第91話 とある執事の下働き


 私がちゃんこ鍋屋で働くようになって数日がたつ。

 初日こそ戸惑いがあった為、多少のミスもしたが、二日目には殆どの仕事を問題なくこなし、三日目からは完璧と言って良い。

 まぁ当然だ、私はコフィーリア王女側近執事ヤズミ・シン・ハスキーパなのだから。


「ヤズッチおはよう!いつも早いね」


 ヤズッチとは私の偽名だ、ちゃんこ鍋屋で働く他の従業員に要らぬ気を使わせ無いように正体を隠している。

 元気よく挨拶をして現れたのは、ちゃんこ鍋屋の従業員寮で同室のワコ。

 

「おはようございます。ワコさん」


 何故か私は従業員寮で暮らすことになっていた。

 私個人の資産には余裕があるので近くに宿を長期で借りても何も問題ないのだが、ラビスが姫様に進言して決まってしまった。

 理由を聞いたら「その方が面白そうだからです」だと言われた、ふざけんなよあの暗黒メイド!!

 

「さん付はいらないって昨日言ったじゃん、敬語も」

「そうだったな…じゃ改めて、おはよう、ワコ」

「うんうん、ヤズッチの方が年上だしね」


 ワコは私の次に新しい女性従業員で歳も一番若い、一緒に掃除や接客などの仕事をしている。

 彼女は誰とでも分け隔てなく接する性格のようで、私にも初日から積極的に話かけてくれた。

 正直、仕事の技能的には有能とは言えないが、容姿は十分可愛いと言えて、明るく元気な女の子なのでお客からは人気がある。


「ヤズッチはいつも朝早くから何やっているの?」

「鍛錬だ」

「鍛錬?……料理の?」

「いや、普通に筋力鍛錬だ……少し思うところがあってな」


 ヨコヅナに敗北した私は、一から鍛え直す為に毎日早朝に鍛錬をすることにした。糸を使った小手先の技術に頼って、最近は肉体の鍛錬が疎かになっていたからだ。

 あの敗北を糧に私は成長する、姫様もそれを望んでいるのだから。

 手合わせでも糸さえ使えれば、ヨコヅナにおくれを取らなかっ……いや、こういう慢心も敗因の一つだな、改めなければ。


「へ~…確かにここにいると太りそうだもんね……私も一緒にやろっかな、最近運動してないし」


 「思うところ」をダイエットしていると勘違いしたようだ、別に訂正する必要もないか…


「構わないが、疲れて仕事に支障が出ても知らないぞ」

「大丈夫、これでも結構鍛えてたから」


 言うだけあってワコは無駄な脂肪がついてないスマートな身体している。

 確か武神館出身だと言っていたはず、あそこは孤児院だが全員武術の鍛錬をさせられるからな。

 

「それは明日からとして、着替えて早く朝食に行こうよ」

「ああ、そうだな」




「あ、ワコ、ヤズッチさん、おはよう」

「エイト君おはよう!」

「おはようございます、エイトさん」

「二人も今から朝食に向かうところ?」

「はい、そうです」

「今日~のごっ飯は何だろう♪」


 朝食に向かう途中に同じく寮住まいの男性従業員 エイトと合流した。一応私に仕事を指導する役割の先輩だ。

 彼は普通だ、いや、普通よりはちょっと有能な人だ。真面目な性格で、仕事も早く丁寧にこなせる、仕事を教えてもらった時も、説明は分かりやすく普通な雰囲気なのでこちらからも質問しやすい。

 容姿も、悪くはない、まぁ整っている、というようなそんな感じだ。

 下の者からすればこういう先輩はやり易いと言える。

 しかし、トップに立てる人間とは思えないし、特別な才能もなさそうだ。使い勝手の良い中間管理職で一生を終えそう。

 

