第180話 戻れんがの
「ここが私が以前働いていた料理店です」
ヨルダックに案内されてヨコヅナ、カルレイン、ラビスは、ヨルダックが務めていた高級料理店に来ていた。
「高いらしいだべが、ほんとに奢って貰って良いんだべかラビス?」
「構いませんよ、ヨコヅナ様のおかげで儲けたお金ですから。カル様とも約束していましたしね」
今日はラビスの奢りとなっている。裏闘でヨコヅナに賭けて儲けた金からすれば高級料理店とは言え四人分の出費など些細なものだ。
「わはは、王都で有名な高級料理店、楽しみじゃの」
王都で有名な高級料理店だけに、ドレスコードまであり、今ヨコヅナはヘルシング家でのパーティーに出席する為に用意したタキシードを着ている。
「私もここの高級料理店に来てみたかったのですし、それにヨコヅナ様は奢りでもなければこういう店には来ないでしょう?」
「そうだべな……」
ここは一見さんお断りの店、今日はヨルダックの知人と伝えてある。だが、自分でも料理店を経営して、ヨコヅナの一見さんお断りの店への悪印象はほとんどなくなっている。
ちゃんこ鍋屋でも営業妨害する者、他の客に迷惑をかける者が多々来店する。
ヨコヅナは限度の超えた迷惑な客は文字通り放り出すが、そんなことは誰でも出来ることではないし、普通は店の評価を下げることになるだろう。(何故かちゃんこ鍋屋では一種の名物みたいな噂になっていて、ヨコヅナが厨房になってる時に客が増える理由の一つになっている)
だが、この店にヨコヅナが来たくない理由は他にある。
「気に入らない貼り紙だべ…」
その貼り紙には『他種族、混血の人お断り』と書かれえている。
ちゃんこ鍋屋に来た他種族や混血の客で、店に迷惑をかけた客は一人としていない、むしろ大人しく食べている印象がある。
「仕方ありませんよ」
ラビスは濃い目のサングラスをかけて、目を見られないようにしている。
「店の主義は店主が決める者、ヨコヅナ様の『誰でも気軽に食べに来れる』とは逆の、『上流階級の人族だけに食べに来てもらう』を主義にしている店があっても、国が認めている以上、他人が文句を言う資格はありません」
ヨコヅナも王都に来て色々経験して、それは理解できなくもないぐらいには成長している。
しかし、
「なんでラビスはこの店に来てみたいと思っただか?」
今日この店を選んだのは他でもない混血のラビスだ。
「もちろん、この店の料理を食べてみたかったからですよ。客として料理の味に文句をいう資格はありますからね」
そう言うラビスはとてもいい笑顔をしていた。
店に入り案内された席に着いたヨコヅナ達。
そして、時間が経過、
おすすめのコース料理を食べ終わったヨコヅナ達は、
「帰るべ」
「そうですね」
余韻を楽しんだりせず、席を立つ。
「どうでしたか、当店の料理は?」
会計をしている時に、この料理店の店主らしき人が感想を聞きに来た。
ヨルダックがいるから、わざわざ出て来たのだろう。
「……正直な感想を言って良いだか?」
そう前置きをするヨコヅナは笑顔ではないし、普通良い感想を言う場合こんな前置きはしない。
「…え、ええ、もちろん」
とは言え、自分から聞いた手前、駄目ですとは言えない店主。
「珍しい食材と料理だべが、オラとしては美味しくはないだ」
「食えなくはないが、量が少なすぎじゃ」
「料理の味だけを評価しても、二度と来る気にはなりませんね」
「この店で働いていたと、私は今後に二度と言わない」
四人とも辛辣な感想だが、正直に言ったまでだ。
「……………」
感想を聞いて怒るどころか思考が停止している店主を、放っておき会計を済まして、ヨコヅナ達は店を後にした。
「申し訳ありません、師匠」
「ヨルダックが謝る事なんてないだよ」
ヨルダックが昔働いていたと言っても、今の料理の味に責任などあるわけがない。
「料理長の腕は確かなはずなのですが…」
「多分その人は店にいないのでしょうね」
「緊急な用事があって、今日は休んでたってことだべか?」
「いえ、常にいないんですよ」
「……どういう意味だべ」
ヨコヅナの感覚では料理長は言わば厨房の現場責任者、営業中は常に厨房(現場)にいなくては意味がない。
緊急な用事があって店に来られない状況にあるならともかく、常にいないとは意味が分からない。
「名前だけ料理長に添えているんですよ、まぁレシピはその料理長の考えたモノなのかもしれませんが…、実際には厨房の責任者も料理を作っているのも未熟な料理人なのでしょうね」
「……添えてるだけに、何の意味があるだ?」
「有名な料理人が料理長を務めていると公言して客を増やしたいのですよ。当店で「コフィーリア王女が好評した」などを公言しているのと一緒です」
「一緒じゃないだよ。姫さんが好評したのも、ヒョードル様が喜んでくれてるのも、元王宮料理人のヨルダックが料理を作ってるのも本当だべが、料理長が厨房にいないなら嘘だべ」
「ええ、嘘と言っても過言ではありません。だから客が来ていないですよ」
店にいたのは、ヨコヅナ達を除いて一組だけ、店の料理が美味しくないと思ったのは、今まで訪れた客も同じだと言う事だ。
「利益だけを求め続けるとこうなるという、悪い見本ですね」
「見本を見るまでもなく、ちゃんこ鍋屋をあんな店にはしないだよ」
「同感です。店も店だが、料理長も料理長だ、私なら名前だけ添えさせるなどしない」
「……二人なら心配ありませんね」
店主がヨコヅナで、料理長がヨルダックであれば、ちゃんこ鍋屋は今のままであり続けるだろう。
「そんなことより我は腹が減ったのじゃ」
「量も少なかったですからね」
「ではもう一軒行きますか…」
「あ、じゃ良い店知ってるだよ、カルとはまだ行ってない店だべ」
ヨコヅナは口直しにオリアに教えてもらった店に三人と食べに向かった。
「モグモグ、ふはいほ!、はっひほみへほりばうへんふはいほひ、ほうもほほい!」
「何を言っているのか分かりませんが、何が言いたいのかは分かります。さっきの高級料理店よりもこっちの方が量が多く断然美味しいですね。ハァ~、値段は1/10以下なのですがね」
「この店の料理人、かなりデキますね…メニュー自体は定番ですが、それだけに技量が味に現れています」
「オリア姉が言うには隠れた名店らしいだよ」
「……料理以外にもっと気を配れば、隠れなくても名店になれると思うのですがね」
「…掃除は行き届いてると思うだよ」
「しっかり清掃して、店や物を大事にしていることは分かりますよ。それだけに…」
「モグモグ、ゴクンっ……いろいろと年期が入っておるの。正直言えばボロイ」
「オラはさっきの店より落ち着くだよ」
「それはヨコヅナ様の実家がボロイからです」
「私もこういう店は嫌いではありません」
「……ちゃんこ鍋屋がさっきの高級店みたいにはならぬだろうが、この店みたいに、完全に物が壊れるまで使い回す店にはなるかもの」
「私がそんな事させませんよ」
「……頼もしいの」
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