第120話 我は肉が多いちゃんこが一番好きじゃの


「ハイネ様お腹空いてないだが、ちゃんこならすぐ用意出来るだよ」

「……ああ、頂くよ」

「じゃあ持って来るだよ」


 深夜に帰宅し疲れてもいたが、直ぐに寝る気にはならなかったハイネはダイニングでテーブルについていた。


「長い行軍任務お疲れ様じゃの」

「ご無事で何よりです」


 ダイニングにはヨコヅナと一緒にハイネを出迎えてたカルレインと爺やもいる。


「ああ、こんなに長くなるとはな。行軍というよりただの祭巡りだったからな危険など何もなかったさ」

「わははっ、祭り巡りか。それは楽しそうじゃの」


 ハイネも楽しくなかったとは言わないが、気疲れの方が多かった。


「あまりにも長引かせるから、私を王都に帰還させたくないのかと勘繰りたくなるほどだったぞ」

「そんなことはありませんよ」


 行軍任務の発案こそヒョードルであるし、コフィーリアの追加指令があったとは言え、期間がここまで長引いたのはハイネの人気によるものが大きい。


「大きな街では見合いの申し込みをしてくる貴族までいたぐらいだ」

「そうなのですか……」

「遠まわしな言い方ではあったがな」


 基本貴族の見合いとなれば、家を通すのが当たり前ではあるが、容姿、実力、家柄を備え持つハイネが訪れるとなれば、この機会にお近づきになろうとする者がいるのも当たり前と言える。


「それで、お見合いはお受けになったですか?」

「ふふ、いつも通りさ」


 ハイネのいつも通りとは座して話をする前に……


「わははっ、手合わせでボコボコにしたわけじゃな」

「はははっ、まさか。いくら私でも祝して出迎えてくれる領主の跡取りをボコボコにはしないさ。ちゃんと手合わせのルールを決めてたからな」

「……手合わせをしている時点で問題があるのですが…」

「ルールはヨコヅナとの手合わせをベースにしたのだ」


 爺やの常識あるツッコミは当然のようにスルーされる。

 

 ハイネと見合いをする前の手合わせのルールは下記になる。


 ハイネの敗北条件・足の裏以外が地面に着く。

         ・一撃でも有効だを受ける。

         ・捕まえられる。


  相手の敗北条件・足の裏以外が地面に着く。


    特別ルール・ハイネは開始から30数えるまでは攻撃しない。



「ふむ。ちゃんと相手に有利な条件じゃの……でハイネに勝ってお見合いした相手はおったのか?」

「一人もいないさ、話にもならん」


 あきれた感じに吐き捨てるハイネ。

 

「私に触れれた者はいないし、木刀で足に一撃受けた程度で自ら膝を折るような根性なしばかりだ」

「……いや、相手は軍人ではないのですから、それが普通だと思いますが」

「何を言っている爺や。普通の農民だったヨコヅナでも、足に一撃受けて膝を折るどころか、木刀が折れるのだぞ」

「……ハイネ様こそ何を言っているのですか。ヨコヅナ様は普通ではありません」

「酷い言いようじゃの」


 酷い言いようなのは確かだが、朝の稽古で30もの軍人と手合わせして、その後何事もなかったかのように仕事で行くヨコヅナは普通ではない。


「そもそも無理やり手合わせをさせてるのはどうかと…」

「では爺やは、仮に私が貧弱な男を夫にすると言っても何も思わないのか?」

「それは………多少は腕がたつ男性の方が望ましくはありますが」


 代々軍人家系であるヘルシング家に長年勤めてきた爺や、ハイネの夫となる男が貧弱で良いと思えるはずがない。


「そうだろう。私も初めに言ったのだぞ、弱い男に興味はないと。そしたら武にはそれなりに覚えがあると言うから手合わせをしてみたら、あのざまだ!私の方が文句を言いたいぐらいだ」

「……それでもヨコヅナ様のように、ハイネ様との手合わせで膝をつかない事を基準にするのはお止めください」


 その条件では消去法でヨコヅナしかいなくなると考える爺や。


「お待たせしましただ」


 厨房でちゃんこ鍋を作ってきたヨコヅナがダイニングに入ってくる。

 鍋のちゃんこを器に移しハイネに渡す。

 

「どうぞだべ」

「ありがとうヨコヅナ。行軍中にちゃんこが食べたくなった時が何度もあってな、早く帰って食べたかったのだ」


 ハイネはそう言い早速ちゃんこを匙で掬い口に入れる。


「はぁ~、美味しい……」

 

 今食しているのはハイネの好きな魚介類が主なちゃんこで、ヨコヅナが丹精込めて作っていた一品。

 優しくも深い味わいで、寒い時期の仕事に疲れ、空腹な状態で食せばで生き返ったかのような気持ちになれる料理だ。


「ふふふっ。私も父上の事を言えぬな」


 ヒョードル同様自分もヨコヅナのちゃんこの虜になっていると思うハイネ。


「ヨコヅナのように料理の腕がある男なら武が無くても見合いをするに値したかもしれないが、それも一人としていなかったな」

「ですから、ヨコヅナ様を基準にするのはお止め下さい」


 宮廷料理人が弟子入りするような料理を作れる貴族など、いるはずがないと思う爺やだった。

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