第118話 臭いのじゃ
『運搬』の次にロード会が引き請ける事が多い依頼は『清掃』だ
場所は王都を巡っている用水路。ゴミが溜まり易く水の流れが悪くなる箇所が幾つか存在するので、定期的に掃除しなくてはいけない。
作業自体は難しくないし、日給で言えば悪くない報酬を貰える。しかし、依頼が来て欲しくないとロード会の従業員は願っていた。
理由は簡単、やりたくないからだ。
「臭いだな」
ゴミが溜まり水の流れが悪くなった場所は当然のように嫌な匂いがする。 暑い時期の方が匂いは酷く寒い時期はまだマシなのだが、
「水が冷たくて痛いぐらいだべ」
逆に水の冷たさが作業を厳しいものにする。
臭く、汚く、厳しいの3K作業だから誰もやりたがらないのだ。
ロード会が清掃の仕事を請けるのは、新人に仕事の厳しさを教える時か、失敗や問題を起こした者に対しての罰的な意味でやらせるかの二つである。
ヨコヅナは新人だがデルファは清掃の仕事をさせるつもりはなかった。ロード会の他でも仕事があるヨコヅナにわざわざやらせる事ではないからだ。
では何故ヨコヅナが清掃の仕事をやらされているかというと問題を起こした者への罰としてだ。
罰とはジークとの力比べでいくつも机を破壊したこと。ヨコヅナとしては周りがやれと言うからやっていたのだが、さすがに4台も机を破壊しては罰を受けさせられるのも無理はない。
なのでヨコヅナとジーク、あと二人を煽った周りの数名も清掃の仕事に従事していた。
「頑張って早く終わらせるしかないだな」
「ちゃんとやってるか、新人」
そうヨコヅナに声を掛けてきたのはイティだ。
「あれイティ、何で来てるだ?」
イティは清掃の仕事に参加してはいない。ヨコヅナ達の力比べを見てこそいたが、別に煽ったりはしていないからだ、それはオリアやエフも同じで清掃には参加していない。
「昼飯持ってきてやったんだよ」
イティは今回清掃に参加しているメンバーに弁当を持って来てくれたようだ。
「そうなんだべか、ありがとうだべ」
ヨコヅナは笑ってお礼を言う。
「別にお前の為じゃない。デルファに持ってけって言われたからだよ」
イティは不機嫌そうに言いながらもその場を動かず、ヨコヅナの仕事を観察する。
「……なんか、手慣れてんなお前」
用水路の清掃も肉体労働なので、力の強い者の方が作業が早い傾向にはあるが、ヨコヅナは手際も良かった。
「ニーコ村でも似たような作業があるだよ」
「そうなんか、……でも昔オリアがこの仕事やった時は、全然出来てなかったけど」
「はははっ、オリア姉は汚れたり、臭かったりする仕事は凄く嫌がるべからな。昔はオラが変わりにやったりもしただよ」
ニーコ村にいた時も、お願いされてオリアの分の仕事を代わってヨコヅナがやった事が何度もあった。
もちろんヨコヅナが苦手なことを代わってもらったりもするので、持ちつ持たれつではあった。
「ふう~ん……お前何でロード会に入ったんだ?」
突然そんな質問をしてくるイティ。
「ん?デルファから聞いてないだか?」
「オリアの弟分でマ人の強い協力者って事は聞いたけど、でもそれはロード会側の理由でお前の理由じゃないだろ」
「……オリア姉を手伝う為だべ」
「それだけじゃないだろ。他にも何かあるだろ」
イティの言い方は何らかの確信があるかのような言い方だった。
「何でそう思うだ?」
首を傾げながら、質問に質問で返すヨコヅナ。
「デルファが言ってたぞ。善意だけで行動するマ人はいないって、優しい言葉で近づいて来る奴は必ず裏があるから気をつけろって」
イティは別にヨコヅナの不審な行動を見たとかではなく、単に身近な大人の言葉をそのまま言ってるだけの子供らしい行動だった。
「はははっ……確かにそういう人は多いだが、全員じゃないだよ」
「じゃあお前は違うのか?」
「……普通「お前は裏があるのか?」なんて聞かれてもどちらにしろ「無い」って答えるだよ」
「う~、どっちなんだよ!はっきり言えよ!」
駆け引きも何もない聞き方をした上、子供らしく癇癪を起すイティ。
「はははっ……思惑ぐらいオラにもあるだよ」
「やっぱりか、なんだよ思惑って?」
どこまでも真っすぐ聞いてくるイティ。簡単に言えないから思惑なのだが……
「オラが他に商売してるのは知ってるだか?」
「なんか髪をキレイにするヤツ売ってんだろ」
