第71話 関わっているどころか責任者じゃがの


「本当に久しぶりだねエネカちゃん、半年ぶりくらいかな」


 定休日であるはずのエネカの店に一人の客が来ていた。

 ただの客であればお断りするところなのだが、同郷の友達だったため入ることを許した。

 

「もっとじゃないかい、


 相手はエネカやヨコヅナと同じニーコ村で一緒に育ったオリア。

 本当ならゆっくり食事でもしながら、再会を喜びたいところなのだがタイミングが悪い。


「今仕事が滅茶苦茶忙しくてね。ゆっくり話をする時間もないぐらいなのよ」

「知ってる。すごい人気だもんね清髪剤」

「……」


 オリアの言葉を聞いて何故会いに来たのかをなんとなく察するエネカ。

 タイミングが悪いのはエネカの話であり、寧ろオリアはこのタイミングだから会いに来たのだ。


「まさかあんたもお金貸して欲しいなんて言わないでしょうね?」

「フフ、まさか。…あの清髪剤って、素材にカミツヤの実使ってるよね、匂いで分かった」


 清髪剤のメイン素材であるカミツヤの実は少し独特な匂いがする。キツいものではなく悪い匂いでもない為、嫌がる人は殆どいないが普段はあまり嗅ぐ匂いではない。


「でも水でくだけだと、あんなに髪が綺麗にならないし持続もしないはずなんだよね」

「…悪いけど作り方は教えれないよ」

「ひどいなぁ~、まだ言ってないのに…」

「違ったかい?」

「…違ってはないかな。情報に見合うだけの金額は用意するよ、どうかな?」


 久々にオリアがエネカに会いに来たのは、清髪剤の製造方法を知る為だ。 


「あんたが知ってもたいして稼げないでしょ」


 製造方法を知ったところで、少なくとも材料採取・製造・販売の三つが整っていないと大きく儲けることは出来ない。

 オリアが今どのような仕事をしているのかは詳しく知らないが、もし商人として働いているならエネカの耳にも入っていただろう。


「物を売るだけが商売じゃないでしょ」


 別にオリアが清髪剤を作って売りたいわけではない、製造方法を知りたいところに情報を売る、それが目的だ。


「なんにせよ教えられないよ。広告見ればわかるでしょ、誰が後ろについているのか」

「そうだね、驚いたよ。どうやって王女と繋がりをもてたの?」


 王女が愛用していると宣伝出来るという事は、許可を取っているからであり、無許可でそんなことをすれば店が潰れてしまう。


「もしくは『閃光』の方かな、あの二人は仲良いらしいし」

「知り合いの知り合いだよ。王女様とは直接話したこともないしね」

「そうなんだ。……でもこんなに売れてたら忙しいだけじゃなくて、色々大変なんじゃない他の商人から嫉妬されて…」


 そう言うオリアの顔に暗い影がさす。


「営業妨害とかされてない?」

「…脅しのつもりかい」

「ははは、エネカちゃんにはそんなことしないよ」


 先ほどと同じように口では笑っているが、目は笑っていない。


「私には、ね」


 オリアは王都に来てから変わってしまった。ニーコ村にいたときはこんな顔をする娘ではなかった。


(まぁ、元々腹黒いところはあったけど…)

 

 しかし変わってしまうのも無理はない理由がある。

 子供の頃みんなで語り合った夢。

 オリアもまた王都に来て踊り子になるという夢のため頑張っていた。

 オリアは美しい容姿をしている、それこそコフィーリアやハイネに勝るとも劣らない。

 明るい金髪に青緑色の瞳、柔らかさを感じさせる整った顔、細身だが女性らしい曲線もある体型、そして特徴的な

 オリアはエルフとの混血だ。曽祖父がエルフだったと聞いている。

 エルフは種族的に特徴的な尖った耳をしているが、顔立ちは整っていて人間基準では美形と言える。だが純潔のエルフの顔は整ってはいるものの冷たいイメージがあり、また体つきは基本細身で起伏が少ない。

