第168話 デマと考える方が難しいの


「むぅ~、ほんとに酔ってないのに~」

「むぅ~、とか言ってる時点でかなり酔ってるよ」


 アイリィと清髪剤を奪い合ったりしていた辺りから、オリアは割と酔っている。


「ヨコちゃんは宮廷料理に師匠と呼ばれてるぐらいなんだから、素人の酔っ払いなんて足手まといなだけだわ」

「何よその言い方ぁ~……というかアイリィ、なんでそんなに詳しいのよ?」


 行ったことないのにちゃんこ鍋屋の細かい事を知っているアイリィ。


「……オリアからヨコちゃんの話を聞くよりもっと前に、私はちゃんこ鍋屋の情報を集めてたの」

「何でそんなこと…」

「ただの興味本位よ、ワンタジア王国で十指に数えられるほど人気の『酒姫』と呼ばれてた遊女が、突然遊館を辞めて、ちゃんこ鍋屋の働いてるって噂を聞いてね。本当なのかちょっと調べてたの」


 遊女の収入はまさにピンキリ、王国で十指に入るトップクラスともなれば、普通に一日で平民の年収以上を稼ぐ、そんな稼げる遊女が一料理店で働くようになったと聞けば、同業との者として気になるのも当然と言える。


「本当にそんな人気の元遊女が店で働いてるの?」

「いるみたいよ、素性は隠してるっぽいけど…」

「そんな美人の元遊女がいたら、隠してもバレるんじゃないかい?」


 デルファがそう言うのも当然ではあるが、


「あの店の予約客は上流階級の者も多いから、接客係は高級遊館も顔負けなぐらい美女揃いって話よ」


 王女やヘルシング家のコネをつかって派遣された接客係は、人気の遊女と比べても見劣りはしない。


「……料理店を模した、そういう店…じゃないよね」


 オリアの言うそういう店とは、一見には健全な店だが、上客には女性からの特別なサービスがある店のことだ。

 ヨコヅナが経営している店がそんな店とは思いたくないオリア。


「違うみたいよ。そう勘違いして、接客係にちょっかいを出した貴族の客が、頭を鷲掴みされて片手で物みたいに玄関まで運ばれたとかなんとか……さすがにデマだと思ってたんだけど…」

「…そうね、デマ、だと思いたいけど……」


 自分の店の女性従業員が、乱暴されてる場にヨコヅナが駆け付けたと想定するなら…


「さっき「ヨコさん」とか言ってたけど何なんだい?」

「ちゃんこ屋のは従業員からそう呼ばれるって聞いてね。ちなみに主義者を放り出したのも、貴族の頭を鷲掴みしたのもそのらしいわ」

「「それは言わなくも分かる」」

「でも、が厨房に立ってるときは客も増えるみたいよ」

「……普通そんな暴力店主がいたら、客足途絶えない?」


 暴力騒ぎをよく起こす店主がいる店なんかに客は来ない。普通であればだが、


「それが良い方向に解釈された噂ばかりなのよね、「店主は誰かを助ける為にしか、力を振るわない」とか、まるで情報操作がされてるみたいに…」

「……後ろ盾を考えるなら、情報操作もあるかもね」


 王女という後ろ盾があり有能な黒いメイドがいるちゃんこ鍋屋は普通ではない。


「王女様やヘルシング元帥が好評したとか、宮廷料理が作ってるとか色々あるけど、あのちゃんこ鍋屋が人気の本当の理由は…」

「ちゃんこ丼、出来ただよ」

「「「「「「わーい!!」」」」」」


 丁度ちゃんこ丼を持ってきたヨコヅナを指さして、


「こんな感じでニコニコと美味しい料理を作って、大人にも子供にも好かれる、気は優しくて力持ちの名物店主がいるから、って一部では言われてるわ」


 ちゃんこ鍋屋は良くも悪くもヨコヅナあってこそのちゃんこ鍋屋、これは今働いている従業員や、古参の常連客の共通認識であった。


「ボーヤは想像の斜め上を行くから、否定は出来ないねェ」


 ちゃんこ鍋屋の人気の理由が真にヨコヅナにあったとしても不思議ではないと思うデルファ。


「ちゃんこ鍋屋の店主か~、それなら納得できるかな」


 言い方の違いではあるが、「人気料理店の経営者」ではなく「ちゃんこ鍋屋の店主」であれば、ヨコヅナの本業として納得できるオリア。


「ヨコが店にいるなら、私も行っても見ようかな」


 ロード会の今後を決めかねない裏格闘試合の情報集めには行く気はないが、弟分の店に食べに行こうとは思うオリアだった。

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