知らない、負けたらロード会が潰れる大一番が間もなく始まる。

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