 オリアの容姿は人間とエルフの良いとこ取りと言っていい。

 だから王都に来て踊り子としてすぐに人気が出たオリア。

 しかしその早すぎる人気が悪い方に働いてしまう。

 踊りの技術が高いわけではないオリアが容姿だけで男性の人気をとっていれば、他の女性から嫉妬を買うのも必然。

 その上王都には他種族の混血を差別する人族至上主義が一定数いる。目立ってしまったオリアは目をつけられ迫害を受けた。

 身を守るために、踊り子を続けることが出来なくなったオリア。

 その後職と住を転々とする事となり、今は良くない連中と繋がりを持っているらしい。

 そのことをエネカは知っている。ヨコヅナに知らないと言っていたのは半分嘘、変わってしまったオリアを会わせることを躊躇していたのだ。

 ただ、オリアにどういった経緯があろうと清髪剤の件は別だ。


「……帰んな、これ以上話すことはないよ」

「あはは、ごめんごめん。冗談だよエネカちゃん、そんなに怒らないでよ」


 エネカのきつい言葉に笑って謝るオリア。だがエネカは表情を緩めず、睨みつけている。

 それに対してオリアは降参したように両手を上げる。


「教えてくれたら嬉しいなとは思って来たのは確か、でも営業妨害なんてする気は本当にないよ」 

「…今度くだらないこと言ったらはっ倒すよ」


 そう言いつつエネカも表情を緩める。

 オリアが清髪剤の製造方法を知るために来たのは本当だが、エネカに久々に会えたことが嬉しいのも本当なのだ。

 

「そういえばさっき「」って言ってたけど、誰かお金借りに来たの?」


 清髪剤の話は終わりといったら感じに話題を変える。

 エネカの口調的に共通の知り合いが儲けているのを知ってお金を借りに来たのだろう。疑問形ではあるが察しはついてるオリア。


「アークが来たんだよ」

「やっぱり…」

「営業中で邪魔だったから叩き出してやったわよ」

「バカよねあいつ、ギャンブルで借金なんて…まだ騎士になるとか言ってるの?」

「どうだろうね、軍には所属してるみたいだけど」

「騎士なんてなれるわけないのに…まぁ男なんてみんなバカだけどね」


 男性の人気を集めていたオリアだか、男を蔑視していることがその言葉から覗える。

 それは王都に来て近づいてきたほとんどが、ろくでもない男ばかりだった事が起因している。


「イジーも文官じゃあ頑張っても出世なんて出来ないだろうし」


 武官は実力主義な為、平民でも実力しだいで大きく出世も希にあるが、文官はそうはいかない。

 文官のほうはどうしても、血筋やコネが出世に大きく関わることが多い。


「…そうだね」


 部署移動で職場環境は良くなったイジーだが、出世できるかと言われれば難しい。

 ケオネスの直属部署で働けるようになったと言っても下っ端。他とは違い実力があれば出世できる可能性もあるのだが、

 自他共に厳格なケオネスの元には、似たような有能でありながら自分の利よりも国の事を考える部下が集まっている。イジーはついていくのがやっとだろう。


「ウゴがなった冒険者なんてほとんどがゴロツキと変わらないじゃない」


 冒険者は田舎の子供達が憧れるような格好良いものではない。言ってしまえば命懸けの業務を日雇いでやってるようなものだ。

 命懸けだというのに儲けは少なく、冒険者として食っていけてる者はひと握り、財宝を見つけて大儲けなど夢のまた夢なのである。


「ウゴとは最近会ったかい?」

「ううん、一年以上会ってない。エネカちゃんは?」

「私もだよ、無事だと良いけどね」

「ほんとバカだよね……」

 

 バカにはしているが、オリアも心配していないわけではない。


「ニーコ村に残ったヨコが一番賢かったんじゃないかな、なんか今はコクマ病の治療薬の材料がニーコ村で採取できるとかで、稼ぎ種があって人が増えてるらしいし」


 その言葉からオリアが、今ヨコヅナが王都で暮らしていることを知らないを察すエネカ。

 

「……」


 エネカとしてはヨコヅナとオリアを会わせて良いのかは悩みどころであった。

 感情だけで考えれば直ぐにでも会わせてあげたいのだ、ヨコヅナも会いたがっている。ニーコ村で一緒に育った同世代の6人は皆仲が良かったが、特にヨコヅナと仲が良かったのはオリアとウゴなのだ。

 しかし、理性的に考えると会わせるのは不味いとも思っている。

 会えば当然ヨコヅナが清髪剤に関わっていることをオリアは知ることになるだろう。

 オリアに甘いヨコヅナが清髪剤の製造方法を教えて欲しいと言われたら「いいだよ」と笑顔で答えそうなのが簡単に想像できてしまう。


「?……あ!、ヨコといえばあの噂聞いた?」


 エネカが黙ってしまったのを不思議に思いつつ、ヨコヅナについて思い出したことがあったオリア。


「噂?」

「少し前のことなんだけど、王女が主催した闘技大会で準優勝したのがニーコ村の怪物なんだって」

「あぁ~、そのことかい」

「その大会って二十歳以下しか出場できないから、噂が本当だったらヨコのことだよね」

「それは……」


 エネカが悩みつつも何か言おうとしたその時、カランッカランッと音と共に店の扉が開く。


「お邪魔するだよ、エネカ姉」


 入ってきたのは清髪剤の入荷日の報告ついでに、エネカの愚痴を聞きに来たヨコヅナだった。


「…ヨコ!?」

「オリア姉!?」


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