第93話 とある執事の下働き 3


「御飯作ってくれて、ありがとうございます、シィベルトさん」

「別にテメェ等の為じゃねえ、試食させてやるから、感想言いやがれ」


 今日の夕食はシィベルトが作ってくれた。

 シィベルトは住み込みの従業員ではないが、夕食を一緒にすることがある。

 ちゃんこ鍋屋のメニューに提案する為の料理ということか…。

 


「「「「「いただきます」」」」」


 シィベルトの作ったのは、玉子と一緒に炒めて軽く味付けした米に、魚介類をふんだんに具にした餡をかけた料理。


「美味しい!」

「うん、美味しいですよこれ、シィベルトさん」

「ほんとね、お酒に合うわ~」

「もうちっとマシな感想言えねえのか」


 …そう言いつつ、嬉しそうに見えるがな。

 確かに美味しい、口は悪いが腕は良いようだ。具材には高級なモノも入っている…

 

「ここに置いてない食材も入ってるな、材料費かかったのではないか?」

「テメェが心配する事じゃねえよ」

「そうか……魚介の味も生きている、米の炒め具合も絶妙だ。この店は米料理のメニューは少ない、良い料理だと私は思うぞ」

「……へっ。ちったぁー分かってじゃねえか。茶いるか?」


 口は悪いが褒められて照れてるシィベルト。この男、ツンデレか…


「人気料理作って、ゼッテぇあの暗黒メイドを見返してやる」


 言っておくと暗黒メイドという呼び名は私が考えたのではない。

 服装だけでなく腹の中まで真っ黒という意味で、従業員達がつけたラビスの陰での呼び名だ。説明されなくても分かるほどピッタリな呼称だな。


「俺の顔が怖いのは生まれつきだってぇの。それをグダグダ言いやがって…」


 ラビスが指摘してた、客が逃げたとかいう話か。シィベルトは多少目つきが鋭いが…


「ん~、シィ君は別に怖くないと思うけど」

「シィ君はやめろ」

「そうね~、シィちゃん笑えば可愛いと思うわよ~」

「ちゃんはもっとやめろ!」


 可愛いかは知らないが、笑顔でいれば逃げられるような強面でもないのは確かだ。


「言われた通り、仏頂面を止めることだな。前職も飲食店なのだろ、どうしてたんだ?」

「前んところは、料理人が客と接することなんて殆どなかったんだよ」


 …ラビスに指摘されたときの「俺は…」の続きは「料理人だから接客なんて関係ねえ」と言いたかったわけか。

 しかしシィベルトの担当の料理の注文数は多くない、大抵皿洗いをしている。

 今回のも手が空いてたから、倉庫に切れそうな材料を取りに行こうとして、途中で会った客なのだそうだ。


「ヨルダックさんも前は、客にあんなヘラヘラしてなかっただけどな」


 シィベルトは昔からヨルダックと知り合いらしく、一緒の店で働いてた時期もあるそうだ。


「ふふ、それは師匠を見習ってるからでしょう~」

「ヨコさんはお客の前でいつもニコニコしてるもんね」

「シィベルトさんもあんなふうにニコニコしていれば、お客さんに逃げられたりしないと思いますよ」

「出来るかよ。笑顔以前にヨコさんは雰囲気からして温和そうじゃねえか」

「そうね~、体大きくて威圧感あるはずなのに、子供にも人気よね~」


 ちなみに、ヨコヅナのことは陰でもヨコさんだ、暗黒メイドとはえらい違いだな。


「そういえば、ヨコさんが来る日、ラビスさん言ってましたね」

「そうだね、頑張んないと」


 確かにミーティング時にラビスがヨコヅナが厨房に立つ日を言っていたが…


「ヨコヅナ様も店ではラビスさんのように、厳しく指摘してくるのか?」

「え!、違う違う、そういう意味じゃなくて。ヨコさんがいると忙しくなるの」

「客が増えるってことだよ」

「ご飯時過ぎても客が空かないから、休憩出来なくなることもあるの」

「そんなに違うのか…」


 確かにヨコヅナの事を聞かれることはある、そこまで客数が増えるとは思えないが、


「ヨルダックさんがあのちゃんこの為に宮廷料理人を辞めたぐらいだからな、俺も同じもの作れねぇし…」

「私がここで働こうと思ったきっかけも、屋台でヨコさんのちゃんこを食べたからよ~」

「大盛りを頼む人も多くなりますよね」


 ちゃんこ鍋屋なのだからそういうものなのか…


「ヨコヅナ様は店ではどんな感じなんだ?」

「ちゃんこ作ってるに決まってんだろ」

「そういうことを聞いたのではない」

「ニコニコしながら頑張って働いてるわよ~」

「良い人ですよ。材料の搬入時、重い荷物とか率先しても持ってくれます」

「優しいよ、失敗しても怒らないし」


 ワコ、それは上に立つ者としてはダメじゃないか、…ああ、その分ラビスがミスを指摘してるわけか。


「確かに優しいですよ、滅多に怒らない。ですが…」

「怒ると怖い、つか、ヤベぇな」

「え、ヨコさんって怒ることあるの?」


 ワコ、誰でも怒ることはあるだろう、しかし「ヤベぇ」と表現するほどとは…


「ワコが入る前の話だけど。……5人ぐらいでガラの悪い客が来たことがあってね」

「客つうか、ここの人気を妬んだ連中が雇ったゴロツキだろうな」


 嫌がらせの類か、姫様が所有する店に対して、許せないことだな…


「いきなり店に入ってきて、暴れたり、恫喝したりしてね」

「みんな大丈夫だったの?」

「うん、こっちには怪我した人いないよ」

「こっちには?」

「ゴロツキの5人は、ブチ切れたヨコさんが全員病院送りにしたからな」

「え!病院送り!?」

「シィベルトさん言い方…先に暴力を振るってきたのは相手の方だよ。温和そうなのが裏目にでて、ヨコさんは5人に囲まれて殴られたり蹴られたり…」


 だから反撃した…いや、姫様の拳を受けても顔を歪める程度のヨコヅナなら、


「ヨコヅナ様は全く意に介さなかったのではないか?」

「うん、何とか話合いで解決しようとしてたんだけど、相手が他の従業員にも手を出そうとしてね」

「なるほど、従業員を守るために反撃したわけか」

「あ、それなら仕方ないよね」

「それに、ヨコさんは一発ずつしか攻撃してないわ~」

「二発やったら相手は死んでただろうよ」


 あの怪力では冗談に聞こえないな。


「そんな感じのことが何度かあってね」

「何度かあるの!?」

「混血は追い出せとか言う人族至上主義の客を、文字通り放り出してたな」

「女性従業員に悪戯しようとした貴族の客を、頭鷲掴みして持ち上げて、玄関までお送りしてたわ~」


 温和そうに見えて、沸点が低いんだなヨコヅナ…


「でも全部誰かを助ける為なんだね」

「うん、優しくて良い人なのは確かだよ」

「頼りになる店主よね~」

「まぁ、そこは俺も否定しねぇ」


 ヨコヅナは従業員と信頼関係を築けてるようだな…


「経営者に向いてるとは思えねぇがな」

「はは、確かにそっちの知識はなさそうですね」

「人を使うことに慣れてないわね~」

「字も汚ねぇよな」

「簡単な計算もときどき間違えるよね」


 姫様が決めたことに異を唱えたくはないが、ヨコヅナが経営者に向いてないというのは私も同意見だ。

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