第79話 バカでも役立つことがあるの
「なんてことをしてくれるんだ!!」
「申し訳ございません」
怒鳴っている招待客であろう男。
頭を下げて謝っているのは、飲み物を配っていたメイド。
「せっかくの服が汚れて台無しになってしまったではないか!」
男が怒っているのは、メイドが落としたグラスの飲み物が服に掛かったからだ。
「どうしてくれるのだ!」
「ですが、ぶつかって来たのは…」
男の剣幕にメイドは迂闊にも反論してしまう。
「何だ!俺が悪いとでも言うのか!」
男は酒も入っているようで祝いの場であることも忘れて、メイドに近づき腕を振り上げる。
だがその腕が振り下ろされることはなかった。
「暴力は良くないだよ」
ヨコヅナが男の腕を掴んで止めたからだ。
「何だ貴様!俺を誰か知っているのか!」
「知らないだ」
「俺はレブロット・ゴン・ドジャーだぞ」
「知らないだ」
説明しておくとドジャー家とは古くからある軍属の家系だ。
そのためヘルシング家とは昔から多少の付き合いがある。
お祝いパーティーに招待されているのは、ドジャー家がちゃんこ鍋屋に興味があるから…ではない。
パーティーで男女の割合が偏り過ぎるのは良くない為、適当な未婚の男性を招待している、つまり数合わせだ。
ヨコヅナとしては、レブロットの家も招待されている理由も関係ない。
「オラ見てただが、ぶつかったのはあんたの方だべ」
ぶつかった原因は酒に酔ってふらついた男のほうだとヨコヅナは見ていて知っていた。
「オラも太っているから分かるだが、人が多いところでは気をつけないといけないだよ」
レブロットはかなり太っている、体重はヨコヅナよりも重い。しかし長身のヨコヅナと違って背丈は普通、容姿はまん丸といって良いぐらいだ。
不意に超重量の衝撃を受けては、ヘルシング家のメイドと言えどグラスを落とすのも無理はない。
「この手を放せ!」
レブロットは乱暴に腕を放させようとするが、ヨコヅナの手を解くことはできない。
「暴れないなら放すだよ」
「ふざけるなよ!このっ!」
掴まれてない方の手でヨコヅナの襟を掴むレブロット。
「俺に喧嘩を売ってただで済むと思っているのか?」
「いや、喧嘩なんて売ってないから、ただで済ませてのほしいだよ」
「やめてください!私が悪いのですヨコヅナ様」
ヘルシング家の本宅に泊まっていた事がある為、メイドはヨコヅナと面識がある。
今回の祝いの主役と招待客が自分のせいで喧嘩になったなど、どう責任を取って良いかも分からなくなるメイド。
「君は悪くないだよ」
なんでもない事のように笑顔でそう言うヨコヅナ。
その物言いと笑った顔が気に入らなかったレプロット。
「その態度が喧嘩を売っていると言っているのだ!」
腕を掴まれている方の手でもヨコヅナの肩を掴み、
地面に叩きつけてやろうと両腕に力をこめるレブロット。
まん丸と言って良い体格をしているレブロットだが、単純な腕力の強さは軍でも一目置かれる存在であり、代々軍属であるドジャー家でも期待されている若者軍人だ。
「暴れられるのは困るべ」
しかしそれは階級の低い軍部内での話だ。
「ふんぐぅぅ!!」
どれだけレブロットが力を込めようとヨコヅナはどこ吹く風だ。
「ふがぁぁぁ!!」
レブロットが騒いでいる為、周りもザワつき注目を浴びてしまう。
会場は広い為気づいているのは一部だけのようだが、このままではパーティーが台無しなりかねない。
しかし言葉で説得するのもヨコヅナには無理だ。
「困っただな……とりあえず」
考えた末、ヨコヅナは騒ぎを
「大人しくしてもらえるだべかな」
「な!?」
襟を掴んでいる方の腕も掴み、身長の低いレブロットを上から押さえつけるように力を込める。
「ぬ、ぬぐ、ぐぅぅう!!」
レブロットは顔を真っ赤になるほど力を入れて抵抗するも、体はどんどん下がって行き、両膝をつかされる。
