第172話 もう少し考えてから選任を決めた方がよかったの

「セァっ!」


 試合開始直後、先制したのは『拳神』、瞬歩で間合に入り、上段突きを『エムド』に喰らわせる。


「ケンシン流って瞬歩好きだね、ボーヤだったら瞬殺だよ」

「瞬歩に完璧な足払いを合わせるなんて真似、『不倒』以外に見た事ないがな」


 魔力強化を使える『拳神』の瞬歩は『拳人』よりもさらに速い、動きの遅い大型選手は対応が遅れるのも無理はない。ヨコヅナは別だが…

 

「ハァッ、セィッ…」


 続けざまに連撃を繰り出した『拳神』の攻撃は全てまともに入る。

 攻撃を喰らいながらも、苦し紛れのように殴り返そうとする『エムド』、だがその大振りの拳は受け流され、カウンターを叩き込まれる。

 次に『エムド』は両腕を広げて、捕まえようとする。だがその腕は『拳神』の体をすり抜けるように空をきった。

 ケンシン流【流水】の動きで回り込んだ『拳神』は隙をついて更に攻撃を叩き込む。

 

 観客はその光景に盛り上がり、


「いけぇ『拳神』!」

「何が二代目『狂腕』だよ」

「だたの木偶じゃねぇか!」


『エムド』を見かけ倒しだと思う者も出始める。


『瞬歩による速攻が成功し、開始早々から『拳神』の一方的な展開になったぁ!王都闘技大会のおり、『狂腕のヂャバラ』はケンシン流の選手を倒したそうですが、やはり、本物のケンシン流に腕力だけで勝つとこは出来ないのか!?』


 どこぞの騒音製造機と違い、一人で解説までこなす美人実況者。


 しばらく、一方的な展開が続いたが…皆が不自然な事に気が付く。

 『拳神』から前に出た為、開始時は『エムド』の方が金網に近かった、しかし今は『拳神』の方が金網に近い。


『これはどういうことだ?攻撃を受けている『エムド』選手が前に進んで、攻撃を加えている『拳神』が後ろに下がっているの!?』

 

 一方的に攻撃を喰らっているにも関わらず、『エムド』の重心は安定している。

攻撃のダベージは見た目よりずっと少ないのだ。


『変貌を遂げた『エムド』選手の体は筋肉の鎧のようだ!!』


「痛覚まで狂っているようだね」

「……だが、魔力強化により、人常でない頑丈さを有する者はAランクには多い。『エムド』の攻撃が当たらない以上『拳神』に勝つ事は無理だ」


 ケイオルクの言葉は間違っていない。

 いかに腕力が強かろうと、攻撃が当たらなければ勝てない。そして


「セァっ!」


 『拳神』は強烈な下段蹴りを、『エムド』の膝裏に叩き込む。

 その一撃で『エムド』の体がガクリと落ちる。


『効いたぁ!『拳神』選手の正確無比な下段蹴りが、筋肉の鎧の隙間を貫きましたぁ!!』


 下段蹴りはただ足を蹴れば良いわけではない、筋肉の切れ目となる部位がもっとも効果的で的確に衝撃を加える事が出来れば、足は破壊される。

 どれほど頑丈で、痛みにも強い選手であろうと、足が壊れれば立つ事は出来ない。 

 仮に戦意はあろう、足を壊され立ち上がれない姿は誰がどう見ても敗者、つまり裏格闘試合においても敗けとなるのだ。


 『エムド』の頑丈さには驚いた観客達も、やっぱり『拳神』の勝ちかと思い、

 『拳神』がもう一撃下段蹴りを叩き込もうとした瞬間、


「っ!」


 『拳神』の体が小さく浮き上がり、


 ドッ…ガァャンっ!!!


「がはっ!」


 殴り飛ばされ金網にぶつかり、呻き声を漏らす。


『なんと!?『拳神』が吹き飛んだぁ!!下段蹴りを放とうとするのに対して、『エムド』選手は自らも前に出て間合をつめ、近距離でのコンパクトな振り上げる拳で宙に浮かし、回避出来ない相手に渾身の拳を叩き込んだぁ!!!』


「…序盤の動きはブラフだったようだね」

「見た目が変貌していても、技術は健在か」


 エムドとヂャバラと大きな違いは、格闘の技術と戦術がある事だ。

 喧嘩屋と呼ばれていたエムドは、色々な格闘技を齧ったクチであり、それを元に数多の喧嘩経験で身についた格闘技術は決して低くない。

 とは言え、格闘技術で言えば、『拳神』の方が遥かに上、そこで『エムド』はあえて怪力と頑丈さしか能がないような戦い方を序盤行った。

 大柄で頑丈な相手への下段蹴りは確かに有効なのだが、それはセオリー通りとも言える。

 『拳神』の格闘技術が高くとも、何をしてくるかさえ分かれば、対応出来るだけの能力を『エムド』は有していた。

 そして、魔素狂い化によって強化された怪力をもってすれば、魔力強化を使える『拳神』であったとしても、たった二発の拳で、


『これは!?『拳神』選手の腕があり得ない方向に曲がっている!?』


 戦況を覆すのは可能なのである。


『浮き上がって回避出来ないながらも、腕てガードしていた『拳神』、だがそのガードした腕が壊されたぁ!。『エムド』選手なんという拳!!なんという剛腕!!』


 腕の痛みに動きが止まっている『拳神』に『エムド』は距離をつめ、横殴りの拳を叩き込もうとする。

 『拳神』は回避しようとするが、本来の実力を出した『エムド』の攻撃は無駄がなく速い、回避し切れず折れてない方の腕で防ぐも吹き飛ばされ床を転がる、まともには当たってない為、折れてこそないが『拳神』は無事だった方の腕も今の一撃で軽くない負傷を受けた。


「……ボーヤならここで攻撃を止め、降参を促すか、立ち上がるのを待つんだろうね」

「…フフっ、『拳神』がイケメンではないからか?」

「そうそう、ボーヤはブサイクには優しんだよ」


 別にヨコヅナはブサイクに優しいわけではないし、『拳神』の顔はちょっと強面だが普通に分類されるだろう。

 だが、デルファの言う様に両腕を負傷し倒れている試合相手に、ヨコヅナは攻撃を仕掛けない。

 裏闘ではそれは優しいではなく甘い行為と言われるだろう。


 そんなとどめを刺す絶好を機会を逃す選手など、他にいないのだから、


『倒れてるこの好機を見逃さず『エムド』選手が馬乗りになったぁ!両腕が負傷している『拳神』選手絶体絶命だぁ!!』


「があぁぁぁああ!!」



この後行われたのは、もはや試合ではなかった。 

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