第169話 とある執事の下働き 14
昨日からヨコヅナが厨房に立っていて、客が目に見えて増えている。
だんだん暖かくなってきているのに、それでもヨコヅナのちゃんこ鍋を食べたいと言う客は多いようだ。
「ちょっと聞いてくれよ、ワコちゃん」
「エルリナさん、今日は忙しいから話てる暇ないよ~」
料理の注文以外でも従業員に話しかける客は多いが、今ワコが捕まったのは名前を知ってるぐらい常連の女性客だ。
緑色のモヒカンロングという奇抜な髪型で、冒険者をやっているらしく顔に傷がある。
見た目や職業から危ない人かもと初めは思われていたが、暴力行為などをしたことは今まで一度もないし、酔ってちょっと従業員に絡むことはあるが、楽しく話がしたいだけで、変な真似はしない。
今ではみんな無害な客だと認識している。
「ワコちゃんが相手してくれるなら、高い酒頼んじゃうぜ」
「ウチはそういう店じゃないだよ」
エルリナが座っているのは厨房前の席で、会話が聞こえていたヨコヅナがツッコむ。
しかしそんなヨコヅナの言葉は無視して酒を注文するエルリナ。
「え、ホントにこれでいいの?」
エルリナが頼んだのは本当に高価な酒だった。
この店は貴族も来店するので、平民では手が出ないほど高価な酒もメニューにある。
一般席であんな高価な酒が注文されるのは初めて見るな。
「今の私の懐はちゃんこよりも暖かいぜ」
……冒険で一発当てたのだろうか?
「…ヨコさん」
ワコの呼ぶ声に、ヨコヅナは仕方ないだなって感じの笑顔を返す。
次にワコは私のほうに視線をくれる、それに対して私は小さく頷く。
「忙しいから、少しだけだよエルリナさん」
「やったぜ!」
ワコが捕まってる分、私が動くとするか。
ただ話の内容は気になるな……
「この間偶然よ、大将に会ったんだけどさ、人前でほぼ全裸でだったんだぜ、尻とか丸出し」
「人聞き悪い言い方はやめるだよ」
「ほぼ全裸……あぁ、褌一丁だったんだ」
「え、ワコちゃんも知ってんの?」
「ヨコさんが稽古してるところ見に行ったことあるから」
「オラは稽古の時いつもあの格好だべ」
「いつもかよ!…それだけじゃねぇんだぜ、腕っぷしに自信ある野郎を4人も病院送りにしてよ」
「病院送り?……ヨコさん、ゴロツキにでも絡まれたんですか?」
「まぁ、そんなとこだべ」
「ふ~ん、ヨコさん強いから4人ぐらいちょちょいのちょいだよエルリナさん」
「いや、ちょちょいのちょいって…」
「私が見に行った朝の稽古でも、手合わせで軍人さん10人以上をバッタバッタと倒してたよ」
「どんだけだよ大将!」
「稽古では病院送りにはしてないだよ……オラは…」
「でも、野郎だけじゃねぇんだ。私も投げ飛ばされて、顔面殴られそうになったんだぜ。この乱暴な大将を叱ってやってくれよ、ワコちゃん」
「……エルリナさんとも手合わせしたんですか?ヨコさん」
「まぁ、そんなとこだべ」
「殴られそうになったってことは殴ってはいないんですよね」
「殴ってないだよ」
「だったら叱れることなんてないよ、エルリナさん。ヨコさんは乱暴でもないしね」
「いやいや、結構噂だぜ、ちゃんこ鍋屋の店主は客を文字通り放り出すって」
「それは全部他の人に迷惑かけるお客だよ」
「む~、何でそんなに大将を擁護すんだよ~」
「だって私、ちゃんこ鍋屋の従業員だし」
「はははっ、それはそうだべな。よしっと、ちゃんこ出来たから運んでだべワコ」
「は~い」
「ええ~、もうちょっと良いじぇねえか、高い酒頼んだんだぞ~」
「だからウチはそういう店じゃないべ、これ以上仕事の邪魔するなら、エルリナも放り出すだよ」
「また空いてるときにね、エルリナさん」
ワコが解放されたことで、余裕が戻る。
しかし、聞き耳を立てていたが、妙な会話だったな……
ヨコヅナとエルリナが手合わせしたと言っていたが、前後の会話から朝の稽古に参加したわけではないようだし…
しかも、他に男を4人病院送りにした……ヨコヅナは冒険者のチームと喧嘩でもしたのか?
