第138話 とある執事の下働き 11


「コフィーリア王女側近執事、ヤズミ・シン・ハスキーパ!一手お相手願います」


 手合わせの順番は最後だったのに、すぐに私の番になった。10人もいるのに早過ぎだろ!

 いや、前回一瞬で負けた私が言えたことではないか。


「いつでも来るだよ」


 ……改めて対峙してみると、ちゃんこ鍋屋にいる時とは別人のような雰囲気だな。

 何よりこちらの初動を見逃さないとする集中力。前回あれに気づかなかった自分は愚かとしか言いようがない。

 

 私が重心を僅かに下げると、それだけでヨコヅナは訝しげな表情になる。

 やはり気づくのか……しかしここはあえて、

 私は瞬歩で前に出る。

 前回完璧に足払いを合わせられた瞬歩、それに気づいたからヨコヅナは訝しげな表情をした、そこを逆手にとる。

 瞬歩は発動させると急な方向転換は出来ない、だから発動を見切られるとカウンターを喰らう。

 だが、方向転換出来ないのは左右であって、上は可能なのだ。

 瞬歩の勢いをそのままに地面を強く蹴る。

 飛びあがりながら前方回転するようにして踵を振り下ろす。


 ケンシン流【空烈脚】


「くっ!」


 ヨコヅナの虚を付けたと思ったが、腕で防がれる。

 逆の足でヨコヅナの肩を踏むようにして後方へと飛び、しっかり足の裏で着地する。


「この手合わせでそんな飛び蹴りよく出せるだな」

「前回とは違うという事を示したかったのでな」


 おっと敬語を忘れてしまった、まぁ手合わせ中だ、気にしないだろう。


「そんなのは対峙した瞬間分かってるだよ」


 意外と人の事を見ているのだったなヨコヅナは……

 

「いや、まだ分かっていない」


 私相手でも勝って当然といった余裕の表情を消してやる。

 構えを変えヨコヅナを中心に円を描くように横に移動する。

 

 ケンシン流【流水】


 特殊な歩法で相手からは残像が出来たようにぶれて視える。

 初見の者は戸惑って隙が出来るのだが、


「それは見たことあるだよ」


 躊躇することなく前に出てくるヨコヅナ……予想通りだ。

 掴むために伸ばしたヨコヅナの腕を受け流し、中段突きを叩き込む。

 ラビスは【流水】と同系統の技【陽炎】を得意とする、手合わせしているのであれば、見た事あるだろう。それを逆手に取った。

 さらに追撃で下段蹴りを喰らわせるが…くっ、硬いな。

 全く意に介さず今度は素早く連続で掴みにくるヨコヅナ、その腕を紙一重で全て受け流す。


 

「わぁ~凄いなヤズッチ、全部かわしてる」

「力の流れを読み、微細な力の操作においては非凡な才を持ってますからね」

「……ヤズッチが勝つと思いますか?」

「いえ、良くて引き分けでしょう。指一本でもかかれば投げれるヨコヅナ様に対して、ヤズミの攻撃は効いていない」

「ヤズッチは力も強いはずなんだけ」

「ええ、強いですよ。ヨコヅナ様が頑丈過ぎるだけで」



 掴もうとする腕を受け流し、隙をついて何度も攻撃をしているが人間を殴っている気がしない。

 特に下段蹴りを食らわした足は、岩のように硬かった、蹴ったこっちの方が痛い。


「何を食べたらそんな体になるんだっ?」

「……ちゃんこだべ」


 なるほど、確かに……って納得できるか!

 

 会話でわずかに意識がそれたところに、


 パァンッ!、眼前でヨコヅナが掌を合わせ叩く。これは……


「油断大敵だべ」


 不意の破裂音に動きを止めてしまい腕を掴まれる。

 

「会話の隙をつくとは姑息な真似を…」

「質問してきたのはそっちだべ」


 つい口に出てしまっただけで質問したつもりはなかったのだがな。

 腕を掴む手の握力は強く、振りほどける気がしない。

 だが、捕まえれば勝てると思うのは、私のことを見くびり過ぎだ!!


「しばらくちゃんこは作れないと思え!」


 掴むヨコヅナの腕に対して、肘打ちと膝打ちで挟み込む、


 ケンシン流【あぎと


 ぐはっ!!……技が極まったと思いきや、背中から地面に叩きつけられていた。


「ごめんだべ、ちょっと強く投げてしまっただ」



 ………負けてしまったか。

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