「そうだべ。で、商売に大切なのが人脈らしいだ、人脈が多いほど安定した収入に繋がるって言ってたべ」
ヨコヅナが「らしい」とか「言ってた」とかつけるのはエネカからの受け売り言葉だからだ。
「あぁ、それはデルファも言ってたことあるな…」
「普通は営業とかして言葉巧みに交渉するだが、オラは交渉とか上手くないからこうやって働いて誠意を見せてるだよ」
「頭良さそうじゃないもんなお前」
「はははっ、よくバカって言われるだよ」
「……でも、つまりは自分の商売の為にロード会に入ったってことか?」
「そうだべ。オリア姉を手伝う為ってのも本心だべがな」
「……ふう~ん」
ヨコヅナの言葉に納得しつつも口を尖らせたような顔をするイティ。
イティはマ人が嫌いだ、それはヨコヅナも例外ではない。
今日話しかけたのも、ヨコヅナの思惑を探り(探ると言うには直球過ぎる聞き方だが)デルファに報告しようと考えていたのだ。
だが、ヨコヅナが自分の商売の人脈を作る為にロード会に雇われたとデルファに報告しても、クビにならないことぐらい子供のイティでも分かる。
「……お前ってなんで凄く強いのに偉そうにしないんだ?」
何でもいいからヨコヅナの追い出す要素を探ろうと質問を続けるイティ。
「どういう意味だべ?」
「だってマ人の強い奴って偉そうにするだろ、エチギルドだってそうだったし」
「それもマ人の全員がじゃないべ、………まぁ強いて言うならオラより強い人なんてたくさんいるからだべかな」
「……いや、たくさんはいないだろ。ジークとアームレスリングで互角の勝負が出来るマ人なんて見たことねぇよ」
「オラも少し前までは自分が強いと思ってただべがな……」
ニーコ村には相手になる者すらいない、魔素狂いで凶暴化した熊を一人で退治できる、襲ってくる盗賊も素手で返り討ちに出来る。
偉そうにすることこそなかったが、ヨコヅナでもそんな自分は凄く強いと思っていた時期があった。
でも今は違う。
闘武大会決勝では小さい女の子にヨコヅナは一方的に蹴られ殴られ放題だった。
住まわせて貰っている屋敷の主人は真剣であればヨコヅナをみじん切りに出来る。
肩に座る自称八大魔将は指先一つでヨコヅナを殺せる。
ここ一年にも満たない間で、世の中には自分より強い人なんていくらでもいることをヨコヅナは知ったのだ。
「イティが知らないだけで強い人ってたくさんいるだよ、だからオラは偉くなんてないだ」
「……でもエチギルドはお前より弱いのに偉そうにしてたぞ」
「そういう人は痛い目見ることが多いだよ」
自分を実力以上に大きく見せようとすると痛い目を見る。実際エチギルドはそれで病院送りなった上、ロード会をクビにされたのだから…
「少し強いぐらいで偉そうになんてしない方が良いんだべ」
「………ふう~ん」
相槌はうつもイティは少し困惑気味だ、ヨコヅナが今までイティの考えていたマ人のイメージと全然に違うからだ。
「他に聞きたいことはあるだか?」
デルファに「イティは人見知り」だと言われていたが、本当はマ人を嫌っている事をヨコヅナも薄々気づいていた。
実際出会った時もゴロツキに追われてたし、エチギルドは暴力を振りかざして偉そうにするような人間だったそうなので仕方ないとも思える。
だからヨコヅナから無理に話しかけることは今までしなかったのだが、今日はイティから話しかけてきたので親しくなる機会だと思い会話を続けようとするヨコヅナ。
「う~ん……じゃあ、オリアって昔どんなんだったんだ?」
ヨコヅナの事を探るのに飽きてきたイティ(子供なので仕方ない)。初めの会話で出たオリアの話題の方が聞きたくなった。
「ニーコ村で暮らしてた時は、って意味だべか?」
「そうそう」
「う~んそうだべな~……オリア姉は昔からしっかりしてただが、結構ドジだったりしただよ。畑仕事した時も転んで泥だらけになってたことよくあっただ」
「へぇ~、今のオリアからは想像できないな」
「他にも色々あるだよ、例えばだべな……」
その後、ニーコ村での色々な話をし、少しイティと仲良くなれたヨコヅナ。
その代わり、
後日、昔のオリアの失敗談などがロード会で広まり、オリアに盛大に怒られるヨコヅナの姿があった。
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