第117話 まだまだ子供じゃ 2


「……」


 ジークは今までアームレスリングで負けたことがない、相手を怪我させないように気をつかう事がほとんどだ。


「……」


 ヨコヅナとてそれは同じだ、今まで父親以外負けたことはない。

 そんな二人は相手の掌を握った瞬間分かった。


((手を抜けば負ける))



「レディー…」


 ジーク達と一緒に運搬の仕事に行った一人が間に立ち 、


「ゴッー!!」


 開始の合図を出した。


 ミシッ、ミシミシッ……


 全員が沈黙して勝負に注目する中、机の軋む音だけが異様に大きく響く。

 ヨコヅナとジーク、お互いの力が拮抗し、腕は開始の位置のまま微塵も動いていない。


「おいおい、マジかよ」


 静かな部屋の中、小さく呟いたイティの声は全員の耳に届く、そしてそれは口に出さないだけで皆も同じ事を思っていた。

 ロード会の皆は面白そうだと騒いではいたが、当然のようにジークが勝つだろうと思っていた、それほどまでにジークの腕力は混血の者達の中でも群を抜いてる。

 イティが言ったようにマ人が敵うはずないと思っていたのだ。


「ジークが手加減してるとかじゃないよな」

「どう見ても本気っすね」


 むき出しにして歯をくいしばる表情と盛り上がった筋肉を見るに、ジークが手を抜いているようには見えない。

 

「逆にヨコやんの方が余裕有りそうっすよ」


 渾身の力を込める表情のジーク対してヨコヅナは無表情、それをまだ余力が残っているからだと思ったエフだが…


「いいえ、ヨコにも一切余裕はないわよ」

 

 エフの言葉をオリアが否定する。

 普段は表情から何を考えてるかが悟られやすいヨコヅナだが、本気で一つのことに集中した時は無表情になる。滅多に見せる表情ではないので同郷の中でも知っているのはオリアぐらいだ。

 二人の表情の違いは唯の個人の癖によるものではない。

 ジークが単純に腕力だけで倒そうとしているのに対してヨコヅナは力と技術で倒そうとしている。

 一見腕力勝負のように思えるアームレスリングでも技術は存在する。

 立った状態で行うのであれば、必要とされるのは腕力だけでなく、足腰から肩までの力をいかに腕に伝えれるか、また手首の微妙な角度や力の入れる方向。それらによっては腕力の差を覆せすことが出来る。

 しかしそれは、単純な腕力だけでいえばジークが勝っている証明でもあった。


「ガァっ!」

 

 拮抗して中央にあった腕を咆哮と共にジークがわずかに傾ける。


「頑張ってたけど限界かな……」

「さすがに勝つのは無理っすかね」


 予想以上に持ちこたえていたが、結局はジークの勝ちかと皆が思う。

 技術があると言っても別にヨコヅナは普段から練習をしているわけではないし、相手は力に特化した種族の血を引く混血。

 負けたとて恥じることなど何もない……

 この力比べ遊び『アームレスリング』をヨコヅナは『腕ズモウ』と呼ぶ、父親がそう呼んでいたからだ。

 掴んで相手の腕を倒すという意味においてはアームレスリングはスモウの領域なのだ。

 

 スモウの領域内でが負けることは許されない。


「ふんっ!」

「盛り返した!?」


 ヨコヅナの気合と共に腕が中央での拮抗状態へと戻る。


「アイツ…ホントにマ人かよ」


 二度目になるイティのこの言葉もまた皆が思っている事であった。


 しばし続いた拮抗するヨコヅナとジークの勝負はあっさりと終わりと迎えることとなる。 

 勝敗がついた訳ではない。


 バキィッ!!


 人常ならざる二人の力に限界を迎えた机が、悲鳴を上げたかのような音と共に砕けたのである。


「……引キ分ケダ」

「……そうだべな」


 机が砕けたことで握りを解く二人。


「ヨコヅナは強イナ。勝テナカッタのは初メテダ」

「オラも親父以外で勝てなかったのは初めてだべ」


 先ほどまでと違い笑顔でお互いの強さを称え合うジークとヨコヅナ。

 

「ふふ、あの二人似てるよね」

「デカいだけだろ」

「二人とも気は優しくて力持ちって感じっす」 


 混血の証が強く出ているジークとヨコヅナでは外見的に似ているのは身体のサイズぐらいだが、同じ優しくのんびりした雰囲気が二人にはあった。


「凄いな新人!」

「ジークと互角なんて驚きだわ!」

「エチギルトが瞬殺されるわけだぜ」


 周りで見ていた皆が二人に集まり、ヨコヅナを称賛する。

 オリアはそれを見て安堵しつつ嬉しい気持ちになる。

 混血を差別するマ人がいる為、逆にマ人を嫌う混血は当然いる。ロード会の従業員にもだ。

 エチギルドなんかはほぼ全員から嫌われていた※嫌われ度合は個人の性格にもよります。

 様子を見るため仕事を早く切り上げた本当の理由は、ヨコヅナもロード会で居心地悪い思いをするのではないかと心配だったからなのだ。

 でも今みんなに囲まれているヨコヅナを見るに杞憂だったことを悟る。


「デルファの言う通り、過保護だったみたいね」


 ヨコヅナは立派に王都で働けてるのだから、子供扱いは駄目だと考えを改めるオリア。


「もう一回やってちゃんと決着つけようぜ」

「でも机が壊れたべ」

「新しいの用意するわ」


 周りの要望で勝負の続きをするようだ。

 ヨコヅナとジークの二人は新しく用意された机に肘を付き、掌を握り合う。


 そして……、



 バキィッ!!


 

 バキィッ!!



 バキィッ!!



「もう止めなさいっ!!」

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