第119話 我もちゃんとおるぞ


「予定より大分遅くなってしまったな」


 ハイネは馬車に揺られ、自分の屋敷への帰路を進む。


 長い示威行軍がようやく終わり王都へ帰ってきたハイネ。

 行軍は当初の予定期間の倍近い日数になっていた。

 回ったどの地域でも敵との戦闘は一切行われていない。

 仕事と言えば偵察と状況把握をし今後の方策について助言する、後は地元の兵達との合同訓練での指導ぐらいだ。

 それ自体は不満を言うようなことではない。不満があったのは…


「何故行く先々でお祭り騒ぎになるんだ?」


 ハイネの軍が滞在する街では歓迎の祭が行われ、しかもそれにちゃんと出席するように国からの命令がなされたことだ。

 

「私をアイドルか何かと勘違いしているのではないか」


 歓迎され、人々が喜んでくれるのはハイネも嬉しいが限度というものがある。最後の方など部下が各地の祭巡り気分だった。

 正直「軍人の仕事でない」と言って突っぱねたかったのだが、そもそもこの行軍はヒョードルの復帰報告を兼ねて、娘であるハイネが軍を率いて訪れることで地方の不安を解消することが目的。

 で、あるなら地方の活性化を目的としたこの命令は適切と言え、拒否することは出来なかったのである。


「まぁ国が平和という証拠だな」



 屋敷の前に着き、馬車から降りるハイネ。

 時は既に深夜をまわっていて、とうに就寝の時間だ。

 王都に軍が帰ってきたのは午前なのだが、部下達とは違い将軍であるハイネは直ぐに家に帰るというわけにもいかず、後処理をしていたら夜になってしまったのだ。

 仕事場にも寝泊りできる部屋はあるので、こんな夜中に帰る必要もなかったのだが……


「今日帰ると連絡してしまったしな」


 今までも帰ると連絡した日に帰れなくなることは何度もあったし、人を走らせて今日は帰れないと連絡すればいいだけではある。以前であればそうしていただろうし、忙しくて連絡を忘れたこともある。

 使用人達に迷惑をかけることになるだろうが、使用人はそれも仕事だ。

 でも今、ハイネの屋敷には客人がいる。


「もう寝てしまっているかな…」


 ハイネは自分に言い聞かせるようにあえて言葉を口に出す。

 客人なのだから帰ると聞いたからとて、深夜まで待って出迎える必要はない。爺やも休むように言うだろう、寝てしまっていて当然だ。

 

 それでもハイネは、開かれた屋敷の扉のその先に、


「おかえりなさいだべ、ハイネ様」

「…ああ、ただいまヨコヅナ」


 優しい客人は寝ずに待って出迎えてくれると思っていたからこそ帰ってきたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る