第92話 とある執事の下働き 2
「勘定ここに置いとくぜ」
「ありがとうございました。またお越し下さい」
私は食事が終わって帰る客を見送り、
「お待たせ致しましたお客様、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
店の前で待っていた客を案内する。
今日もちゃんこ鍋屋は満席繁盛中だ。ご飯時の混雑は私であっても、初日は戸惑った。
執事の仕事でも、パーティーで人が集まり忙しい事など何度もあったが、全く別物。喧しいし下品で汚い、食事のマナーなど有って無いようなものだ。
客層が違うのだらか当然か。
そう、違うのだ、私達とは…
だがこの活気がある様子が見れたのは良い収穫だ、祭りでも無いのにこの活気は街が豊かな証拠。国が豊かなのは王族とその直属の配下が有能だからだ。
「いらっしゃいませ!」
ワコが次の客に元気よく挨拶する。
「やぁ!ワコちゃん、今日も元気だね」
「これだけが私の取り柄だから」
「いやいや、ワコちゃんの一番の取り柄はその笑顔だよ」
「えへへ!そうかな。こちらへどうぞ」
元気で明るいワコは常連客と仲が良い。この客の言っている事もよくわかる。
彼女の笑顔は純粋でヒマワリのように周りも明るくしてくれる。
ワコの笑顔に比べればラビスの笑ってる顔など、ハエグイグサだ。
「いらっしゃいませ!あ、トーカちゃん!また来てくれたんだ」
次に来た客は赤髪の少女、女の子一人でとは珍しい。
「ん、ワコは仕事どう?」
「忙しいけど頑張ってるよ~!他の人達も良い人ばっかりだし、ご飯も美味しいし」
「……そう、なら良い」
……あの少女は確か…そうか、同じ孤児院で育った仲か。
「今日あいつ、いないのか…」
厨房を見てる、誰かを探してるのか?
「あいつ?…ああ、ヨコさん。今日はいないよ」
ここの従業員はヨルダック以外、ヨコヅナを「ヨコさん」と呼ぶ。理由を聞いたら、たまにヨコヅナの肩に乗って一緒に来る少女が、「ヨコ」と呼んでいたかららしい、
「ワコはあいつが来る日知ってんの?」
「ううん、ヨコさんが来る日って結構突然決まるから…料理長が作るちゃんこも美味しいよ」
確かにヨルダックの作るちゃんこも美味しい、しかし日の浅い私でも、他の客から同じ質問を何度かされている。
そんなに味に違いあるとは私は思わないが…
「美味しいのは知ってる…好みの問題」
「あれれ~、トーカちゃんって大きい男の人が好み?」
「そういう意味じゃない」
「痛っ!」
少女から拳のツッコミを入れられるワコ。
「酷いよ~トーカちゃん」
「いいから、注文。ちゃんこ」
「…ご注文承りました!少々お待ちくださ~い」
「ふう、食った食った」
「ありがとうございました」
テーブルを拭き、客が使った食器を回収する。
何だ?視線……だが客の中にそれらしいのは…この感覚、覚えが…
私は振り返って店の奥を見る、そこには、
白い顔が浮かんでいた。
「っ!!?」
危なっ! 驚いて持っていた食器を落としかけた。
ワザとかあの暗黒メイド!お前が暗い所に立ってると幽霊に見えるだろうが!
「ヤズッチ大丈夫?」
ワコが心配して近づいてきた。
「ああ、すまない、ちょっと驚いただけだ」
「驚いたって何に?」
「奥に…ラビスさんがいた」
「え!ほんとっ!?」
再度奥を見るが既にラビスの姿はない。
「やばい!ちゃんと仕事しないと怒られちゃう!」
ワコは姿を見てないのに、ラビスが来たことを疑っていない。
「ひょっとしてよくあるのか?ラビスさんが突然現れること」
「あ、うん。抜き打ち視察みたいな感じかな。ヤズッチ本当に大丈夫なんだよね」
「ああ、仕事に戻ってくれ」
……気配を消しての抜き打ち視察、性根の腐ったラビスらしいやり方だ。
ヨコヅナは初対面時、気配の薄いラビスの動きを獲物を狙う獣と例えた。だが私からすればあれは暗殺者の動きだ。
本当なら姫様に最も近づけてはいけない相手。なのに姫様は専属に任命した、理解できないことだ。
もっと王族としての自覚を持って……いや、今は考え事はやめだ、仕事に集中出来てないと姫様に報告されてはたまったモノではない。
店じまいしてからのミーティング。
何時もは連絡事項と軽く意見を言い合って、短い時間で終わりなのだが…
「次はお客様への対応についてですが」
ラビスが来ている時は違うようだ。
「シィベルトさん、お客様を怖がらせないでください。トイレの場所を聞こうとした相手が逃げてましたよ」
「あれは客が勝手に怖がっただけで」
「仏頂面しているからです。接客業なのですから、笑顔を心がけてください」
「俺は……」
「俺は、何ですか?」
「いえ、以後気をつけます」
「言ってるそばから仏頂面ですが、まぁいいでしょう」
視察したラビスが色々指摘をする時間になるようだ。
「次は、ワコさん」
「は、はい!」
「お客様との多少のコミュニケーションは良いですが、知り合いだからといって長話をしないように」
「うっ、気をつけます」
「私が来てなくても、ちゃんと仕事してください」
「ぎゃ、聞かれてた、すみません」
地獄耳暗黒メイドめ、
「次にヤズッチさん。私が居たからって大げさに反応しないでください。お客様に迷惑が掛かりますよ」
こいつ、どの口で!
「…でしたら、気配を消してうろつくのを
「あ、それ僕からもお願いしたいです」
私の言葉に同意して発言したのはエイト。
他の従業員もウンウンと頷いて、皆同意見のようだ。
「邪魔はしていませんよ」
「でも前に、人がいないと思ってたところから突然声を掛けられて、心臓が跳び出るかと思いましたよ」
「そう言って、心臓が跳び出た人はいませんから大丈夫です」
「いや、そういう、事ではなくて…」
「仕事に集中していれば、気にならないですよ。これが私のやり方です」
ラビスはどうやら止める気は無いようだ。
「さて、次ですが…」
この後も、ラビスからのネチネチかつ鋭い指摘は続いた。
言うまでもないかもしれないが、ラビスは従業員から煙たがられている。
あいつは性根が腐っているからな。
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