第153話 「ありえない」、なんてことはありえないのじゃ


『決まったぁ!!『不倒』選手の発勁が『デストロイヤー』の防御態勢を打ち崩したぁ!!!』

『……まさか!?ありえない!』

『まさかの『不倒』の発勁に、しかも一撃で『デストロイヤー』が倒れた事実にヘンゼンも「ありえない!」発言だぁ!!』


 ヨコヅナが発勁を使い、一撃で『デストロイヤー』が倒れたことに、ヘンゼンが驚いていると思ったビックマウスだが、


『違う……』

『何がだ?』

『あれは発勁ではない、コクエン流の破撃だ』


 ヘンゼンが驚いたのはヨコヅナが使ったのはコクエン流の破撃だったこと。


『同じだろ、コクエン流はケンシン流の派生格闘技…』

『違う!』


 強く否定するヘンゼン。


『ケンシン流がコクエン流から派生した格闘技だ!』

『っ!?そんな怒んなよ……』


 ワンタジア王国では圧倒的にケンシン流の方が広まっている為、源流がコクエン流だと言っても信じている者は少ない。

 この会場でヘンゼンの言葉を真実だと思っているのは、「その通りです」と呟くように同意した観客席にいる、黒い服に身を包んだ混血の女性ぐらいだ。


『だったら発勁と破撃がどう違うか、解説頼むぜヘンゼン!』

『……構えが少し違う』

『……ん?他は?』

『一緒だ』


 発勁と破撃の違いは拘りのあるコクエン流の者にしか分からない。


『発勁より破撃の方が威力が高いとかじゃねぇのか?』

『一緒だ』


 しかも構えが違うからと言って威力に違いが出るわけではない。


『破撃だから『デストロイヤー』が一撃で倒れたんじゃねぇのか?』

『使い手の力量、つまり『不倒』だから『デストロイヤー』を倒せるほどの威力なのだ』


 どんな格闘技のどんな奥義であろうと威力は使い手次第。

 発勁も破撃も掌を添えた状態から放つため、重要となるのは速度や腕力より地面を踏み込む力、つまり脚力だ。

 そしてスモウが最も重点的に鍛えるのは足腰、技術的に見ればヨコヅナの破撃は完璧には程遠いのだが、威力は絶大なのである。


『一体誰から『不倒』はコクエン流を……』


 王都でコクエン流の使い手は少ないだけに同流派での繋がりがあり、誰かが『不倒』ほどの実力者に技を教えたとしたらヘンゼンに話が回って来ててもおかしくはないのだが、そんな話は聞いたことはなかった。


『いや、そんなことよりも、『不倒』は重大な過ちを犯している!』

『おおっ!!マジか!?。『不倒』の弱点でも分かったのか!?』

『やつは何故…』


 ヘンゼンらしくない熱の籠った声に会場中が傾聴する。


『黒を身に着けていない!、コクエン流の技を使っておきながら白い褌などあり得ない!!」

 

『「「「「「「「「「…………?」」」」」」」」」」』「同感ですね」


 会場中のほぼ全員(黒い服に身を包んだ混血の女性が除かれる)に「何言ってんだ?あの解説」といった目線を向けられるヘンゼン。


『第三試合は圧倒的投げの技術とコクエン流 破撃にて『不倒』選手の勝利だぁ!!!』


 ビックマウスは意味不明なヘンゼンの拘りを無かったことにして、ヨコヅナの勝利を宣言した。



「おめでとう!やっぱりデカいだけのデブなんてヨコの敵じゃなかったね」


 コーナーに戻ってきたヨコヅナにそう声を掛けるオリア。

 決しては『デストロイヤー』は弱くないだが、今の試合を見た限りではデカいだけのデブと言われても否定できない。


「お疲れさん。ははっ、ボーヤは桁が違うね」

 

 デルファは『デストロイヤー』に勝つ事の難しさも、それを難なくやってのけたヨコヅナの凄さもちゃんと分かっていた。Aランクに上がっても簡単に負けないという事も証明された。


「でもヨコ、何でコクエン流とかいう格闘技を使えるの?」


 オリアとしてはヨコヅナがスモウ以外の格闘技を使った事の方が驚きであった。


「使えるのはあの技だけだべ、合間に練習してただけでコクエン流のつもりもないだよ」


 ヨコヅナとしては、違う打ち方の張り手、ぐらいの感覚であってコクエン流を使ってるつもりなどない。

 

「そうなんだ。まぁヨコにはスモウが一番似合ってるものね」

「はははっ、オラもそう思うだ」


 オリアとヨコヅナの微笑ましく姉弟のやり取り。

 そんな最中、裏闘の運営は大変な事態にてんやわんやしていた。





 余談ではあるが、


 朝のスモウの稽古の時、基礎鍛錬が終わった後、手合わせまで少しの間休憩となっているのだが、ヨコヅナは別に休憩は必要ない。

 なのでを見た事も喰らった事もあるヨコヅナ(喰らったのはなのだがその時のヨコヅナに違いは分からない)は、張り手の威力を上げる参考になるかと思い、他の者が休憩してる合間にの練習をしていた。

 それを見たラビスが、


「それでは駄目です」


 と言って、構えを修正し細かく指導した為、ヨコヅナはを使えるようになったのだ。

 技術的には未熟でも怪物と言われるほどの脚力にて放たれるは、木打ちの丸太を一撃で破壊する威力であった為、ヨコヅナはあまり人に向けて使わない方が良さそうだとも思っていた。なので対人戦で使ったのは『デストロイヤー』が初めてである。

 

 がある程度形になったある日、ラビスから、


を使うなら黒い褌が必要ですね」


 と言われたのだが、


「褌の代わりは十分あるから、新しいのは必要ないだよ」


 とヨコヅナが返したら、ラビスにしては珍しくとても不満そうな顔をしていた。



「こんな大勢の観客の前でを使うのであれば、やはり黒い褌は必須ですね』


 会場でヨコヅナの試合を見ていた、黒い服に身を包んだ混血の女性はそう呟き、自腹で黒い褌を買う事を決心したのだった。

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