第134話 紹介ぐらいしてやれ
『おっと忘れてた~!!開始の銅鑼が鳴る前に、自己紹介しとくぜ!実況を務めるのはこの俺ぇ!裏格闘で知らぬ者のいない騒音製造機 ビックマウスだぁ!!!』
選手の紹介並みに熱く自己紹介する実況のビックマウス。
闘技大会で実況をしていたステイシーのような絶妙な音量で耳に届く声と違い、騒音製造機というだけあってただの馬鹿でかい声だ。
『そして相棒を務める解説はぁ……ん!イネェ!?』
解説が座っているはずの椅子が空いていた。が、そこに急いで駆け付けた黒い服を着た男。
「すまない、少し遅れたか?」
「オイオイ!仕事なんだからちゃんとしてくれよ。どこ行ってたんだぁ?」
「儲け試合なので賭け札を買いにな」
解説の仕事を任されている黒い男はどうやらこの試合の賭け札を買うために遅れたようだ。
「新人選手と中堅選手の試合だからって儲け試合とか安直すぎだぜっ!まぁいずれにせよ、まずは自己紹介だ!」
『今日の裏格闘試合の解説を務めるヘンゼンだ』
『ジっミっ!服装と同じで自己紹介が地味過ぎるぜ!!、今日の解説は!コクエン流の使い手ヘンゼンだ!!!』
今日の試合解説者の名前を聞いて、
「聞いたことある名前だべな」
「ははっ、世の中狭いねェ」
首を傾げるヨコヅナと奇妙な偶然に笑うデルファ。
『ヘンゼンは元Bクラスのトップ選手、怪我が原因で引退したが実績を買われて解説者に転職したぜ!』
『……引退と怪我は関係ない。俺ではなく試合の説明が仕事だろ』
『それもそうだぁ!さっそく解説頼むぜヘンゼン!あの若い新人どう観る?』
実況と解説の自己紹介が終わり、話を試合する選手へと戻す。
『裏格闘試合では普通「若い新人」はカモとされる、だが『不倒』が普通でないことは誰が見ても分かるだろう』
『ハッハァ~確か良い体格してるな!!でも褌一丁とか新人なのに攻めすぎだぜぇ!』
ワハハハっ!!とビックマウスの言葉に会場で笑いが起こる。
受付で裸になっても誰も気にしないと言われたヨコヅナは、今回は褌一丁で闘技台に上がったのだ。
「もう~、だからズボンぐらい履きなさいって言ったのに」
恥ずかしいからオリアは反対したのだが、ヨコヅナとしては褌一丁の方が動きやすい。
『しかもなんだぁ?体中痣だらけだ!既に一戦やってきたのか~?』
『……いや、1、2戦したところであんな体中に痣は出来ない。おそらく身体硬化鍛錬によるものだろう』
『身体硬化鍛錬~?何だそれ?』
『打たれ強くなる為に、打撃を受け耐え続ける鍛錬だ。痣の付き方をみるに素手の打撃ではないな、木棒を使用して鍛錬しているのだろう』
『そいつぁまた、ドMな鍛錬だなぁオイ!!』
ヘンゼンの解説は結果だけを見れば間違っていない、身体硬化鍛錬の効果のようにヨコヅナは以前よりもさらに打たれ強くなっている。
しかしその理由は、ハイネとの手合わせによるものであり、使っているのは鉄製の模擬剣だ。
「……スモウってのはそんな鍛錬もするのかい?」
ヘンゼンの解説を聞いたデルファがオリアに質問する。
「私はそんな鍛錬見た事ない……私が知らないだけかもだけど…」
「危険な鍛錬だろうから秘密にしてたのかもしれないねェ」
もし身体硬化鍛錬をしていたとしたなら、ヨコヅナは体中を木棒で、叩かれ続けるような危険は鍛錬をオリアに見せようとはしないだろう。
まぁそれは仮の話であって、そんな鍛錬はしていないわけだが…
寧ろハイネとの手合わせの方が危険だが……
『お!?どうやらもう時間で来ちまったようだ。相手の選手の紹介出来てないが…まぁ良っか!』
「ふざけんなこらぁ!!」
ヨコヅナの対戦相手がビックマウスに向けて怒声が飛ばす。
実況と解説の自己紹介に時間をとっていて、ヨコヅナの相手の紹介がされていないのに、試合開始の合図である銅鑼の音が、
グオァ~ン!!
