第152話 実は練習していたのじゃ
「ぶっ潰してやるだブー!!」
持ち上がれて床に叩きつけられるという、八大デブ将にとって屈辱的攻撃に、『デストロイヤー』は怒りのまま大振りで拳をヨコヅナに振り下ろす。
その拳をヨコヅナは半身になってかわし、同時に自分の腕を相手の脇に通す。そして相手の拳を振り下ろす力の流れも利用して、掬い投げで『デストロイヤー』を投げ飛ばす。
「ブひっ!?」
天地が逆転する『デストロイヤー』、しかも丸い体のせいで勢いが止まらず、ゴロゴロと転がり、
ガッシャーン!!と金網に激突する。
『投げたぁ!!『不倒』選手巨大な『デストロイヤー』を投げ飛ばしたぁ!!何てパワーだぁ!!?』
『いや、……力だけではない、技術による投げだ。『デストロイヤー』が拳を突き出す力を利用して投げている。……そうだ、思い出した』
ヨコヅナの技術の高い投技を見て、過去に観たある試合を思い出すヘンゼン。
『思い出したって、何をだよ?』
『本当の『不倒』の戦い方をだ』
「ブ、ぶふふっ。足を滑らしただブ」
派手に投げ飛ばされたのが余程恥ずかしいのか、またも言い訳を口にする『デストロイヤー』。
「ぶっ飛ばしてやるだブー!!」
懲りずに前に出て拳を振るう、今度は横殴りの一撃。
ヨコヅナはその拳を屈んでかわし、相手に組み付ついてベルトを下から掴む、そして開くように体を捌いて、下手投げで『デストロイヤー』を投げようとする。
「そう何回も投げられないだブ!」
三度目ともなれば、『デストロイヤー』も投げ技が来ることぐらい分かる、投げられないように腰を落として踏ん張る。
だが、ヨコヅナは『デストロイヤー』が踏ん張る事を読めていた。
素早く自分の足を相手の足の後ろにまわし、先ほどまでとは逆の、背中側へ引くように投げる【切り返し】。
『デストロイヤー』は予想外な後方への浮遊感ののち、後頭部から硬い床に落ちた。
「ブぎぇぁっ!」
『また、投げたぁ!!!しかも今回はなんか凄かったぞっ!!ヘンゼン解説頼むぜぇ!』
『……投げの連続技だな。『不倒』は組み付いて前方に投げようとした、三度目なので反応が間に合い『デストロイヤー』は踏み止まれたが、前方に倒されるのに抵抗するには当然後方に力を入れることになる。『不倒』はその力の方向を読み、素早く足の位置を入れ替え後方に引くようにして投げたのだ。理屈だけを言えば難しくもないのだが、それであの巨体を中に浮かせるとか神技モノだな』
『神技発言キタコレッ!!!』
今までの試合が一瞬で終わっていたからか、
ド派手な投げ技が見栄えするからか、
ピートアップするビックマウスの実況と適切なヘンゼンの解説がマッチしているからか、
ワワアァぁぁぁァっ!!!と会場の観客達の盛り上りは留まるところを知らない。
『さっき言ってた本当の戦い方ってどういう意味なんだ?』
『そのままの意味だ、『不倒』の得意技は組み合ってからの投げだと言う事だ』
『……じゃあ、今までの2試合、いや、Cランクも合わせれたら7試合か、それらは……』
『例えるなら、俺がコクエン流を使わない、『拳人』がケンシン流を使わない、つまり格闘家が格闘技を使わず戦っていたようなものだ』
『マジかよ!?……ほとんどバケモンだな!』
『実際『不倒』を怪物なり、妖怪なりと呼ぶ者もいるからな』
「解説が言ってる事、本当なのかい?」
「え?……私も冗談半分で「ニーコ村の怪物」とか言ったけど、ヨコは本当に唯のマ人よ」
「そこじゃないよ…」
バケモノとか怪物とか妖怪とかが聞こえたから、オリアはてっきりヨコヅナが本当にマ人なのかに疑いを持ったのかと思ったのだが、デルファが聞きたいのはそこではない。
「ボーヤが格闘技を使わず今まで戦っていたってところだよ」
「あぁ、それね……スモウに投げ技が多いのは確かだよ、でも格闘技を使ってないは言い過ぎかな。ヨコの手の平ってまるで石のみたいに硬いの」
「……エフやジークも言ってたね、とてもマ人の手とは思えないって」
「そうね。でも子供の頃は普通に柔らかい手だったんだよ」
ヨコヅナがまだ背が低く、まん丸い体型でだった頃は普通の手の平だった。
「手の平で叩くのも名前のあるスモウの技なの。ヨコは毎日、毎日、大木に手の平を叩きつけてた、皮膚が破れて血まみれになっても続けてた……」
ヨコヅナがスモウの鍛錬に本気で打ち込み始めた頃の事を思い出すオリア、怪我してるから辞めるように言っても聞かず、必死に鍛錬を続けていたヨコヅナの姿を……
「それであんなに硬くなったの」
日々の厳しい鍛錬を続けたから、ヨコヅナの手の平は石のように硬く頑強になったのだ。
「だから正真正銘今までの試合も、ヨコの、スモウの戦い方だよ。相手によって戦い方を変えてるだけでね」
「なるほどねェ。相手によって最適な戦い方を……ん?」
納得しかけたデルファだが首を傾げる。