「大将…」
エルリナが腕を上げて人差し指を一本立てるヨコヅナに見せる。
「ちゃんこお替りだべな」
この店ではちゃんこをお替りする場合、腕を上げて人差し指を立てるだけ意味が通じる。誰が決めたわけでもないが、自然とそうなったようだ。
「酒もお替りくれ」
「…その酒ほんとに高いだよ、大丈夫だか?」
エルリナはいつもは安酒をちびちび飲んでるだけだから、ヨコヅナがそう言うのも無理はない。
「大丈夫、大丈夫。大将のおかげで儲けたからよ」
「オラのおかげ……あぁ、そういうことだべか」
ヨコヅナのおかげで儲けた?……では喧嘩したわけではないのか…
「知った顔が金網ん中にいるんで、冗談半分で賭けたら勝っちまうからよ、儲けた分次も賭けてを繰り返したら、
「……あんまり大声で話すことじゃないだよ」
「……さっきもちょっと思ったけど。ハハ~ン、内緒にしてんだな大将」
「大っぴらに言える事じゃないべ」
「まぁ確かに、堅気の商売してる大将ならそうかもなぁ」
金網…、賭け…、堅気の商売しているヨコヅナでは公言できない…、ちょっと聞き捨てならない会話だな。
「これは私に口止め料払っとくべきじゃないかぁ大将」
何があったのか気になる会話だったが、現状も無視できない会話になっていた、ヨコヅナが脅迫されている。
「さっきオラのおかげで儲けたと言ってたべ」
「それはそれ、これはこれだ……それに金銭を要求してるわけじゃねぇよ。一品奢ってくれるだけで良いぜ」
「……そういうことするとラビスが怒るべからな~…」
暗黒メイドは性根が腐ってはいるが、仕事に関しては本当に真面目だ。例え店主のヨコヅナであろうと客に奢ったりするのを許したりはしない。
奢る事によって後に利益が見込めるのであれば話は別だろうが…
「あ、そうだべ……ヨルダックちょっと任せて良いだか?」
「はい、分かりました師匠」
「少し待ってるだよ」
「おう!楽しみにしてるぜ」
ちゃんこをヨルダックに任せてその場を離れたヨコヅナは、少しして戻って来て、
「はい、口止め料だべ」
そう言って小さい器をエルリナの前に置く。
……何だあれは?器の中には白くて丸いモノが数個に赤黒い豆を潰した餡がかかっていて、あと苺がカットして添えられている。
「師匠何ですかそれ?」
「白玉あんこに苺を添えてみただ」
「白玉あんこ?」
どうやら、ヨルダックですら知らない料理のようだ。
「ようは、甘菓子だべ。閉店後みんなで試食しようと思って持ってきただよ。…品書きにないから奢りにはならないべ」
ラビスにそんな言い訳が通じるとは思えないが…
「つまりデザートか…」
「女性は食後にこういうのよく食べるべ」
「また女扱いかよ、私は冒険者やってんだぞ、食後にデザートなんて頼まねぇよ」
「冒険者でも女性は女性だべ……でも、要らないって言うなら…」
「別に要らないとは言ってねぇ」
器を下げようと伸ばしたヨコヅナの手を払い、不満げな顔ながらも白玉あんこを匙で掬って口に入れたエルリナは、
「…お、これは…モグモグっ…なんかツルンとして新食感だな。……この赤黒いのがほのかに甘い、……苺と一緒に食べると酸味が良い感じにマッチしてるぜ」
奇抜な髪型と乱暴な言葉遣いからは想像できない良い食レポだな…、閉店後試食するが楽しみだ。
「甘ったるいデザートは好きじゃないが、これは悪くねェな……今回はこれで手を打ってやるよ大将」
「それはどうもだべ」
「……ん、待てよ。食後のデザートを出すってことは、さっさと帰れってことかぁ?」
「またのご来店をお待ちしてるだよ」
ヨコヅナが客に皮肉を言うとは珍しい……脅迫まがいの事をされては仕方ないか。
「ケっ、分かったよ」
席を立ち勘定を済ませるエルリナ。
「美味かったぜ大将、また来るよ」
「ありがとうだべ」
何だかんだ言いつつも満足そうな笑顔でエルリナは帰っていった。
……それにしてもエルリナとの会話、やはり気になるな。
「手合わせ」「金網」「賭け」「公言出来ない」これらの要素が全て当てはまり、そして「ヨコヅナのおかげて儲けた」となると…
ラビスは知っているのだろうか、ヨコヅナがラビスを欺けるとは思えないが…
いずれにしろ、酔っ払いの言葉だけでは真実性に欠けるな。
だがもし、私の推測があたっているのならば、直接姫様に報告する必要性がある。
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