と鳴らされた。
「チっ!まぁいい、このデカい新人を瞬殺して嫌でも俺の事を紹介させてやるぜ!」
そう言ってヨコヅナに突っ込んで行く名前も知らない1戦目の対戦相手。
「硬化鍛錬だか何だか知らねえが、そんなんでビビる奴はここにいねぐへぁっ!」
「喋りながらだと舌噛むだよ」
殴りかかってきた相手にカウンターで顎に張り手を喰らわしたヨコヅナ。
勢いよく倒れた相手は、
「…………」
倒れ伏したまま立ち上がらない。
「………え!?終わり?」
思わずそう口に出してしまうオリア。
静まり返る会場の観客達も同じ思いだろう。
「ははっ、どうやら気失っちまってるねェ。ボーヤの勝ちだよ」
Cランクの選手には勝てると思っていたデルファだが、想像以上の圧倒的な勝ち方に笑み深める。
ワアァァァ!!すでに勝負が決していることに遅れて観客から声が上がる。
『瞬殺!ま、さ、に、瞬殺!!紹介してなくても全然問題なかったな!つか弱すぎだろうオイ!!』
『フフっ、そうだな』
『そういやぁ、賭けたつってたがヘンゼン。ひょっとして『不倒』に賭けてたのか?』
『ああ、言っただろ。『不倒』は普通ではないと』
賭けたのはヨコヅナの事を知ってるからなのだが、それをいうと倍率に大きく影響しそうだから今はまだ黙っているせこい男ヘンゼン。
「紹介されてなかったけど、中堅ってことはそこそこ強いんじゃないの?」
「Cクラス中堅ってことは、Bクラスに上がれない雑魚ってことだよ。お~い!救護係、さっさと敗者を連れ出しな」
裏闘では審判はいないが救護係はいる、試合に負けた者の大半は自分の足で金網から出ることが出来なくなるからだ。
「ヨコ、まだ続ける?」
「ああ、続けるだよ。デルファ、どうしたら連続で試合出来るだ?」
「そのままそこにいたら、勝手に始まるよ」
怪我も疲れもないのでヨコヅナは当然連続で試合に挑む。
『金網から出ようとしない『不倒』選手。連戦希望のようだ!!』
『当然だな、止める理由がない』
『一試合目瞬殺だったもんなぁ…ン?なんだ、メモ?』
実況のビックマウスにこれを伝えろというようにメモが渡される。
『ヒャッハーこいつぁいい!受付からの情報によるとこの新人選手『不倒』、今日で5連勝してBクラスに上がると宣言しているようだ!ナメられてるぞCクラスの選手どもぉ!!!』
ビックマウスの大声で発せられて挑発的宣言を聞いて、観客達は盛り上がり選手達は闘技台にいるヨコヅナも睨みつける。
「受付からの情報って、あのいけ好かない眼鏡男!?何余計な事してんのよ!」
「まぁ宣言したのは確かだしねェ」
「オラが言ったわけじゃないんだべがな」
5連勝宣言をしたのはデルファであってヨコヅナではない。
まぁ他の選手からすればどちらでも関係ないのだが…
「ケッ!俺が新人に裏格闘試合の恐ろしさを教えてやるぜ!」
ヨコヅナが待つ金網の中に二人目の対戦相手が入ってきた。
2戦目の相手は木刀を手している。
『おいヘンゼン、次は賭けなくて良いのかよっ?』
『心配いらん。『不倒』が連戦する場合勝ち分を全額賭けるように頼んである』
『おいおい随分『不倒』をかってんだな!次の相手は武器有りみたいだぜ!』
『フンっ、所詮Cランクだからな』
『ヒュー!!さすが元Bクラストップ、言うなぁ……ひょっとして『不倒』と知り合いなのか?』
ヘンゼンの言い方は一試合目の対戦相手がヨコヅナより弱いから賭けたのではなく、ヨコヅナがCランクで負けるはずがないと思っているから賭けたという言い方だ。
『知り合いとは言えないな、あいつは……むっ!』
『あん?』
言葉を途中で止めるヘンゼン、それを見てビックマウスも金網闘技台に目を向ける。
「調子に乗んなよガキがぁ!!」
試合開始の銅鑼が叩かれる前に、対戦相手がヨコヅナに襲い掛かったのだ。
ルールを説明をしているときに、デルファも奇襲する相手がいるとは言っていたが、武器を持たない新人相手に武器で開始前に仕掛ける奴は裏闘でも稀だ。
「死ねやごぶへぇぁっ!!」
ヨコヅナが相手では何の意味もなさないが……
上段から木刀を振り下ろそうとする相手に、カウンターで眉間に張り手を喰らわせたヨコヅナ。
「………」
奇襲を仕掛けてきた相手は立ち上がれない。
「この場合どうなるだ?」
銅鑼が鳴る前に始まったとしても裏闘では立っていたものが勝者だ、つまり…
「はははっ、もちろんボーヤの勝ちだよ」
「………え!?またこれで終わり?」
「お~い!救護係、さっさとあのクズ敗者を運び出しな」
『またもや瞬殺!!つか奇襲しといて瞬殺されるとか弱すぎ!ウケる~!!』
ヨコヅナはニーコ村で暮らしていた時、気配を消して襲い掛かってくる獣を警戒しながら狩りをしていたのだ。
こんな狭い金網の中で合図の前だからといって警戒を怠って奇襲をうけるなどあり得ない。
そもそも今の攻撃は、
『大声出して襲いかかっては奇襲とも言えないがな』
ヘンゼンと言う通りである。
『それにしてもまた一撃KOとか、『不倒』選手強ぇな、ヒャッハー!!。ヘンゼンが強気で賭けるだけあるぜ!!………あ~』
ビックマウスが突然らしくない沈んだ声を出す。
『どうした?ビックマウス』
『ちょっと想像しちまったんだが、残り3戦も瞬殺一撃KOとか…ないよな。さすがに実況のしようがねぇ』
『…フっ。すまないがそれを俺は否定できない』
残念なことにビックマウスの想像は現実のものとなる。
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