第167話 予定が空いてても行かぬがの


「それじゃ、清髪剤の方は私が責任をもって預かるわ」

「何一人占めしようとしてるのよアイリィ」

「一人占めなんてしないわよ、ちゃんと店の女の子達と分けるわ」

「私も使うから、よこしなさいよ」

「オリアは弟のヨコちゃんからいくらでも貰えるじゃない」

「そんな厚かましいこと出来るわけないでしょ!」


 清髪剤を奪い合うオリアとアイリィ。

 そんな二人を他所に、


「ボーヤ、三日後に他のAランク選手の試合があるんだけど見に行かないかい?」

「三日後…だと無理だべな」

「本業の仕事で忙しいかい?」

「オラ明後日からしばらく、ちゃんこ鍋屋の厨房に立つ事になってるだよ」

「あれ…、経営者なのにヨコが店でちゃんこ作る時もあるの?」


 アイリィとの奪い合いを止め、会話に加わるオリア。


「そうだべ。予定でも無理な日にしてるはずだべ」

「それは分かってるんだけどねェ…」


 デルファは事前にヨコヅナが仕事に入れる予定表はもらっていて、三日後が無理な日なのも分かっている、それでも出来ることならAランク試合の雰囲気を味わって情報も集めたいから提案しているのだ。


「オリアはどうだい?」


 オリアが来るならヨコヅナも来るかもと思いデルファは声をかけるが、


「ううん、ヨコが行かないなら私も行かない」


 オリアが裏格闘試合に行くのはヨコヅナを心配してるからであって、ヨコヅナの試合がないなら寧ろ行きたくないと思っている。


「はぁ~、ヨコちゃんはともかく、オリアはもっと真剣に考えたらどう?裏闘でのAランク試合の重大さ分かってないの?」

「Aランクと言っても、結局やる事は今までと同じで賭け試合でしょ」

「賭け金が桁違いよ、上手く勝ち続ければロード会を何倍にも大きくできるわ」


 実際に裏闘でのAランク試合の賭けに勝って、大きくなった組織はいくつもある。

 しかし、


「逆に一夜にしてロード会が消える可能性もあるでしょ。欲をかき過ぎて急いて稼ごうとすれば、ギャンブルは負けるの」


 欲張って大賭けし、負けて潰れた組織も数えきれないほどある。

 今のロード会の規模では一試合で潰れる可能性は十分にある。代表選手が弱ければだが…


「だからこそ情報を集める為に、他の選手の試合を観に行きなさいよ、何よりも重要なのが情報」

「そこまで言うならアイリィが行けばいいじゃない?」

「行けるなら行ってるわ、あそこの連中縄張り意識が強いから面倒なの…」

「縄張り?」

「ヨコちゃんも会場で女達に言い寄られたんでしょ。それらは裏闘で客をとってる遊女、スカウトマンを兼任してる遊女なんかもいるわ」

「……でもそれ、男に声を掛けなきゃ良いだけじゃなの」

「それだと私が行く意味がないわ」


 アイリィの情報収集は男性に対しての色仕掛けが基本だから、それが出来ないのでは行く意味がない。


「私だって格闘試合観ても、たいした事分かんないし」

「ボーヤが一緒に来てくれるのが、一番なんだけどね…」

「だからオラは無理だべ。オラのちゃんこが食べたいと言って予約してくれてるお客さんもいるから、予定は変えられないだよ」

「……それじゃ仕方ないねェ、私が一人で行ってくるよ」


 諦めて一人で行くことをするデルファ。



「……料理減ってきただな」


 大量に作ったつもりだったが、テーブルにある料理は残り少ない。


「ちゃんこ丼作ったらみんな食べるだかな」

「ちゃんこ丼って?」

「ちゃんこにとろみをつけて米にかけた料理だべ。店でも出してるだよ」

「ボーヤがこう言ってるけど、みんなまだ食べれるかい?」


 デルファのその言葉に、みんなが声を合わせて、


「「「「「「食べれる~!!」」」」」」

「はははっ、分かっただ。台所行って作ってくるだよ」

「本当に悪いね、ボーヤの昇格祝いなのに…」


 忘れそうになるが今日の祝いはヨコヅナの昇格祝いである。


「構わないだよ。みんな美味しそうに食べてくれるから、オラも嬉しいだよ」

「ふふ、さすがね」

「……詳しいだな。アイリィも店に食べに来たことあるだか?」

「店前までは行った事あるけど、私並ぶの嫌いだから止めたわ」

「お客さんの回転が早いから列の長さの割に待ち時間は少ないだよ」

「そうなの。でもヨコちゃんが作った方が美味しいなら、店に行く必要はもうないわね」

「はははっ、お客さんを減らしてしまっただな」


 そう言って立ち上がり、台所へ向かおうとするヨコヅナ。


「ヨコ、手伝おうか?」

「オリア姉はお酒飲んでるから、座ってて良いだよ」


 祝いの席なので当然お酒も用意されているし、オリアもお酒が入っている。


「そんなに酔ってないよ」

「酔っ払いはみんなそう言うだよ」


 ヨコヅナはそのまま返事を聞かず、台所へと向かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る