第77話 挨拶が長いのじゃ
「良く来てくれた!ヨコヅナ君」
「久しぶりね、ヨコヅナ君、カルちゃん」
会場に着いたヨコヅナ達は、主催者であるヒョードルとミューズへ挨拶に向かった。
「ヒョードル様、えーと、本日はオラ達のためにこの様な、豪華なパーティーを、あーと」
「がははっ、そのような固い挨拶はいらんよ。楽にしたまえ」
「そうですだか…じゃあ、今日はありがとうございますだ」
「楽しませて貰うぞ」
本宅で泊まっていたこともある為、ヘルシング夫妻は二人の言葉遣いを気にはしない。
代わりにではないが、夫妻はヨコヅナの隣にいるラビスに目を向ける。
「彼女は仕事のほ…パートナーで」
「ラビスと申します。以後お見知りおきを」
馬車で決めたとおり、ラビスの事をパートナーと紹介するヨコヅナ。
「ちゃんこ鍋屋が好評なのは彼女の働きが大きいですだ」
「話は聞いてるよ。コフィーリア様から遣わされた有能なメイドだと」
「過分な評価を頂いております」
「君も今日は存分に楽しんでくれたまえ」
「ありがとうございます」
いつもと違い謙遜した受け答えをするラビス。
「あ、これ御土産ですだ」
そんな田舎者感丸出しの言い方で綺麗に包装されて包を渡すヨコヅナ。
本来上流階級のパーティーでは、主催者に贈り物は直接わたさず、従事の者に預けるのが決まりだ。
そうでないと、皆が直接渡そうとして、パーティの進行が妨げられるからだ。
「気を遣わせて悪いな」
言葉遣い同様、ヨコヅナがそんな決まりを知らなかったとて今更ヒョードルが不快に思うことはない、ヨコヅナの為のお祝いでもある為、この程度特別扱いしたところで問題ないとも言える。
「こちらは奥方様に、私達が販売している清髪剤でございます」
もちろんラビスは決まりを知っているが、ここではヨコヅナに便乗することにしていた、狙いはもちろん…
「あら!本当。嬉しいわ!あんなに早く売り切れると思ってなくて、買いそびれてしまったのよ」
ミューズへのご機嫌取り兼清髪剤の宣伝の為だ。
「こちらの清髪剤は市販のモノより、効果の高い特別製となっております」
「特別製!」
清髪剤の製造過程で材料割合の調整で効果を変えれることが分かっていた。
効果を5段階で例えるなら市販の清髪剤が効果4で、ミューズへの贈り物が効果5といった感じだ。
「こちらはより希少となりますので、特別な相手だけの限定販売にしようと思っているのです」
コフィーリアやハイネが若い女性の憧れであれば、ミューズは奥様方の憧れと言える人物だ。
ミューズが愛用しているとなれば、今までとは違う客層を捕まえれる。
「ふふふ、有り難くいただくわ。私の友達にも紹介しておくわね」
ミューズも商人とのやり取りは幼い頃から経験している為、全てを察してくれる。
「ありがとうございます。……それとヘルシング様、ちゃんこ鍋屋ついてなのですが…」
ラビスは次にヒョードルへと話を振る。
「何かな?」
「今後不定期にですが、ヨコヅナ様に厨房に立って頂く案を考えておりまして」
「それはヨコヅナ君がちゃんこ鍋を作るということだな」
「はい。ヘルシング様でしたら、理由は察せれると思いますが」
そこで少しだけヒョードルに挑戦的な視線を向けるラビス。
「フンっ、当然だ。あの元宮廷料理人の作るちゃんこ鍋は確かに美味い、しかしヨコヅナ君が作ったものには一歩及ばぬ。客が離れる可能性を危惧しているのだな」
「その通りでございます」
「…しかし何故不定期なのだ」
「決まった定期だとその日だけ来客が偏り過ぎては困りますので」
「ヨコヅナ君が常に厨房に立てば良かろう」
「ヨコヅナ様は経営者ですので。それに一人しかちゃんこ鍋を作れない状況は今後のことを考えると問題です」
「むむ、なるほどな……」
二号店の話を出しているヒョードルとしては、それを否定するわけにはいかなかった。
「しかし不定期となると合わせて予約が取れないのではないか?」
「予約をして頂いているお得意様には事前にお知らせさせて頂きます」