普通、動きの速い小さい相手は捕まえて投げて倒す。動きの遅い大きい相手は、素早い回避と打撃で倒すのが定石だ。
「逆だったように思えるけど、まぁ勝ってるからいいかね。……それより、もう一つ聞きたいんだけどオリア」
大切なのは
「どうしてボーヤは倒れた相手に攻撃しないんだい?」
今もまだ試合の最中なのだが、動きがない。
『デストロイヤー』は後頭部を床にぶつけた痛みで、すぐに立ち上がれないのは分かるとしても、何故ヨコヅナがこの絶好の機会に攻撃しないのかが分からないデルファ。
「……スモウって、足の裏以外が地面に付い時点で負けなの。だから倒れた相手に攻撃はしないってヨコが昔言ってた」
「……はぁ~、スモウの勝敗は知らないけど、裏格闘試合ではあれは勝ちじゃないだよ」
オリアの説明に呆れつつデルファは金網の中にいるヨコヅナに叫ぶ。
「ボーヤ!引き分けでも5連勝は出来なくなるんだよ!」
「あ!、そうだったべ……」
身長210に体重230の投げごたえある相手に目的を忘れかけていたヨコヅナ。
しかし十分回復する間があった為『デストロイヤー』が立ち上がる。
「貴様が強い事は分かっただブ。でも俺様が相手の時点で勝ちはないだブ」
まだそんな強がりを口から出す『デストロイヤー』しかし、それには理由がある。
『立ち上がった『デストロイヤー』、コーナーに移動したぞ、これはまさか!?』
『フン、お得意の防御体勢か……』
コーナーに移動した『デストロイヤー』は金網の角を背にして、両腕で上げて頭を守るように構えをとる。
「素手の相手に防御体勢になるのは初めてだブ」
自分からは攻撃をしない防御特化した体勢、勝ちを捨てて引き分け狙いに切り替えた『デストロイヤー』。
『そういや、『トンファー』が大型選手には毎回完封勝利って言ってたけど、『デストロイヤー』には負けてたよな』
『あの試合を『デストロイヤー』の勝ちと言う奴は格闘家ではない』
『トンファー』の2敗(今は3敗だが)、のうち1敗の相手は『デストロイヤー』。
その試合で『トンファー』は一度としてまともに攻撃を喰らってはいない、終始『トンファー』の優勢な試合展開で『デストロイヤー』は終わった時体中痣だらけだった。
しかし勝者は『デストロイヤー』。
裏闘のルールでは武器有りと武器無しとの試合の場合、どれだけ武器有りの優勢な展開であったとしても、時間切れで試合終了の場合、武器無しの勝利となるからだ。
『しかもあの防御態勢は、相手を実力で倒すことを諦めたと同義だ』
『トンファー』との試合でも早い段階で『デストロイヤー』は今の態勢で試合終了まで攻撃を耐えしのいだのである。
『俺は格闘家じゃねえから、勝つための戦法としてはアリだと思うけど……『不倒』は武器無しだから、このまま時間切れになってもただの引き分けだよな』
『ああ、引き分けで無効試合扱いだ。若い新人に負けることがカッコ悪いとか思ってるのだろうな。今でも十二分にカッコ悪いがな』
ヘンゼンが解説に呼応したわけではないが、
「ビビってんじゃねぇ!デブ」
「縮こまるってないで戦えやぁ!ブタ野郎!」
「勝つ気ねぇなら降りろや、八大デブ将!!」
それまで盛り上がっていただけに、会場に壮大な野次の嵐が巻き起こる。
「凄い野次ね」
「見てる観客もつまらないからねェ、……『デストロイヤー』は意に介してないようだけど」
この程度の野次は今までも散々浴びている『デストロイヤー』、脂肪だけでなく面の皮も厚い。
「さてボーヤはどうするかねェ」
「ブふふふぅ、俺様はこの防御態勢になって負けたことないだブ」
「どんな攻撃を喰らっても倒れない自信があるってことだべか?」
「貴様とは脂肪の厚みが違うだブ」
「……まだ分かってないみたいだべな」
ヨコヅナはゆっくり歩いて『デストロイヤー』の正面に立ち、
「オラとあんたでは脂肪の質が違うだよ」
『デストロイヤー』の弛んだ腹に手を添えて構えをとる。
『防御態勢の『デストロイヤー』の腹に手を添えた『不倒』選手、この光景は見た事あるぞ。ケンシン流の選手がよくやる発勁の構えだぁ!!』
ケンシン流は王国で最も広まっている格闘技だけに、裏格闘試合でも元ケンシン流の選手は多く、奥義と言われる発勁も度々使われており、
「ブふふふぅ、発勁なんて何度も喰らってるだブ。そんな技は俺様には効かないだブ」
『デストロイヤー』も何度も発勁を喰らったことあるが倒れた事はない。
「発勁ではないだよ」
ヨコヅナは床を強く踏み込み、膝、腰、肩のひねりで力を掌で叩き込んむ。
コクエン流 【破擊】
ボオぉぉんっ!!と格闘試合では聞きなれない音が会場に響く。
「…ブ、ぶへぁ、ぁ」
口から血を吐き出し、崩れ落ちるように倒れる『デストロイヤー』
「……やっぱりこの技は人に使うべきじゃないだな」
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