第146話 前置きが長いのじゃ


『ヒャッハー!!待ってたかぁヤローにメローどもぉ!!阿鼻叫喚で死屍累々の地獄絵図、Bランク裏格闘試合がまもなく開始だぜぇ!!』


 意味の分からない実況だが、ワァァー!!と会場に観客達の声が響き渡る。


『先に自己紹介しておくぜ、実況を務めるのはこの俺!裏格闘の騒音製造機 ビックマウスだぁ!!!そして解説の務めるのは~』

『ヘンゼンだ。よろしく頼む』

『ここの連中は知ってる奴も多いだろう、ヘンゼンは元Bランクトップ選手。聞きごたえある解説を期待しろよ!』

『一々ハードルを上げるな』

『それじゃ、選手紹介いくぜ!』


 ヘンゼンの言葉を当然の様にスルーするビックマウス。


『一試合目はCランクを5連勝したビックルーキーが登場だぁ!その名はぁ~ 『不倒』!!! 』


 すでに金網闘技台の中にいて紹介されたヨコヅナは、


「この雰囲気にも少しだけ慣れてきただな」


 試合目前だというのに、ズレたことを呟く。


『対するは~、Bランク戦績8勝2敗!正統派格闘家として名高い、ケンシン流の使い手『拳人』!!!』


 『拳人』の紹介がされたところで、さらに大きく歓声が沸く。

 トップ選手と言われるだけあって人気のある『拳人』。

 ビックマウスが『拳人』を正統派格闘家と紹介したのは、例え相手が奇襲や目つぶしなど反則をしてきても決して反則をやり返すような事はなく、ケンシン流の技で倒す、裏格闘試合らしくない戦い方からそう言われ、そんな『拳人』に勝ってほしいと試合を見に来る観客も少なくない。


『この試合どう見るよヘンゼン、正直俺ぁちょっと納得いかねぇんだけどよ』

『……新人の『不倒』の相手にトップ選手である『拳人』は不釣り合いな組み合わせだと言いたいのだろ』

『おうよ!今までもCランクを5連勝で上がってきた奴はいたが、初戦の相手は精々中堅選手だぜ』

『普通はそうだな』

『だろ!!折角のビックルーキーを初戦で潰したら勿体ねぇぜ』

『……裏闘の運営も、だからこそ対戦相手を『拳人』にしたのだろうな』

『あぁん?どういうこったそりゃ?』

『正統派格闘家と言われるだけあって『拳人』は弱者をいたぶるようなことはしない。つまり運営は若くて伸びしろがある『不倒』に再起不能な大怪我をさせずに負けさせたいのさ』


 ヘンゼンのこの推測は正しい。

 違法賭博の裏格闘試合も商売だ、有望な選手は大歓迎。だが危険な試合なだけに将来性のある若い選手がCランクを勝ち上がっても、調子に乗ってBランクで潰されるという事も少なくない。

 だから裏闘の運営は若いヨコヅナに人気選手になってほしいからこそ、調子に乗らないせないために、怪我せず負けさせたいのだ。

 

