第147話 寧ろ貪欲じゃな


「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」


 予想外な衝撃音と信じられない光景に会場が静まり返る。

 闘技台に倒れ伏し立ち上がる気配のない『拳人』とそれを見下ろすヨコヅナ。


「………え!?終わり?」


 思わずCランクの時と同じ事を口に出してしまうオリア。

 試合の内容も結果もなのだから仕方がない。


「また瞬殺一撃KOなんだけど…」

「……一撃じゃないよ」


 デルファはなんとかそう答えるも、目の前で起きた試合内容を信じられないでいた。



『……ウッソだろ!?マジかぁ~!散々前置きしておいてこれかよ!!』


 不釣り合いな8勝2敗のトップ選手だとか、裏闘の運営の考えやら言っておいて、


『なんと『不倒』選手!、Cランクでの5連勝に続き『拳人』までも瞬殺一撃KOで沈めたぁ!!!』


 ビックマウスの実況で観客達も目が覚めたようでワアァァっ!!!と会場に割れんばかりの歓声が巻き起こる。

 そんな歓声の中、


『……いや、一撃ではない』


 ヘンゼンもまた驚きの表情をしながら、デルファと同じ言葉を口に出す。


『そうなのか?正直速すぎてよく見えなくてよぉ』


 オリアもビックマウスもその他大勢の観客達も、試合内容はヨコヅナと『拳人』の動きが速すぎてほとんど見えていない。

 動きが見えた時には、ヨコヅナが張り手を打ち終わった体勢で『拳人』は倒れていた、だからCランクと同じで瞬殺一撃KOだと思ったのだ。


『……ふっ、そんなので実況が務まるのか」

『イタた~、キビシイぃ一言だぜぇ!!でも俺は盛り上げ役だ、解説を頼むぜヘンゼン!!』

『まぁ、見えていなくても仕方ない、それ程までに『拳人』の瞬歩は速い』

『そうそう!開始と同時に『拳人』が消えたかと思ったぜ……でもよ、つまりその速い動きに『不倒』がカウンターで掌底を合わせたって事だろ、やっぱ一撃じゃねえか』

『いや、カウンターが掌底打ちだったなら、『拳人』はかわすなり防ぐなり出来ただろう』

 

 瞬歩は速いが知っていればカウンターを合わせることも可能。それは裏闘で数多の強敵と渡り合ってきた『拳人』も分かっており、瞬歩へのカウンターも想定してはいた。

 

『掌底で倒したんじゃないのか?』

『決定打は掌底打ちだ、しかしその前に『拳人』は一撃受けている。その一撃とは、』


 ヘンゼンは少し勿体ぶって一拍間をおいてから、


『足払いだ。『不倒』は『拳人』の瞬歩に完璧なタイミングで足払いを合わせたのだ』

『な、な、なんだってぇ!!!……ってそれ、そんなに凄い事なのか?』

 

