第179話 冗談を言ったつもりはないがの

 


「久しぶりじゃな……前回は一ヶ月以上前だったかの」

「ん?…そんなに前ではないだろヨコヅナの朝稽古にくるのは…」


 ヨコヅナ達が稽古をしている訓練場に訪れたハイネとカルレイン。

 カルレインの言葉に、首を傾げつつ否定するハイネ。


「こちらの話じゃ、気にするな」

「そうか……しかし、参加人数が少ないな…さすがに私が負わせた傷も治っているはずだが…」


 今日相撲の稽古に参加しているのは10人。一時期は30人を超えていたから、ハイネが手合わせをした以前と比べて20人以上戻ってきてない事になる。


「男でもやはり褌一丁で稽古するのは恥ずかしいものなのか…」


 人数が少ない理由を、「スモウを習うなら褌一丁で」と決めたのが原因だと思うハイネ。

 しかし、本当の原因は、 


「ハイネが怖いからじゃろ」

「はははっ!面白い冗談だな……ん、あれは…」


 カルレインの適格な本当の原因を笑い飛ばし、訓練場のいつもとは違う点に気づき、近づくハイネ。


「おはようございます、ハイネ様、カル様」

「おはよう、ラビス」

「うむ、おはようじゃ」

「そちらはラビスの知り合いか?」


 ラビスの隣に立っていたヘンゼンに視線を移すハイネ。ラビスと同じように黒い服装なので知り合いだと思ったのだが、


「いえ、こちらはヨコヅナ様のお知り合いです」

「…ヘンゼンと言います。部外者ながら見学させて頂いてます」


 ヘンゼンは事前にラビスから、訓練場にハイネ・フォン・ヘルシングが来ることがあると聞いていたので、将軍の突然の登場にもなんとか平静を保ちつつ失礼が無いように挨拶する。


「あぁ、ヨコヅナから一般人でも見学で訓練場に入れても良いかと以前聞かれたな…」


 ヨコヅナがこれを聞いたのは、もっと前にワコが訓練場に来た件でなのだが「邪魔しなければ構わんさ」とハイネは許可したのだ。


「どういった知り合いなのだ?」

「え~とですね……」


 言いにくそうにする、ヘンゼン。


「わははっ、そやつは以前ヨコと一緒に、貧民街に行ったときに絡んできた奴じゃな」

「…ほほ~、面白い出会い方だな」

「いえ、その時の事は謝罪して、仲直りしましたので……それで、ちゃんこ鍋屋に食べに行ったりもしまして…」

「……なるほど、大体分かった」

「そ、そうですか…」


 どう説明して良いか困っていたヘンゼンだが、ハイネが勝手に納得する。


「ハイネのはあまり当てにならんがの」

「どうせ、ヨコヅナのちゃんこを気に入って、店の常連になったとかそんな感じだろ」


 間違っているのだが、そう思って貰った方が好都合なので誰も否定しなかった。


「少なくともヨコヅナに害をなそうとしてない事は分かる」


 ヘンゼンがヨコヅナに敵意が無い事はちゃんと分かっているハイネは、


「では、私は手合わせをしてくるかな」

 

 三人を残してヨコヅナの元へ向かう。




「おはようございますだ、ハイネ様」

「ああ、おはようヨコヅナ………」


 ヨコヅナの身体をじっと見るハイネ。


「どうしただ?」

「…また、少し強くなったように見えてな」

「ん?特に変わっていないと思うだべが……見ただけでそんなこと分かるだか?」


 ヨコヅナも自分の体を見てみるが、変化してるとは思えない。


「いや、これは勘のようなモノだ……ヨコヅナはまだまだ伸びしろがあるからな。日を開けて手合わせをした方が楽しめる。では今回も、まず体を動かしておくか…」

 

 そう言ってハイネは、他の稽古に参加している者達に視線を向ける。

 だが、その視線を受け、参加している10人は…


 ザザザザっ…とヨコヅナの後ろに急いで隠れるように移動する。


「…何をしている貴様ら」


 ハイネの睨むような視線にビビりながらも、先頭のメガロ(先頭と言ってもヨコヅナの背に隠れている)が、


「え~と、ハイネ様と手合わせすると、この後の仕事に大きく支障が出ますので…」

「……確かに、前回はそうだったが安心しろ。今回は模擬剣は使わない、木刀で相手をする」


 前回のハイネとの手合わせで多くの者が仕事に支障が出たと聞いているので、今回はハイネも怪我をさせないように木刀で相手をするつもりだ。


「ほんとだべか!」


 ハイネのその言葉に嬉しそうに反応したのはヨコヅナだった。

 しかし、


「いや、ヨコヅナとの手合わせは模擬剣を使うぞ。特別扱いだ嬉しいだろ」

「そんな痛いだけの特別扱いは嬉しくないだよ」


 ヨコヅナのそんな言葉はハイネの耳には入らず、


「だから、ヨコヅナの背に隠れてないで、出てこい貴様ら!」


 ハイネにそう言われても誰も前に出ようとはしない。

 木刀か模擬剣かなど、ヨコヅナ以外には関係ないのだ。ハイネと手合わせした場合、何も出来ず気がついたら、攻撃を喰らって倒れているのだ。

 頭部に攻撃を受けた場合、記憶が飛んでいる者も少なくない。

 後の仕事の影響など関係なく、記憶が飛んでしまう稽古に意味などないのだ。

 待っても出てこない連中にハイネも怒り覚え、


「……良いだろう。まずはその、ヨコヅナの背に隠れていれば、私の攻撃を受けずにすむという甘い考えを叩き潰してやる」


 両手に木刀を持ち、戦闘態勢に入る。


「ま、待ってくださいハイネ様!」


 慌ててそう言ったのはレブロット。


「ヨコヅナは軍人でもない素人です、そんな相手に将軍ともあろうハイネ様が、準備万端でなければ手合わせ出来ないというのは、いささか問題があるかと…」

「む!……」


 その言葉を受けてハイネは動きを止める。


「……うむ、一理あるな……」


 さすが、幼馴染だけあって、ハイネの性格を分かっているレブロット。


「では、臆病者達は放っておいて、手合わせをするかヨコヅナ」

「ははは、…分かっただよ、ハイネ様」




 ヨコヅナとハイネが手合わせをする為に対峙するのを見て、


「本当にあの『閃光のハイネ』と手合わせしているのだな…」


 ヘンゼンは思わずそう口に出してしまう。

 それほどまでに本来ハイネは雲の上の存在なのだ。


「ハイネ様が稽古に来るのはたまにだけなので、運が良かったですね。…ですが、具体的には試合の解説では言わないでいただけますか?」

「ああ、分かっている、名前を出したりなどはしない。……情報屋の品にあるから、意味がないかもしれないがな」



 その後行われたヨコヅナとハイネの手合わせを見て、ヘンゼンはCランクの試合の時、ヨコヅナが痣だらけだった本当の理由を知る事となった。


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