第171話 まだ奢って貰ってないの…


『お待たせしました!Aランク、本日の第二試合目を開始いたします!』

 

 会場中に女性実況者の声が響き渡る。


「見た目も声も奇麗な実況者だねェ」


 どこぞの騒音製造機とは大違いである。


『東方コーナーに立つは!ワンタジア王国最多門下生を有する格闘技において、トップに立った経験を持つ、表世界の格闘王者!。ボント会代表選手ケンシン流の使い手『拳神』!!!』


 実況の選手紹介に会場客からワァァァ~と歓声が上がる、客層が変わっても盛り上がりは変わらないようだ。

 ボント会代表選手『拳神』はパフォーマンスのように拳を上げて、観客の声援に答える。


「……やっちまった登録名だねェ」 

「だが、『拳神』のAランク戦績は3勝1敗。新人潰しなどは一戦もない、中堅選手と言うのなら奴レベルだろう」

「表世界の格闘王者が中堅選手ね……その言い方だと、注目してるのはアイツじゃないわけだ」

「ああ、『拳神』は魔力強化こそ使えるが、戦い方はケンシン流。今さら研究する価値はない……注目しているのは対戦相手の方だ」


『対する西方コーナーに立つは!貧困街の喧嘩屋が変貌を遂げて帰ってきた。二代目『狂腕』との触れ込みは本当なのか?ザンザ組代表選手『エムド』!!!」


 次の選手紹介には歓声ではなく、どよめきが会場内に起こる。

 ケイオルクが注目している、ザンザ組代表選手エムドは肌が異様に黒く、血走ったような赤い目の男だ。


「二代目『狂腕』?……半年ぐらい前、Bランクでエムドを見た事あるけど、変貌と言うしにも変わり過ぎじゃないかい。肌や目の色まで違ってる」


 エチギルドを選手としてBランクの会場に通っていたおり、デルファはエムドの昇格試合を観ている。

 当時からエムドは筋肉質の引き締まった体格ではあったが、今金網の中にいるエムドはその時とは比較にならないほど筋肉が発達している。


余談だがエムドは本名で登録している、元々裏社会に生きる者は名を隠す必要などないので、名を上げる為に登録名が本名の者もいる。

 ただ、二つ名的な登録名をつけるのは、裏格闘試合の様式美的なものなので、隠す必要が無くても、偽名登録する者の方が多い。


閑話休題、


「まるで別人だが、血液検査によって本人であることは証明されたらしい。『狂腕のヂャバラ』は知っているか?」

「見た事はないけど、研究者よって肉体を改造された人間とかって噂は聞いたことあるね」

「それが噂ではなく事実だったと言う事だ。その研究者に資金提供をしていたのがザンザ組」

「で、エムドも同じ肉体改造をされたってことかい。二代目『狂腕』ってのはそう言う意味か…」


 ちなみに噂の研究者はもうこの国にはいない。コフィーリアにお尋ね者認定された為、ザンザ組に全ての研究資料を渡すのと引き換えに金を貰い、国外に逃亡したからだ。


「そういや、闘技大会でそのチャバラを倒したのが、ボーヤだって話だよ」

「俺もその話は知っている。だがエムドはヂャバラよりも圧倒的に強いという触れ込みだ」


 ヂャバラは研究の有用性を示す為にあえて、格闘経験のない一般人から選ばれた。それでも闘技大会本選の二回戦まで勝ち抜いている。

 ならば、素の状態で裏闘のAランク選手になれたエムドが肉体改造されれば、ヂャバラより圧倒的に強くなるのは道理。


「しかし、半年であんなに変わるなんて、死ぬほどドーピング剤を使っても無理じゃないかい」

「どのような肉体改造を行ったかの情報は秘匿されている。だた、血液検査の結果から興味深い推測がなされた」


 ケイオルクは受付係として働いて築いたコネを使って、裏闘から色々と情報を得ることが出来る、逆に言えば情報を得れるコネを築く為に働いてたのだが…


「魔素狂いではないか、とな」

「魔素狂い…人間が?」

「昔はよく研究されてたそうだ。だが、筋力は上がるが、狂って制御できず、数年で死に至るとかで、使えたもんじゃないって話だがな」

「……つまり噂の研究者は制御できる魔素狂い化を成功させたってことかい」

「推測の域は出ていないがな」


 そう言いつつも、ほぼ確定だと思っているケイオルク。


「以前のエムドのAランク戦績は0勝3敗、賭けの配当はエムドの方が圧倒的高いから、おすすめだぞ。俺もエムドに賭けている」

「Bランクでの上限賭け金が最低賭け金なんだ、簡単には賭けれないよ。見かけ倒しってパターンもあるしねェ」


 ギャンブル店を営んでるだけに賭け事に関するデルファの考えは手堅い。

 

「…そういえば、知ってるか?『不倒』の試合で、Bランクでは至上最大の支払い金があったそうだ」

「……本当かい?『拳人』戦での倍率は確かに高かったけど上限一杯賭けたとしても、至上最大額になるとは思えないんだけどね」

「一戦だけの倍率ならそうだ」

「……連勝単の賭け札を買った奴がいるわけかい…」


 連勝単の賭け札と言うのは、文字通り選手が連勝するのに賭けることだ。

 

「ああ、それも5連勝単に上限一杯賭けたそうだ」

「なっ!?……」


 四つの目を大きく見開いて驚くデルファ。

 連勝単のメリットは当然倍率が上がる事だ、連勝数が多いほど倍率は上がり、5連勝単に上限一杯賭けていれば、実際ヨコヅナは5連勝したわけだから、支払い金が史上最大額になったことには納得できる。

 驚く事なのは、Bランクの開始前はまだほとんど無名であるヨコヅナの5連勝単に上限一杯賭けたという部分だ。

 5連勝単の賭け札は、選手が4連勝して5試合目を戦わず、闘技台を降りた場合でもハズレ札となる、払い戻しすらない。

 前評判で魔力強化を使えると知られている選手だったとしても5連勝単に賭ける客など滅多にいない。

 

「ロード会の者かとも考えていたが、その反応からするに違うようだな」

「当たり前だろ……賭けた客の事は分かるかい?」

「若い女だと言う事しか分かん」


 5連勝単の賭け札を買ったその若い女はまず間違いなく、ヨコヅナの事をよく知る人物だということは容易に想像できる。

 デルファが色々な可能性を推測していると…


『第二試合『拳神』VS『エムド』スタート!!』


「おっと、今は目の前の試合に集中するべきだね」


 そう言ってデルファはいったん切り替え、目の前の試合に集中する。

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