『なーるほどだぜぇ!!ヒュー~さっすがヘンゼン。グッドな解説してくれるなぁ!』


 ヘンゼンの推測に納得するビックマウス。

 だがしかし、


『勘違いするなよ。今のはあくまで運営の考えを推測しただけだ。俺の勝敗予想は違う』

『……それって、お前まさか』

『俺は今回も『不倒』の勝ちに賭けている』

『マジかよ!?やっぱりお前『不倒』と知り合いなんだな!』

『前回も言ったが、知り合いではない』

『勿体ぶるなぁ~おい!。ン?…なんだまたメモか』


 Cランク時にもあった実況のビックマウスにこれを伝えろというようにメモが渡される。


『オイオイ!マジかぁ!!?なんとぁ『不倒』選手、今日も5連勝してAクラスに上がると宣言したそうだぜぇ!!!』


 またもやビックマウスによって会場に曲解されたヨコヅナの5連勝宣言がなされた。


『何やらヘンゼンも思わせぶりなこと言ってるし、どうやらこの試合、激戦を期待しても良さそうだぜ!!見逃すなよオメェー等!!!』




「またあの陰険受付係の仕業ね!目指すって言っただけで今回は5連勝宣言なんてしてないでしょうがっ!」

「実質的には変わらないから、客受けしそうな言い方に変えたんだろうねェ」


 宣言を聞いた観客達は、


「いいぞ!!若けーの。やったれ!」

「心意気だけは買ってやる!」

「Cランク5連勝したぐらいで調子乗んな!」

「負けて笑い者確定だぜ!」


 等などと野次も多いが盛り上がっている。

 Bランクの選手達は、闘技台にいるヨコヅナを睨みつける者もいるが、嘲笑する者の方が多い。


「余計な敵を増やす事になるでしょ」

「そもそも全員敵さ、それに裏闘では試合外での暴力に対しては厳しい罰則があるから問題ないよ」


 裏闘では試合外で暴力行為をした選手は最悪出場資格を剥奪される。


「そうなんだ。……解説が言ってた事、デルファはどう思う?」

「運営の考えってところは間違ってないと思うよ。だからと言ってボーヤが怪我しないかと問われれば別だけどね」

「どういう事?」

「ボーヤが弱者じゃないからだよ。確かに『拳人』は弱者をいたぶるような事はないが、新人だからと油断もしないからね」

「でもなんか……あの解説は、ヨコが勝つと思ってるみたいだけど」

「あぁ、ヘンゼンはボーヤと喧嘩して負けたらしいからね」

「へぇ~ヨコが勝ったんだ……え!?何それ?」


 思いもよらない言葉に、のりツッコミ風に聞きなおすオリア。


「何で喧嘩したの!?それ何時の話?」

「数か月は前の話だよ。詳しくは私も聞いてないけど、食べ歩きしてたら知らずに貧困街に入ってて、ゴロツキ絡まれたとか言ってたね」

「……それは、容易に想像できるわね」


 温和なヨコヅナが喧嘩なんて、と思ったオリアだが、呑気に食べ歩きしていて絡んできた貧困街のゴロツキを返り討ちにしたと言うの事なら納得できる。


「でもそれなら、Bランクでトップ選手だったあのヘンゼンより強いってことでしょ、『拳人』にだって勝てるんじゃ」

「私もボーヤが簡単に負けるなんて思ってないよ。今回もボーヤに賭けてるしね」

「え!?、そうなの?」


 デルファの手に持った賭け札を見せる。

 デルファはこの試合を簡単に負けるとは思っていない、だが安易に勝てるとも言えない。

 何故なら『拳人』はヘンゼンから勝ち星を上げている。

 デルファの見立てでは五分五分だと思っていた。

 

「でもさっき怪我しない程度に頑張れって…」

「それはそのままの意味だよ。私にとって最悪なのはボーヤが大怪我して辞めてしまう事だからね」

「そっか……そうだね、ヨコが無事ならこの先いくらでもチャンスはあるものね」

「いくらでも、ではないけどね」

「だったら最善なのは、怪我せず勝ってくれる事だね」

「まぁ、そうだねェ……」


 相槌をうつもデルファの本音は違う。

 デルファが危惧しているのはこの試合による今後への影響なのだ。

 勝つにしろ負けるにしろ、見応えある激戦になった場合、この先もトップ選手との試合を組まされる可能性が高くなる。

 本音ではこの試合はあっさり負けて、今後弱い相手と組み合わされて勝ち星を稼ぐことが、最善だとデルファは考える。

 だが情に訴えるような形でヨコヅナに戦ってもらっているのに「怪我しないようあっさり負けてくれ」なんて言えるわけないのだ。


「あ、違うか。最善は宣言通り怪我せず5連勝する事だね」

「……それはただの欲張りだよ」

「あはは、そうだね、でもヨコが………あれ?」

「……ん?」


 言葉を止めて金網の中に目を向けるオリアとデルファ。

 開始の銅鑼が鳴っていないのに、『拳人』がヨコヅナに近づいてきたからだ。

 奇襲でないことを証明するためか、手を広げてゆっくりと近づいた『拳人』は、


「試合前に悪いが、少し話をしたいのだが良いかな」


 ヨコヅナにそう話しかけてきた。

 

「良いだよ」


 それに平然と応じるヨコヅナ。


「ありがとう。セコンドの四ツ目の女性には見覚えがあってな、君はロード会に雇われているのかな?」

「そうだべ」

「ふむ……少し前ロード会に雇われていたエチギルドが病院送りになったいう話を聞いたのだが」

「……あぁ~、それはオラがやっただ」

「君が?…」

「採用試験としてその人と手合わせしただよ」


 同じ元ケンシン流なだけに『拳人』はエチギルドのことを噂で聞いていた。

 その噂と言うのは「エチギルドがロード会の者に病院送りにされた」と言うものだ。

 この言い方ではロード会は混血が経営しているだけに、エチギルドが混血の者に大怪我させられたようにも聞こえる。

 それが少し気になって『拳人』はヨコヅナに話しかけたのだが、


「……なるほど、そういうことか」


 ヨコヅナの説明で、ロード会の代表選手の座を賭けて戦い、エチギルドが負けたのだと理解する『拳人』。


「納得がいった、答えてくれてありがとう」

「礼を言われる様な事じゃないだよ、それにあんたにとっては敵討ちになるじゃないだか?」

「いや、エチギルドとは仲が悪くてな。敵討ち等と言う気はないさ」

「そうだべか。……オラも聞いて良いだか?」

「もちろんだ、何が聞きたい?」

「何であんたはケンシン流を辞めてこんなところで戦ってるだ?」


 今この僅かなやり取りだけでも『拳人』が真面目な人物であることが分かる。

 しかしケンシン流の師範代を辞め、違法賭博の裏格闘試合に出場している。

 それを少し疑問に思ったヨコヅナ。


「……聞かずとも分かることだと思うのだが」


 『拳人』の雰囲気が一変する。


「俺が戦うのは、俺の強さを証明するためだ」


 先ほどまでの真面目な人物というイメージは消え去り、戦いに飢えた闘士の表情。


「エチギルドを倒したから言って、ケンシン流に勝ったなどと思うなよ」


 『拳人』は敵討ちするつもりなどない、しかし破門されたとは言えは元ケンシン流の師範代が病院送りにされた等と言う汚名は返上しなくてはならない。


「俺が本当のケンシン流を教えてやる!」


 闘志満々の『拳人』はそう言って開始位置へと戻っていった。




『試合前の選手の舌戦も終わったところで丁度時間だぁ!!』


 より一層声量の増したビックマウスの声が会場に響く。


『第一試合『不倒』VS『拳人』スタートだぜ!!』


 試合開始の合図である銅鑼の音が、

 

 グオァ~ン!!

  

 と鳴らされた。


 銅鑼の音がなるのとほぼ同時に『拳人』は、姿がぶれて見える程の速度で前に出る。

 そして、


 ドオォンッ!!


 銅鑼音に劣らない程の衝突音が会場に響き渡る。



「みんなその技好きだべな」


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