お得意様という言葉を使うことで暗に複数回来店していなければいけないことを促す。
「それとヨコヅナ様には特別なちゃんこ鍋も作って頂こうかとも考えております」
「特別なちゃんこ鍋だと!?それは違う種類の」
「はい、ヨコヅナ様は色々な種類のちゃんこ鍋を作れます。数量限定になりますがコースメニューに加えようと思っております」
「がはははっ!完璧な案ではないか、直ぐにでも実行に移してくれたまえ」
「その分お値段の方を上げさせて頂きますが…」
「構わん構わん。もともとが安す過ぎるぐらいだからな。私も親しい者に紹介しておこう…いや、数量限定だと私の分がなくなる可能性が…」
「ふふふ、ヘルシング様は特別に贔屓にさせて頂きますよ」
人は特別扱いされるたいと思う欲求がある、それはヒョードルやミューズのような上流階級の者でも変わらない、寧ろ上流階級の者ほどその欲求強いと考えるラビスは特別という言葉を敢えて多用していた。
「ここぞとばかり、と言った感じじゃの」
「本当にラビスは頼りになるだよ」
ヒョードル達への宣伝兼ご機嫌取りを難なくこなすラビスを見て、感心するカルレインとヨコヅナ。
その言葉を聞いて、ラビスはヨコヅナの隣に戻り、
「私が出来るのはあくまでサポート、清髪剤もちゃんこ鍋屋もヨコヅナ様あってこその大好評ですよ」
ヨコヅナをたてることも忘れない、まさに有能なパートナーをこなすラビス。
「腹が減ってきたから我はもう行って良いかの」
会話が途切れたタイミングだからか、我慢できなくなったのか、そう言ってヨコヅナの肩から飛び降りるカルレイン。
「がははっ、もちろんだとも、様々な料理を用意させた。存分に食べるといい」
「うむ、有り難く食させてもらうぞ」
カルレインはそう言って料理の並ぶテーブルへと駆けていった。
「ヨコヅナ君も遠慮せず食べなさい。……初めて会った時より痩せたのではないか?」
「最近よく言われますだ」
「……忙しいだろうが、無理はせぬようにな」
自身が病気を治してもらっただけに、本心からヨコヅナのことを気遣う言葉だった。
「ありがとうございますだ」
「あらでも、痩せて男前が上がったように見えるわ、ふふふっ」
「私もそう思います。ヨコヅナ様はもう少し痩せたほうが魅力的かと」
「がははっ、そうかもな」
今のヨコヅナは太っていることは確かだが、顔の丸みが少し取れ、タキシードを着ていることもあって、肥満よりも逞しさの方が際立っていた。
「ははは、そうだべかな」
しかし痩せるというのはヨコヅナにとっては嬉しいことではない為、笑って曖昧に答えておく。
「ヨコヅナ様、主催者をいつまでも独占していてはいけませんので、私達もそろそろ行きましょうか」
そう言ってヨコヅナと腕を組むラビス。
いつもとは違うラビスの行動だが、ヨコヅナは事前に指示に従って欲しい時の合図として、腕を組むと言われていた為、戸惑うことなく指示に従う。
「そうだべな。ではヒョードル様」
「うむ、存分楽しんでくれたまえ」
仲良さそうに腕を組んで歩いて行く二人の背中を見るヘルシング夫妻は、
「あの二人…そういう関係なのかしら?」
「微妙だな。会って間もないはずだ」
「でもパートナーと呼んでいたし、信頼関係は築けているようだったわ」
仕事では常に一緒にいるのだから、親密な関係になっても不思議ではない。
「確かに仲が良さそうではあったが…今日は予定通り進めるとして、爺や達に探りを入れさせるか。その後どう動くかは状況に応じてだな」
二人がもし親密な関係であれば何もする必要はない。だが違う可能性も考慮して手は打っておくべきと考えるヒョードル。
「はぁ~、ハイネが自分の屋敷に住まわしたりしなければ、懇意にしていきたい相手なのよね~」
ミューズは渡された清髪剤を見て複雑な気分になる。
「全くだ」
ヒョードルもちゃんこ鍋のことを考えてよどみなく同意した。
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