 ヘンゼンが勿体ぶった言い方をするから、大げさに驚いたビックマウスだが、その凄さが分かっていない。


『瞬歩に対して足払いは有効と言える』


 瞬歩はその速さ故に視界が狭まり足元は死角となるからだ。


『だが、それには予備動作の少ない瞬歩の初動を見切らなければならない」


 しかし速いだけに動いたのを見てからでは間に合うはずがない。

 つまりヨコヅナは『拳人』が動く前に、瞬歩を見抜いたことになる。


『……少なくとも俺に無理だ』

『オイオイ!やる前に無理って言うのは良くないぜぇ~』


 茶化すビックマウスだが、ヘンゼンが無理と言うのも仕方がない。それほどまでに、ヨコヅナの足払いは完璧に見えたのだ。


『しかも、素人には見えない程の『拳人』の瞬歩に足払いを合わせただけでなく、体勢を崩した刹那の間に的確な掌底打ちを叩き込でいる』


 ヨコヅナは『拳人』の瞬歩にカウンターの蹴返しで体勢を崩し、『拳人』の頭部に張り手を叩き込んだのである。

 衝突音は上から張り手を振り下ろす形になった為、『拳人』が床に叩きつけられた音である。


『そう言われると確かに凄ぇな!』

『本当に分かっているのか?』

『……まぁ、一撃でも二撃でも変わらね、重要なのは』


 そう、観客の多くからすれば、掌底打ちの一撃だろうと、足払いからの掌底打ちの二撃だろうが大して変わらない、


『第一試合、『拳人』を瞬殺OKして、勝者『不倒』!!!』


 重要なのは、ヨコヅナが圧倒的強さで勝利したという事実だ。

 ビックマウスの実況でまた、ワアァァっ!!!と歓声が巻き上がる。


 因みにだが、この解説中に闘技台にいるヨコヅナは「早く医務室に連れてってあげるだよ」と倒れたままの『拳人』の為に救護係を呼んであげていた。



「そっか、足で転ばしてから殴ったんだ」


 ヘンゼンの解説を聞いてデルファが一撃じゃないと言っていた理由を理解するオリア。

 オリアもその他大勢と同じで、ヨコヅナの凄さを分かっていないのだが、スモウの鍛錬を見た事ある為、ヘンゼンよりも知っていることがある。


「スモウだと足払いじゃなくて、違う言い方してたはずよ」

「……そうなのかい」


 相槌をうつもデルファは別の事を考えており、会話に身が入ってない。


「え~と何だっけ……け、け、毛だまり…」

蹴手繰けたぐりだべ」


 コーナーに戻ってきたヨコヅナがオリアの間違いを訂正する。


「あ、ヨコおめでとう!、楽勝だったね!」

「受付の時に大丈夫って言ったべ」

「だったらもっと自信ありそうに言ってよ。心配して損した気分、ねぇデルファ」

「あ、ああ。よく勝ってくれたねボーヤ……」


 考え込んでいて話を聞いてなかったデルファ。


「デルファ、どうかしたの?」

「……ボーヤ、前に聞いたコクエン流のヘンゼンを倒したって話なんだけど…」

「あぁ、あそこで解説してる人だべな」

「人違いじゃないわけだね。その時も今みたいに瞬殺だったのかい?」

「いや、あの時は……瞬殺ではなかっただな、オラも攻撃喰らったし」

「じゃあ苦戦したわけだね」


 攻撃を受けたと聞いて、そんな毎回簡単に勝てるわけないかと思ったデルファ、だがしかし、


「いや、苦戦はしてないだよ、オラは怪我一つしてないべから……でもあの時はギザギザの剣持った人が、割り込んできて……」

「ギザギザの剣……狂刃のボーザかい?」

「多分それだべ」

「ヘンゼンの後、すぐにボーザと戦ったって事かい!?」

「……まぁ、そうだべ、その人倒した時は瞬殺って言えると思うだよ」

「そ、そうかい……」


 デルファは勘違いしていることがあった。ヨコヅナはコクエン流のヘンゼンと狂刃のボーザを、のだと。

 しかしそれだと辻褄が合わないことに今さら気づく。


「狂刃のボーザってヤバイ奴でしょ!?、ヨコそんなのとも喧嘩したの?」

「襲い掛かってきたから、撃退しただけだべ」

「そうなの……でも危ないから貧困街に行ったら駄目よ」

「知らない間に入ってただけだべ、あれ以来行ってないだよ」


 そう、ヨコヅナは初めから迷い込んだと言っていた、だったら当然一日しか貧困街には行っていない。 

 襲い掛かってきた、ゴロツキ達も、ヘンゼンも、ボーザも一日で返り討ちにしたに決まっているのだ。


「ぷっ、ぷははっ、あはははぁはっ!!!」

「デルファどうしたのよ!?」


 いきなり大笑いしだしたデルファに驚くオリア。


「まいったねェ、私もボーヤをナメてたみたいだよ」


 デルファはオリアやビックマウス、そのた大勢の観客と違い、『拳人』を倒した蹴返しの凄さを分かっている。

 今の試合は、力と速さは事乍ことながら、何より技で勝利したのだ。

 そして、ヨコヅナの言葉を信じるなら、凶悪な双剣を使うボーザを瞬殺するほど技術を有していることになる。

 ジークと互角の怪力、『拳人』の瞬歩に対応できる速さ、狂刃を圧倒する技量。

 全てを総じて考えるならば、Bランクで負けを心配するなど論外だ。

 

「信じてなくて悪かったねェボーヤ。残りは全部上限一杯ボーヤの勝ちに賭けるから、5連勝頼んだよ」

「デルファもオラの言葉を聞いてないだな。受付の時に5連勝を目指すって言っただよ」


 ヨコヅナは出来ないことを目指したりはしない。そして目指す以上は5連勝以外考えていない。


「オリア、予定変更だよ」

「……どう変更するの?」

「祝勝パーティーじゃなくて、Aランク昇格祝いパーティーを開くよ」

「あははっ、それは欲張りって言ってなかったっけ」

「知らなかったかい?私は欲張りなんだよ」


 残りの試合が終わり帰る時には二人とも気づくこととなる。

 欲張りなどではなく…

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