第178話 知り合いではないのじゃな


「おはようございます、ヨコヅナ様」

「おはようだべ、ラビス」


 早朝、今日もヨコヅナはラビスと一緒に訓練場へ向かう。


「と言った感じで、清髪剤、ちゃんこ鍋屋ともに、現在売上減少傾向にあります」

「そうだべか……でもオラが厨房に立っててそんなにお客が減ってる感じしなかっただよ。特に最終日なんて、材料がなくなって早仕舞いになっただ」

「それはヨコヅナ様が厨房に立っているからです、一部では名物店主と言われていますからね。まぁ、裏闘での活躍で一時的に客は増加するかもしれませんが…」


 実際ヨコヅナが厨房に立つ最終日が早仕舞いになったのは、裏闘での活躍が起因している。


「『不倒』がちゃんこ鍋屋の店主だって誰かが言いふらしてるだか?」

「情報屋が売っているのですよ。『不倒』正体という情報を」

「……情報が金になるって聞いてただが、オラの情報が金になるとは思わなかっただよ」

「裏で派手にやらかした場合はよくある事です」

「違法賭博なのに、ほんとに大丈夫なんだべか?」

「現行犯でなければ捕まりませんし、これからはAランクなので、万が一にもないです」

「……姫さんは何も言ってきてないだか?」

「今はまだ何も。知らないのか…知っていて静観しているのか…」

「……知ってて怒りを溜めてるとかだと怖いだな」


 怒りを溜めているの場合、解放された時に本当に石抱きの刑で説教されそうだと考えてしまうヨコヅナ。

 

「ヨコヅナ様は次から、裏闘のAランクで試合をすることになるわけですが…大怪我をしないようお気を付けください」


 いつもの張り付けたような笑みも消して、ラビスが真剣な表情になる。


「ラビスがオラの身を案じるなんて、ハイネ様との手合わせ以外で初めてだべな」

「裏格闘試合のAランクには武九王と呼ばれるトップ選手がいます」

「九人も王がいるんだべか……」


 九人のコフィーリアに説教されるのを想像して、渋い顔になるヨコヅナ。


「王族とは全く関係ありませんがね……ですが、武の実力は将軍級と言われています」

「…ハイネ様も、将軍だべよな……」


 九人のハイネに双剣でボコボコにされるのを想像して、さらに渋い顔になるヨコヅナ。


「私も直にAランク試合を観ていないので成否の程は分かりかねますが、ヨコヅナ様でも無傷では済まない可能性は高いです」

「……Bランクの試合前にもデルファに似たようなことを言われただべか、問題なかっただよ」

「それは、ヨコヅナ様の実力を知らないからです、本当の実力を知っていればBランクでは5連勝単に上限一杯賭け以外の選択肢はありませんから」


 ケイオルクとデルファが話していた、Bランクでの至上最大の支払い金を受け取ったのは実はラビスであった。


「とは言え私も、『閃光』戦はもう少し手こずるかと思っていたのですけどね…」

「……オルレオンはほんとにあれで良かったんだべか?」


 一瞬、ヨコヅナは別の話をし出したように思えるが、ちゃんと会話は繋がっている。

 Bランク選手『閃光』の本名はオルレオン。ヨコヅナがちゃんこ鍋屋の厨房に立つ最終日に来た、顔面を包帯でグルグル巻きにして現れ、弟子入りを志願していた男が、『閃光』なのである。


「良いに決まってるじゃないですか。理由はどうあれ、弟子になるなら対価を払ってもらうのは当然ですから」


 オルレオンはどう考えても、料理人としてヨコヅナの弟子入りを志願したわけじゃないのだろうが、今はちゃんこ鍋の従業員となっている。


「話を戻しますが、いずれにせよAランクで大怪我はしないようにお願いします。ロード会はあくまでアルバイトなのですから」


 ラビスとしては試合に負けてロード会が大損したところでどうでもいいが、補佐として勝ってもヨコヅナが大怪我をする方が困る。


「まぁ、Aランクからは双方の同意で試合が決まりますので、強い相手とは戦わなければ良いだけですが…」

「戦う相手を決めるのはデルファだべが…勝機が乏しい相手とは試合は組まないと言ってただよ」

「そこはしっかりヨコヅナ様の同意を取ってから決定する事と、念を押しておいてください」

「わかっただよ」


 そんな感じでラビスと会話をしている内に、訓練場に着く。

 ただ、今日は訓練場の前に、黒い服を着た男がヨコヅナを待つように立っていた。


「おはようだべ、ヘンゼン早いだな」

「ああ、見学させてほしいと言っておいて遅刻するのも悪いのではな」


 立っていたのはヘンゼン、ちゃんこ鍋屋に来た時に「稽古を見学させてほしい」と、言われたのでヨコヅナが了承したのだ。


「あの実況の…ビックマウスは来てないんだべな」


 一緒にちゃんこ鍋屋にきたビックマウスも「俺も行くぜぇ!」とデカい声で言っていたのだが、


「どうやら、寝坊のようだ。すまないな」

「構わないだよ」


 ビックマウスはいると稽古のじゃまになりそうなので問題ない。

 会話の区切りだと見て、ラビスが一歩前に出る、ヘンゼンも視線をヨコヅナからラビスに移し、

 そして、


「始めまして、ラビスと申します」

「始めまして、ヘンゼンと言います」

「え、あ……二人は知り合いじゃないんだべな」


 ラビスもヘンゼンも同じコクエン流の使い手だが、別に知り合いではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る