「この俺が、こんな、奴に」
「……この後どうするべかな」
騒ぎを
「ここに居たのかヨコヅナ」
そんなヨコヅナに声をかける一人の男。
周りにいた者達がその男を見て騒ぎだす。
「あれってストロング様じゃない」
「うそ!どうしてここに?」
「ストロング様もパーティーに!?」
現れたのは、メガロ・バル・ストロングだ。
「来てただかメガロ」
「着いたのはついさっきだがな」
「な!?メガロ様!」
無いに等しいような首を捻って、メガロの方を見るレブロット。
「ん!、見覚えある丸みだと思えば、レブロットではないか」
「メガロ様何故ここに?」
「友達の祝いに招待されてな」
「友達?」
「お前が今組み伏せられているヨコヅナの事だ」
「え?メガロ様の友達!?」
「……でお前達は何をしているのだ?」
「いや、その、あのですね」
急に慌て出すレブロット、メガロの突然の登場に酔も覚めたようだ。
実はレブロットはメガロの部下であり取り巻きの一人といった存在なのだ。
古くからある軍属家系のドジャー家だが、ヘルシング家と違いここ何代も目立った功績はなく、将軍の地位になった者もいない。
それを挽回しようと他の事業に手を出し、失敗して多大な借金があったりもする。
ストロング家にはその借金を肩代わりしてもらっていたり、落ち目のドジャー家が軍部で軽んじられないように後ろ盾になっていたりと多大な恩があるのだ。
また軍人としての実力でもレブロットはメガロに劣っている。
いつもヨコヅナに稽古で転がされているメガロだが、力だけのレブロットに負けるほど弱くはない。
つまり地位、家の関係、個人の実力、どれをとっても頭の上がらない存在なのだ。
「この人が」
「待て待て待て待て、待ってくれ」
言い淀むレブロットの代わり説明しようとしたヨコヅナを慌てて止める。
「すまなかった。もう何もしないから、放してもらえないだろうか」
余計な事を言われないよう、小声でそうヨコヅナに呼びかけるレブロット。
「…謝る相手が違うだよ」
ヨコヅナはそう言ってメイドの方を見る。
「メイド、さっきはぶつかって悪かった。服のことも気にしなくて良い」
「いえ、私の方こそすみませんでした」
レブロットは素直に誤ったことで、ヨコヅナも腕を放す。
「ヨコヅナ様ありがとうございます」
「別に良いだよ。よし、これで万事解決だべな」
ヨコヅナはまるで自分が解決したかのようにドヤ顔をしているが、どう考えてもメガロのおかげである。
「……よくわからんが、用が済んだならヘルシング様に挨拶に行くから、一緒に来てくれないかヨコヅナ、私は
元々メガロはヘルシング家からの招待は受けておらず、ヨコヅナからの招待としてこの場に来ていた。
もちろん爺やに許可は取っている為、ヘルシング家に話は通っている。
「分かっただ」
「しかしあれだな、タキシード姿のヨコヅナというのは違和感があるな」
「一番違和感を感じているのはオラだべ。窮屈で仕方ないだよ」
「何度か着ればすぐ慣れるさ」
「メガロは似合ってるだなタキシード」
「当然だろ」
まさに友達といった感じにヨコヅナとメガロは歩いて行く。
そんな二人の呆然と眺めるレブロットの背に、
「運が良かったですね」
冷たさを感じる女性の声が囁かれる。
「ヨコヅナ様に喧嘩を売れば、ヘルシング家とストロング家を敵に回すことになります」
レブロットは首筋に刃物でも突きつけられているような感覚に、振り返る事ができない。
「そうなればドジャー家は終わりです。以後お忘れなきよう」
まるで幻聴だったかのように、相手の気配が消える。
レブロットが振り返ってもそこには誰もいなかった。
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