なんでオラ、こんなとこにいるだ？

第173話 分かってない経営者もおるがの

「……『拳神』は生きてるかねェ」

　本日の二試合目は終わり、赤く染まった闘技台を係の者が清掃している。

「どうだろうな、運び出されてるときはまだ息があったようだが…」

「酷い奴だね、あそこまですることないだろうに」

「同感ではあるが……『不倒』と戦った後の『閃光』も虫の息だったぞ」

「あれはイケメン顔を潰すことが目的で命をとるつもりはなかったよ……多分ね」

　『閃光』はヨコヅナに何度も顔面を叩きつけられ、虫の息にはなったが、ちゃんと生きているし、順調に回復している。

「俺だったら死んでたと思うのだがな」

「イケメンでも調子に乗ってなければ、潰したりはしないよ……多分ね」

「そうか……今後『不倒』に近づくときは必ず護衛を連れて会うことにしよう」

　三大商会の一つと言われるブータロン商会の跡継ぎであるケイオルクは、調子に乗らないという選択肢は選ばない。

「話は戻すけど、あの『エムド』が推測通り魔素狂い化した選手だったとして、そんなマ人と言えない選手を試合に出して良いのかい？」

「今はまだないからな、魔素狂い化した選手の出場を禁止する規定は」

　「混血は選手として出場できない」という、規定はあるが、「魔素狂い化した選手は出場できない」という規定はないのである。

「今後の規制改正に期待だねェ」

「……それはそうと、前払いにたる情報は話したつもりだが」

　約束したヨコヅナとロード会との関係を話せと目で訴えるケイオルク。

「ボーヤとの関係と言われてもねェ……もう少し細かく質問してくれないかい」

「……そうだな。まず何故『不倒』はロード会に雇われている？」

「姉の手伝いをするためだよ」

「姉……あの耳長の混血の女か」

「血は繋がってないけどね」

　ヨコヅナが血液検査で混血でないと結果が出ていることをケイオルクは知っているので、姉と言っても血は繋がってないことは分かっている。

　何故姉と呼んでいるかなどの詳細はケイオルクには関係ない。

「『不倒』はコフィーリア王女に雇われているはずだ。その点はどうなっている？」

「そっちにも姉の手伝いをする為と伝えているらしいよ」

「そんな理由で許可されるのか？」

「許可されたから働いてるんだよ」

　デルファもヨコヅナがロード会に雇われることを承諾した時、同じ質問をヨコヅナにした。そしたら「同郷の姉貴分の仕事の手伝いをするって伝えてるだ」とだけ言われてそれ以上はデルファも分からない。

「聞きたいことはそれだけいかい？」

「フっ、まさか。『不倒』の本業にはロード会はどこまで噛んでいる？」

　ケイオルクの聞きたいことの本命はこれである、もっと正確に言えば……

「聞きたいのは清髪剤の事かい」

「そうだ。あの商品の将来的価値はかなり高い」

「私も同感だけど……ロード会はボーヤの本業には関わっていないよ。試供品を貰ったぐらいだね」

「やはりか。……では、ロード会と試合したところで意味はないか」

「そうだね、仮にロード会の資産を全て賭けて試合をして、アンタんとこの選手がボーヤに勝ったとしても、清髪剤の情報は手に入らないよ」

「……『不倒』の判断で清髪剤の情報を賭けるという可能性は…」

「無いだろうね。勝手なことをすると、ボーヤは王女様に石抱きの刑で説教されるんだとさ」

「何だそれは？……『不倒』とコフィーリア王女との関係性は知っているか？」

「それは別料金だねェ」

　約束したのは、ヨコヅナとロード会と関係、清髪剤の情報は貰った情報の対価として話したが、ヨコヅナとコフィーリアの関係は全く別問題の話だ。

「チっ……ロード会は『不倒』をいくらで雇っている？」

「ははは、随分即物的な質問だねェ」

「有益な情報がないんだ、これぐらい答えろ」

「教えたところで、何の問題もないから構わないどね…」

　デルファは先月、ロード会がヨコヅナに払った金額を教える。

「なん、だと！？」

　金額を聞いて驚くケイオルク。

　高すぎるから…ではない、

「何だその金額は！？、まるで日雇いバイトではないか！」

　逆に安すぎるからだ、仮に三倍にしたところで、平民の平均月給に満たない。

「そりゃそうさ…ボーヤは日雇いのバイト契約だからねェ。だからBランクで5連勝した時も日当分の金額だよ」

「…それは、さすがに嘘だよな」

「私は多めに払うと言ったんだよ、でもボーヤが「賞金貰ったから普通に一日分で良いだ」ってさ」

「…理解出来んな。……いや、ロード会は遊館も経営していたな」

　ヨコヅナが金ではなく女を要求したのかと考えたケイオルク。だが…

「ボーヤが遊館に行くことは姉が禁止してるから、あんたが考えてるようなことはないよ」

「……つまりそれだけ、『不倒』にとって姉は重要な存在と言う事か」

　ケイオルクは一人っ子なので、姉弟の関係がどういうものなのか分からないし、二人の関係の詳細はどうでも良い。

　重要なのは、ヨコヅナにとってオリアが強制力ある存在という点……

「オリアに手を出すようなら、ボーヤの前に私がアンタの顔を物理的に潰すよ」

　その言葉にケイオルクの傍に立っていた護衛と思わしき男が動く。

「止めろ！……」

　だが、ケイオルクが声を上げた事で直ぐに止まる。

「俺がそんな男だと思うか？」

「否定出来るほどアンタの事知らないんだけど…」

「それもそうだな……俺は女を利用する事はあっても見合った対価を払う、暴力や恐怖で従わすことはない」

　ケイオルクが言いたいのは、金銭を使ってオリアを引抜くことはあって、暴力で脅す様な真似はしないと言いたいのだ。

「その言い訳自体おかしいと思うんだけどね……まぁ良いさ、それで他に聞きたいことはあるかい？」

「そうだな……『不倒』とヘルシング家の関係は？」

「それも別料金だね。他に無いなら残りの対価を払って貰おうかね」

　金網闘技台の清掃も済んだようで、そろそろ三試合目が始まるようだ。

「……割に合わない買い物をしてしまったな」

　今ケイオルクが聞いた中で、確実性が高い情報は、

・ロード会と交渉しても清髪剤は情報は得られない。

・ヨコヅナは個人の判断で清髪剤の情報を賭けの対価とすることはできない。

・ヨコヅナは金では勧誘できない。

　の三つだけであり、全て出来ないことだ分かっただけである。

　あと、ロード会は仲間意識が強いと言う事も分かったが、それは元々情報として得ている。

「もっと利のある情報が欲しいなら、対価を積むことだね」

　情報には価値がある、それは上に立つ者ほど分かっている。