第133話 他にあるまい


「選手登録?……申し訳ないのですが」

「登録はそこのボーヤ、マ人だよ」


 黒縁眼鏡にスーツをキッチリ着こなした場違いに見える受付係の男が、容姿を見て登録を拒否しようとするが、デルファは言葉を遮りヨコヅナを指さす。


「……そうですか、ではこちらに必要事項を書いてください」

「あいよ」


 受付から登録用紙を受け取るデルファ。


「選手の方はボディチェックをするので、服を脱いでください」

「……ここでだべか?」


 受付場所は会場の隅っこ、Cランクに控室などない


「裸になっても気にする人なんていませんので、恥ずしがらずに早く脱いでください」

「そうだべか…」


 ヨコヅナも恥ずかしいわけではない、ただ少しだけ見せたくもなかった。

 服を脱ぎ褌一丁の姿になるヨコヅナ。


「え!?どうしたのヨコ、その身体……?」


 服を脱いだヨコヅナの身体を見て驚くオリア。


「……これは朝の鍛錬で出来たものだべ」


 ヨコヅナの身体にはハイネとの手合わせで出来た痣があった。

 事情を知らない人が見たら、集団リンチにでもあったかと思うぐらい身体中にある痛々しい痣。

 

「どんな鍛錬してるのよ!」

「手合わせしたら、痣ぐらいできるだよ」


 と言っても、ハイネ以外との手合わせでヨコヅナに痣が出来る事はほとんどないが……


「そうかもしれないけど……痛くないの?」

「日が経っているから、もう痛くないだよ」

「痣ですか……」


 ヨコヅナの身体を観察しながらメモを採っている受付係、また胸囲や胴回、腕や足の長さまでも測っていく。


「随分細かく調べるんだべな」

「別人が同じ登録証を使用するのを防ぐためです……混血の証は見当たらないか」

「何よそれ、私たちが嘘をついて出場しようとしてるとでも言いたいわけ?」


 端から疑って観てる受付係の物言いに、怒りを覚えるオリア。


「そういう混血もいますので」

「混血の人は出場れないだべか?」


 今さらなことを聞くヨコヅナ。


「当たり前です、公平な試合にならない」


 明らかな混血差別ではあるが運営しているのがマ人なのだから仕方ない。

 鍛えてなくても強靭な身体だったり、鋭い爪や牙を持っていたりする混血とマ人との試合が公平かと問われて公平と返せるマ人は限りなく少ないのだから。


「前提過ぎて言い忘れてたねェ。混血でも選手になれるなら私か戦ってるよ」


 デルファやジークはエチギルドなどより格段に強い、なのにロード会の代表選手としてエチギルドを雇っていたのは、混血の者は裏闘の選手として戦う事は出来ないからだ。


「それもそうだべな。オラは見てのとおりマ人だべ」

「……のようですね、登録証を作成します。ですが次きた時に、痣が消えてからの身体も調べますので」

「まだ疑ってるわけ?」

「付き添いが混血でなければ、ここまで疑いませんがね」

「何なのよ!このむかつく受付!!」

「私は仕事をしているだけです」


 違法賭博で働いてるだけあって図太い性格の受付係。


「次ここに来ることはないよ、今日でBランクに上がるからね」

「5連勝狙いですか……Cクラスだからと甘く見ていると痛い目に遭うことになる」

「ご忠告痛み入るよ……ところでボーヤ、名前はどうする?」

「ん?名前……」


 デルファの質問に首を傾げるヨコヅナ。


「裏闘では偽名で登録するのが当たり前なのさ、違法な賭博場で本名が広がるとボーヤも困るだろ」

「確かに困るだな、……『ヨコ』でいいだよ」

「安直すぎでしょ、偽名の意味をないし」

「……それじゃ『ブチかまし』とかはどうだべ」

「それって技名でしょ」

「試合には実況と解説もいるからねェ「ブチかましで相手を倒した『ブチかまし』」と言われるのはちょっと格好悪くないかい」

「……だったもう『ロード会』でいいんじゃないだか」

「それも上のランクでは、「ロード会の代表選手『ロード会』」って呼ばれ方になるからねェ」

「………う~ん、他に思いつかないだ」


 レパートリーが少ないにも程があるヨコヅナ。


「あれはどう?『ニーコ村の怪物』ってやつ」

「その呼ばれ方は好きじゃなだな」

「だったら……『スモウ』は、ヨコを表すなら適してると思うけど」

「それはボーヤが使う格闘技の名前だったね。その場合「スモウの使い手『スモウ』」っとか呼ばれる事になるよ」


 今までに「ケンシン流の『ケンシン』」とか「拳闘士の『ケントウ』などといった選手もいる。皆安易に登録名を決めたことを後悔している。


「将軍に付けられるみたいなのでもいいがね、エチギルドは『拳王』とか名乗ってたよ。名前負け甚だしいけど」


 実績をもとに授与される将軍のだが、ここでは自称だ。実力が伴わない場合、イタい事この上ない。


「オラだと『張手王』だべか」

「なんかしっくり来ないわね……意外と難しい」

「何でもいいので早く決めてください。こちらも忙しいんだ」


 登録名にいつまでも時間をかけるヨコヅナ達をせかす受付係。


「分かってるわよ!煩いわね」


 敬語を欠かしてる言い方に受付係への怒りが強くなるオリア。


「では『不倒』とかどうじゃ」

「あぁ!それ良いだな」

「ん?良い名前思いついたの?」

「不可能の『不』に打倒の『倒』で『不倒』って名前にするだ」

「はははっ、強気な名前じゃないか」

「今までの案の中では一番良いかな」

「よし、じゃあ決りだべ」


 デルファとオリアも気に入ったようで登録名は『不倒』で決定する。


漸くようや決まりましたか。では試合の順番くじを引いてください」


 そう言って穴の開いた箱を差し出す受付係。


「くじ引きなんだべか」

「後の方だと勝っても5回試合出来ない場合があるから早い番号を頼むよ」

「頼まれてもくじ引きじゃどうしようもないだべがな」

 

 くじの入った箱に手を入れ四つ折りにされた紙を一枚取り出す。

 開けた紙に書かれた番号は……




「ヒャッハー!!待ってたかぁヤローどもぉ!!血が舞い骨が砕けるスリル満点の裏格闘試合がまもなく開始だぜぇ!!」


 ワァァー!!と会場を埋め尽くす観客達の声が響き渡る。


「今回の一試合目は新人が登場だぁ!その名はぁ~ 『不倒』!!! 」


 登録した名前を呼ばれたヨコヅナは、緊張の読み取れる顔をしながら金網で囲まれた闘技台に立っている。

 

「早い番号をと言ったが、『1』を引くとは、ボーヤは運が良いねェ」

「運良いのかな、ヨコ緊張でちょっと顔が引きつってるし…」


 闘技大会に比べれば重圧も観客も少ないが、慣れない雰囲気の中で戦うのはどうしても緊張してしまう。

 今回は理由もはっきりしているし、自分から進んでここに来たのだが、平穏にのんびり暮らす事を目標にしている自分が、裏格闘試合なんかに参加している今の状況にいつもの台詞がつい出てしまう。


「なんでオラこんなとこにいるだ?」

「それはヨコが裏格闘試合に登録された選手だからじゃろ」


 ちゃんといつも通りの言葉が返ってきたことに少しだけ落ち着くヨコヅナだった。

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