第170話 そんなに価値があるとは思えんがの


 ヨコヅナがちゃんこ鍋屋でドラゴンヘットに白玉あんこを御馳走していたのと同刻、


「Aランクはまさに別世界だねェ」


 Aランク試合を観戦に来たデルファは、会場を見てそんな感想を呟いていた。

 会場には中央に金網闘技台があり、側に大きな銅鑼と砂時計があるのは今までと同じだが、それら以外はまるで違う。

 豪華な貴族のパーティー会場を思わせる内装をしていて、観客席一つにしても座り心地の良い高価な椅子だ。

 客層も一変し、Cランクで客席の大半を占めていた、ゴロツキのような客は見当たらない。しかもドレスコードまである。


「入場料を取られるとは思わなかったね」


 Aランク選手を有する組織であっても、代表選手の試合がない場合は入場料が必要であり、


「一人で来て良かったよ」


 しかも、結構高い。

 小さいとは言えロード会という一組織の会長をしているデルファも渋るぐらいの値段、観戦する客層も厳選される。


「ちゃんと元を取らないといけないね」


 そう言って無料で提供されている酒を呷るデルファに


「隣の席、いいかな?」


 声をかける男いた。


「好きにしな」


 隣に座る許可を求めるのに対して、見向きもせず応えるデルファ。


「今日は一人か?『不到』は来てないようだな」


 相手がそんな知ったような口を利くので、デルファが振り向くと、


「……なんだ受付係かい」


 C、Bの会場で受付係をしていた、ブータロン商会副会長ケイオルク・エル・ブータロンが隣に座っていた。


「受付の仕事はもう辞めた。遠慮せずケイオルクと呼んでいいぞ」

「別に遠慮なんてしてないけどね……」


 デルファは視線をケイオルクの後ろにいる人物に移す、スキンヘッドでサングラスをかけた長身の男が立っていた。

 男は蛇柄のスーツという個性的な服装ではあるが佇まいは隙がなく、かなりの腕前だと見てとれ、ケイオルクの護衛か、ブータロン商会の代表選手だと考えるデルファ。


「…それで何か用かい?アンタなら特等席でも観戦できるだろ」


 今デルファ達が座っている観戦席は上質だが一般客用だ、Aランクでは金を積めば特等席で観戦できる。


「Aランクの会場に来るのは初めてだろ、一人だと心細いだろうから相手してやろうと思ってな」

「…そいつはどうも」


 心細くなど全くないが、Aランクのことを知らないのは確かなので、情報収集の為に合わせるデルファ。


「始めてくるAランクはどうだ?」

「何処の貴族のパーティーだと言った感じだね、安くない入場料を取られたのは痛い出費だよ」

「大した金額じゃないだろ。提供されている料理や酒の質は高く、上流階級との繋がりを持てる可能性を考えれば、安いぐらいだ」

「三大商会と言われてるアンタんところと違ってウチは余裕ないんだよ……ただ、試合の方は嬉しい事に期待外れだね」

 

 何の描写もしていないが、実は現在進行形で金網闘技台の中ではAランク選手の試合が行われていた。


「ショボい試合だねェ、2勝2敗同士の試合でこの程度とは。ボーヤなら問題なく勝てそうだよ」

「奴等はAランク選手の中では底辺だ」

「……Aランクで2勝出来れば、中堅じゃないのかい?一応魔力強化も使えてるようだしね」


 デルファはショボいとは言ったが、それはヨコヅナと比べての話、身体能力だけを見れば常人の域を超えている。


「新人潰しをやっての2勝だ。魔力強化を使えるだけで慢心している奴はそうでもしないと勝ち星を上げれない」


 魔力強化と一言で称していても個人によって千差万別。拳で相手を殴るという動作一つとっても、強化される度合いは才能、練度によってもまるで違う。

 

「ウチとも試合してくれると思うかい?ボーヤは裏闘にまだ二日しか参加したことのないド新人なんだけど」

「あり得んな。僅か二日でAランク昇格、それもAランクでも活躍出来ると注目されていたあの『閃光』に圧勝を含めての5連勝。まさにビックルーキーだとその筋の情報屋が触れ回っている」


 C、Bのように裏闘が対戦相手を決めてるのとは違い、Aランクでは双方の合意のもと試合が行われる、つまり対戦相手は自分で見つけないと試合は出来ないという事だ。

 ケイオルクの言葉にヨコヅナの手ごろな対戦相手を見つけるは苦労しそうだと思うデルファ。

 それともう一つ気になったことがあった。


「……ボーヤの噂ってのは、強さに関する事だけかい?」

「まさか。脅威のビックルーキーという噂を撒餌に、その正体は?って部分で情報料をとってたよ。試合を観戦に来ていないという事は情報通り、今日『不倒』は本業のちゃんこ鍋屋の厨房にいるようだな」

「あんたも買ったのかい…時間が経てばタダ同然で入ってくる情報だろうに…」


 この手の情報は鮮度が命だ、ヨコヅナの正体程度の情報はすぐに価値は無くなるだろう。 


「金は使わないと入ってこないからな」

「金持ちは言う事が違うねェ」

「……だが俺が本当に欲しかった情報は売って無かった」


 それまで世間話のようは感覚で話していたケイオルクの言葉に、真剣身が混じる。


「ロード会と『不倒』との関係性までは入荷していないようでな」

「……なるほどね」


 ケイオルクがわざわざ隣に座りに来た本当の理由はこれ、情報屋が売っていない情報を得る為だ。


「まぁ、そんなこったろうと思ったよ……で、その情報はいくらで買ってくれるんだい?」

「フっ、そうだな……俺が知る限りの今日試合する選手と組織の情報、それと一試合だけ、渡りをつけてやる」

「……ふむ、悪くない対価だね。それじゃあ、前払いってことで次の試合の情報を貰えるかい」


 因みにショボい一試合目はとっくに終わっており、今は二試合目の準備中だ。


「良いだろう。次は俺も注目している試合だ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る