第137話 とある執事の下働き 10


 日が登り始めたばかりの早朝に私は出かける用意をする。


「ふぁ~…あれぇ~ヤズッチ、こんな早くにどうしたの?」

「起こしてしまったか、すまない」


 出来るだけ静かに用意していたのだが、同室のワコが目を覚ましたようだ。


「今日は行くところがあってな」

「行くとこ~?、どこ行くの?」

「訓練場だ」

「訓練場?……鍛錬しにいくの?」

「……まぁそんなところだ」


 手合わせが目的ではあるが、鍛錬には違いない。


「では行ってくる。ゆっくり寝なおしててくれ」

「あ、待って、私も行く」

「…ついて来るのか」

「え…駄目なの?」


 ……そんな悲しそうな顔をしないでほしい。


「いや、駄目ではないが…」

「じゃぁちょっと待ってて、すぐ用意するから」


 起き上がり服を着替えだすワコ。

 あの訓練場は一般人が入っても良いのだろうか?……何かあれば私の身分を明かせば大丈夫か。


「でもわざわざなんで訓練場にまで行くの?いつも鍛錬は庭でしてるのに」 

「今から行くのはヨコヅナ様が鍛錬している訓練場だ」


 そう、私は今日ヨコヅナに再戦を申し込みに行く。




「わぁ、本当に寒い朝早くから褌一丁で鍛錬してるんだ……みんなで」


 ヨコヅナの褌姿はいきなりだとワコには刺激が強いかと思い、事前に言っておいたのだが、


「以前は全員ではなかったのだがな…」


 訓練場に10人余りの男達が褌一丁で鍛錬していた。


「ハイネ様の命令ですよ。おはようございます、ヤズッチ、ワコさん」

「あ、ラビスさん、おはようございます!」

「……おはようございます」


 当たり前だがラビスはいつもの黒いメイド服だ。


「今日はどうされたのですか?」

「ヤズッチが鍛錬しに行くって言うから、私は見学に、えっと……駄目ですか?」

「ヨコヅナ様の邪魔さえしなければ構いませんよ」

「ハイネ様の命令とはなんだ?」

「おや、今はヤズミですか、クククっ」


 チっ、細かいことを一々と。気にしてもいないくせに……


「前回ハイネ様が鍛錬に来られた時言ったのですよ」



『ヨコヅナが良いと言うのであれば指導料を払えとは言わないが、スモウの鍛錬は褌一丁でするべきだろう』



「それ以降、ヨコヅナ様のスモウの鍛錬には褌一丁で参加が厳守となりました」

「……なるほど、だから以前より人数が少ないのか」

「いえ、参加人数が少なくなったのはハイネ様が病院送りにしたからです」


 病院送り……?


「え!?……褌一丁が厳守ってヤズッチも……?」

「クククっ、当然褌一丁になってください」

「なれわけないだろ!!!」


 くっ……せっかく朝早くにここまで来たというのに……


「スモウを教わりに来たのですか?」

「違う、私は再戦を……手合わせを申し込みに来たのだ」

「だったら褌一丁になる必要はありませんよ。スモウを教わる場合のみですから」

「そうなのか?」

「当たり前ですよ、手合わせだけならハイネ様もしているのですから」


 ハイネ様が褌一丁で手合わせしているわけないか……初めからそれを言え!


「そうなんだ。でも、ヨコさん達あんな格好で寒くないのかな?」


 木に花の蕾が膨らみつつある時期ではあるが、早朝は服を着ていてもまだまだ寒い。


「身体が温まるまでは辛いだろうな、震えている者もいる」

「ヨコヅナ様は雨が降ろうが、雪が積もろうが平然と鍛錬を行いますがね」

「そうなんですか!?……風邪ひかないのかな?」

「私も風邪をひかれては困ると言ったのですが「風邪なんてひいたことないから大丈夫だべ」と言われました」


 とことん常識が通じない男だな。


 しばらくして鍛錬の区切りがつき、他が休憩の中ヨコヅナが私の方にやってくる。


「どうしただ?ヤズッチ、ワコ。ちゃんこ鍋屋で何かあっただか?」


 私だけでなくワコと一緒なので、ちゃんこ鍋屋の用事と思っているようだ。


「いえ、またヨコヅナ様と手合わせして頂きたく」

「あぁ~そうだべか。……でも、ヤズッチ最近体調を崩してるって聞いただが大丈夫だべか?」


 体調を崩してる?何の話だ。


「いえ、体調に問題はありませんが」

「ラビスがそう言ってたんだべが……」

「ヤズッチらしくないミスをしたり、仕事に集中出来てない時が多いかったようなので」


 ………確かに少し前までは仕事に集中出来なくて、些細なミスもあったが。


「え!?そんなことはないですよ、ヤズッチはちゃんと仕事してます!」


 ワコが私をかばうように反論してくれる。しかし、それは……


「確かにワコさんのミスと比べれば、無いに等しいですね」

「あうぅ~」


 助けようとして逆に落ち込むワコ。


「ラビス、ワコを虐めるな」

「クククっ、仲がいいですね」


 この暗黒メイド、全部分かっているくせに。


「申し訳ございませんヨコヅナ様、最近本職の事で考え事がありまして、少し注意力が散漫だったようです、以後気を付けますので」

「いや、怒ってるわけじゃないだよ」


 そうだろうな、ヨコヅナは些細なミスなど気にしない。ネチネチ言うのは暗黒メイドぐらいだ。


「お気遣いありがとうございます。私は健康そのものです」

「そうだべか。じゃあさっそく始めるだか」

「ですがヨコヅナ様は休憩中なのでは?」

「大丈夫だべ……休憩が終わってからだと、最後になるだよ」

 

 私相手に休憩は必要ないと、見くびっているのか……あのような無様な負け方すれば仕方ないか。


「……私は最後で構いません。休憩中とはいえ、飛び入りで一番に相手して貰うのは申し訳ない。私も少し体を動かしておきたいので」

「分かっただ」


 いつも通りの温和そうな笑顔でそう言うヨコヅナ。

 私と手合わせすると聞いてあの笑顔、仕方ないとはいえ気に入らない。

 今回はあの時のとは違う。

 私はに仕える側近執事ヤズミ・シン・ハスキーパなのだから。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る