「…何かヤズッチさん、失礼な事考えてない?」


 ……意外と鋭いな。


「いえ、エイトさんは(使い勝手の)良い先輩だと考えていました」

「え、そうかな、アハハ。でも僕なんかよりヤズッチの方がすごいよ。少し教えただけですぐ何でも出来るようになるし、ミスも全然しないし。前職もこういう仕事してたの?」

「……似て非なる仕事です」


 王族の従者になるとして育てられてきた私は、掃除や接客は幼いときから叩き込まれている。

 場所や道具、客層の違いはあれど、少し慣れれば完璧にこなせる。


「二人とも何してるの?早く~」


 話していて少し足が遅くなっていたようだ。


「すぐ行くよワコ。待たせるのは申し訳ないので行きましょうかエイトさん」

「あ、僕も呼び捨てで良いよ。歳も同じぐらいだし」

「そうか分かったエイト。私も呼び捨てで構わない」

「うん、分かったよヤズッチ」




 ここでの食事の時は変わった習慣がある。

 住み込みの従業員全員が朝食の並んだテーブルの席に座り、そして全員が手を合わせ、


「「「「「「いただきます」」」」」」


 と唱えてから食事を始めるのだ。

 元々はヨコヅナがやっていたのを料理長のヨルダックが真似をして、いつしか皆でやるようになったそうだ。

 宗教的な行いかと思ったが、意味は食材への感謝らしい。変わった考え方だとは思うが、別に拒否しようとも思わないので私も一緒にやっている。


「う~ん美味しい!」


 そう言って実に美味そうに卵焼きを食べるワコ。

 今日の朝食は、卵焼き、焼きベーコン、サラダ、パンorライス、そして、ちゃんこだ。

 ちゃんこ意外は普通朝食なのだが、作り手の料理の腕が普通じゃない、なにせ作り手は元王宮料理人なのだから。


「私のちゃんこはまだ師匠に及ばないか…」


 真剣な顔でブツブツ言いながらちゃんこを食べているヨルダック。朝食は毎日ヨルダックが作ってくれる。

 単純な料理なのに、素人が作るモノとは別物のように美味しい。

 卵焼き一つにしても、外はふんわり、中はとろっと、少し濃い目の味付けなのでこれだけでしっかりオカズになって、パンでもライスでも合う。 

 このレベルの食事を、寮住まいの者は毎日朝と晩食べれるのだから、ワコが「太りそう」と言ったのも頷ける。


「ほんと美味しいわ、ふふ、お酒が欲しくなるわね~」

「いや、ビャクランさん、これ朝食だから」


 朝からダメ人間のような発言をして、エイトにツッコミをいれらてるのは、同じく寮住まいの女性従業員 ビャクラン。仕事内容も掃除と接客がメインで同じなのだが、彼女の担当は予約客だ。

 予約は高い部屋代が必要となる。そのため客層は自然と富裕層となる。

 裕福な商人や貴族等を相手に接客をしないといけない為、一般客より礼節が必要だ。

 なので予約客の接客は、姫様やヘルシング家のコネをつかって派遣してもらった、上流階級の接客の経験のある人達が基本担当している。

 だが、このビャクランは、一般で採用された従業員。それでありながら予約客の接客に抜擢された有能な人材という事だ。

 仕事ぶりを見た事あるが確かに貴族に対する礼節ある接客が出来ている。

 それに彼女は美しい容姿をしていることはもちろんながら、とても色気がある。

 胸が大きいのもあるが、表情や仕草、雰囲気が色っぽい。高位の遊女と言われても違和感がないぐらいだ。

 

「朝から飲むお酒も美味しいのよ~」

「そういう問題じゃないから」


 大の酒好きで、初日は歓迎会と言って付き合わされが、ウワバミとはこういう人のことを言うのだろう。

 普通に考えて大きな欠点ではあるが、次の日にはケロッとしていて、仕事に支障はないらしい。

 

 ヨルダック、エイト、ワコ、ビャクラン、そして私含めたこの5人が寮住まいの従業員だ。


 

「「「「「ごちそうさま」」」」」」


 これもヨコヅナがやっていたのを真似して皆でやっていて、意味は同じように感謝らしい。

 一日に何回感謝するんだ…


「お腹一杯食べたし、今日もお仕事頑張ろう!!」


 ワコが元気よく掛け声を上げる。それに応えて皆も声を…というようなことはない。


「「「「「………」」」」」

「無視しないでよう、そこは、おう!!だよ」


 何故一番若く新人と言える立場のワコが仕切るのかわからないが、


「お、おう!」


 ヨルダックが若さに圧されて声を上がる。


「はは、おう!」


 エイトが苦笑して声を上げる。


「おう~!」


 ビャクランが色っぽい感じに声を上がる。


「おう!」


 ……私も声を上げつつ、もう何回目になるかも分からない疑問が浮かんでぐる。


 本当にここで私は成長できるのだろうか?、と

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